創業大正十五年 蓼科親湯温泉 宿泊レポート

現在「蓼科親湯温泉」を経営しているのは四代目社長の栁澤幸輝氏だ。
昭和50年（1975）生まれで、学生卒業後は投資用マンションの販売を仕事としていた彼は23才で宿に戻った（1998年頃）。
当時、宿の経営状況はあまり良くなかったそうだ。施設は全体的に傷んでいるにも関わらず、借金もあり、設備投資のための融資を銀行から得ることは全くできなかった。
そんな逆風の中、四代目は新しく資金調達先を見つけ、常識にとらわれないアイディアを具現化し、集客のための努力を続けた。すると次第に成果が見え始め、客足は回復。借金も徐々に減らしていった。
2006年には、ついにメイン銀行の融資を獲得することができ、すぐに新たなリニューアル工事に着手した。

その中で、苦しい経営状況ながらも集客するための努力は一つのノウハウとなり、旅館関係者向けの集客セミナーとして惜しみなくその手法を伝授していった。テーマは例えば「一地域一旅館の生き残り戦略」などで、当時ネット戦略の重要性が認識され始めた時代背景もあり、サーチエンジンの仕組みを理解して集客する方法も得意分野だった。 彼のセミナーは、すぐに人気を博したが、本業の旅館経営に支障をきたさないように、約5年間のみに限定して開催したという。

その後も「蓼科親湯温泉」は、四代目の手腕が発揮され続けた。 そして2011年には諏訪湖のすぐそばに「上諏訪温泉しんゆ」、2016年には「萃sui-諏訪湖」をオープン。これらの旅館は、例えば諏訪大社を目的にした、美と健康への意識が高く、スピリチュアル志向を持つ女性をターゲットにしている。結果、このエリア屈指の人気旅館となっている。

ついに2019年には「蓼科親湯温泉」のほとんどの客室のリニューアルが実施された。
四代目が思い出したのは先代社長の「好きなことをやれ」と「たとえ小さくても、ピカピカ輝くような旅館をやれ」という言葉だったという。
昔から読書が大好きだった四代目は、同じように本好きで知識欲旺盛な中高年をメインのターゲット層にすると決めた。自分の本だけでなく、数年かけて古本屋で有名な東京・神保町などを巡り、様々な本を買い集めていった。 その蔵書は三万冊を超え、それをロビーフロアの本棚をメインに並べられた。まさに、大量の本に蓄えられた先人達の知恵と知識が館内に溢れているかのようにも見えた。

その読書家である、栁澤社長の真骨頂が、公式ホームページに垣間見ることができる。
「The story of your life at Shinyu-onsen」というコンテンツだ。
マーケティング用語で聞く「ペルソナ」（仮想顧客）を使った旅の提案をしている。
「お一人様旅館を堪能する旅」
「勝手気ままな男の一人旅」
「大切な友と訪れたい心を豊かにする旅」
「車いすでも快適滞在」
「熟年夫婦二人だけの旅立ち」
・・・と、５つのストーリーを記している。
これは、まさに旅をしようとしている、宿を探そうとしている人にとってのインスピレーションを誘発させるもの。
同時に、この宿のキャラクターをおのずとアピールするものでもある。
まさに、愛読家の栁沢社長ならではのコンテンツと言えよう。

四代目はオーナーの哲学が伝わってくるような温泉旅館が個人的に好きなのだという。
諏訪湖の二つの姉妹館の経営が上手くいっているため、それを基盤に投資を行い、「蓼科親湯温泉」は彼の哲学が色濃く感じられる旅館となった。
四代目曰く、「蓼科親湯温泉」は自分の趣味のような旅館で、一種の道楽なのだという。道楽が過ぎて、少々過剰投資気味だと四代目は苦笑いしながら話してくれたが、それも含めて宿の経営を楽しんでいるように感じられた。

また、この宿は一見、大人のための宿にも見えるが、実は守備範囲が広いのも特徴なのだ。
公式HPの宿泊プランにもあるように、定番で「シニアご夫婦 割プラン」「大人の女子旅 割プラン」「一人旅プラン」といっしょに、「二世代・三世代プラン」や「ユニバーサルプラン」そして「赤ちゃん連れプラン」もある。
この宿は、施設の空間も広大で、その利点を利用して、広範囲の客層を迎え入れる事ができるのだろう。

「蓼科親湯温泉」は人気の温泉旅館だが、そもそも旅館経営とはそんなに簡単なものではない。蓼科の地で生え抜きの旅館はかつて50軒ほどあったそうだが、現在は一桁まで減ってしまったという。
そのため四代目は「蓼科親湯温泉」の正当な後継者として、例えば多くの文化人が訪れた記録など、蓼科の地に積み重ねられた歴史を発信していかなければならないと考えている。
蓼科の歴史の語り部として、蔵書の他に展示コーナーを設けるなど、情報発信に積極的に取り組んでいるのだ。

最後に四代目へ「自分の子供に五代目として旅館経営を継いで欲しいと思いますか？」という質問を投げかけてみた。
「旅館経営は資金力がモノを言う厳しい世界。そうとわかっているからこそ、子供に継がせたいとは思わない。」と微笑みながら答えてくれた。復活させた苦労と、歴史の重みを知っている四代目ならではの言葉だが、本心はどうだろうか。
自身の哲学を旅館に反映させつつも、初代、二代目、三代目の意思(蓼科の歴史を引き継ぎ全国に示すこと)を尊重してきた四代目だから、自身の子供に、さらに自由で新しい発想で繁栄させていく五代目になって欲しいと本心では思っていても不思議ではない。
「蓼科親湯温泉」は2026年には創業100周年を迎える。今まで積み重ねてきた歴史、そしてこれから作られる歴史。どちらも蓼科の未来を明るく照らすことは間違いないだろう。そして、「蓼科温泉」という場所を後世に伝えていく、残していくリーダーとして、この宿はずっとこの地に生き続けるだろう。