名峰・谷川岳(標高1977m)の眺望をいただき、マイナスイオンたっぷりの渓流と森の中、群馬県と新潟県の県境に水上温泉郷のひとつと数えられている「谷川温泉」がある。
旅館4軒・民宿ペンションで数軒の小さな温泉地だが、水上温泉郷の中でも、どこかワンクラス上の雰囲気と自然たっぷりの環境が、多くの旅行客を誘っているようだ。
しかしながら、温泉街の様相は呈しておらず、中心街もなく、各お宿が点在しているような感じだ。
開湯は1400年頃といわれ、大正時代から昭和初期の頃には、太宰治、若山牧水、川端康成など文人墨客が訪れている記録もある。
現在の「谷川温泉」周辺は、手つかずの自然がいっぱいの「上信越高原国立公園」内にある関係上、ラフティング・カヌー・パラグライダーなど自然の中で楽しめるレジャーが充実している。
春夏秋冬により姿を変える谷川岳とその周辺の山々の魅力はもちろんのこと、谷川岳から流れ出る清流には、イワナ、ヤマメなどが泳ぎ、季節によりカジカガエルの鳴き声も聞こえる。
このようなまさに大自然のど真ん中に、非常に印象深い宿が誕生したのが、1997年(平成9年)。8,000坪(現在は土地を買い増しして2万坪となった)という広大な敷地に「旅館たにがわ」の別館としてオープンしたのが「別邸 仙寿庵」なのだ。
当時、露天風呂付き客室という宿は全国にいくつか存在したが、全室に露天風呂を備えるというところは、もしかしたらこの「別邸 仙寿庵」が最初かもしれない。
いわゆる高級旅館にジャンルに入る「仙寿庵」だが、他の宿にはないアイデンティティがいくつか内包されている。
まず、館内に入って、ロビーへ通されると、その大きなガラス張りの向こうには緑の芝生の絨毯が敷き詰められ、その先には、あの谷川岳が堂々と鎮座している。緑の芝生と白い谷川岳、そして澄んだ青い空というコントラストは、まさに人間では不可能、自然にしかできない絶景で旅行者の目を楽しませてくれるのだ。
チェックインの手続きを済まして、客室へ案内されるその廊下がまた圧巻だ。
高さ8メートル、長さ40メートル以上の曲面の超大型ガラスが張られており、さきほどの緑の芝生を横から眺め、もう一方の壁面は、漆喰、金銀箔、京土壁、和紙絵、裂地でデザインされている。
この廊下こそ、「別邸 仙寿庵」のシンボリックな空間となっており、この宿のキャラクターを一番に表現しているスポットでもある。
この近代建築と日本の伝統的工法をうまくミックスさせて、いわゆる「和モダン」をテーマにした旅館の設計を施したのが、羽深隆雄氏。今ではあまり使われなくなったが「デザイナーズ旅館」という言葉が、この「仙寿庵」がオープンした頃、よく雑誌等で紹介されていた。そのブームの第一人者とも言える彼だが、1998年には、「仙寿庵」で日本建築仕上学会賞・作品賞を受賞した。
夜になると幻想的にライトアップされる前述のガラス張り曲面廊下や、江戸墨流しの手法を取り入れた食事処の天井や漆喰と京土壁、そして玄関の手漉き特殊和紙、ステンレスの畳、また食事処入口には組子障子などを配しながら、その美術館さえも彷彿させるようなデザインは、まさにオリジナリティ溢れるアイデンティティを感じさせてくれる。
「別邸 仙寿庵」の客室は全18室の6タイプ。すべて露天風呂付きだが、大きくわけると6タイプに分かれる。 まず、一番高級な客室である「特別室SPタイプ」は、108号室「しゃくなげ」のみとなっており、踏込13.5帖+和室12.5帖+和室8帖+茶室(4.5帖)+広縁(イス・テーブル)の間取り。ミニキッチン、洗面台、内風呂、トイレ、ガーデンテラス、露天風呂が付く。お風呂から、またはテラスからの谷川岳の眺めが一番優れているのがこの客室となる。
準特別室の「和室Sタイプ」の客室も107号室「やまぶき」一部屋のみとなる。間取りは踏込12.5帖+次の間8帖+広縁(イス・テーブル)。ミニキッチン、洗面台、内風呂、トイレ、露天風呂を備える。ちなみに、こちらの露天風呂はテレビが備わっている。
「和室Aタイプ」103号室「すいれん」は踏込み4帖+12.5帖+4.5帖+広縁(イス・テーブル)の間取り。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、2つのトイレ(男女別)、露天風呂が付く。
同じく、208号室「翠月」も同じ間取り。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、2つのトイレが付き、露天風呂のあるガーデンテラスは広々としたスペースが確保してある。
206号室「華月」(2F)は踏込み4帖+12帖+6帖+広縁(イス・テーブル)の間取り。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、トイレ、露天風呂が付く。 同様の「和室Aタイプ」は、303号室「瑞雪」、203号室「明月」、106号室「こでまり」となる。
「和室Bタイプ」207号室「松月」、302号室「淡雪」、305号室「光雪」は、踏込み3帖+12.5帖+広縁(イス・テーブル)の間取りとなる。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、トイレ、露天風呂が付く。
同タイプの客室は202号室「風月」、205号室「秋月」、102号室「さざんか」、105号室「あやめ」となる。
「和洋室タイプ」301号室「舞雪」は、和室8帖+ツインベッドルーム。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、トイレ、露天風呂が付く。同タイプは201号室「靜月」。
「洋室タイプ」は101号室「りんどう」のみとなる。畳で言うと18帖ほどの広さ。ミニキッチン、洗面台、シャワーブース、トイレ、露天風呂が付く。
以上のような構成だが、基本的にどの客室からも谷川岳の眺望は確保されている。いずれにしても、どのグレードの客室を選んでも、極上の寛ぎの空間が用意されているのは確かだ。
また、客室にはバードウォッチング用の双眼鏡も用意され、部屋にいながら野鳥を探すのも一興だろう。
客室露天風呂からの谷川岳の眺めが優れているところに無理やり順位を付けるならば、1位が特別室SPの108号室「しゃくなげ」。2位が和室Aの208号室「翠月」。3位が和室Bの305号室「光雪」。4位が和室Aの303号室「瑞雪」。5位が2つあって、和室Bの「淡雪」と和洋室の301号室「舞雪」となる。ご参考までに。
食事は個室の食事処「響」でいただくことになる。客室同様落ち着いた雰囲気と隅々に意匠の凝らされた造りは、旅館の食事処というより高級レストランの趣が漂う。
取材時(2008年5月)のメニューをご紹介しよう。総料理長・佐々木康仁氏による渾身の献立だ。
先付は、赤貝(宮城産)、平貝(愛知産)、鳥貝(愛知産)、北寄貝(北海道産)、独活(うど)、防風(ぼうふう)、軸三ツ葉、若蕗(わかふき)のぼんぼりに黄味酢ヨーグルトを掛けたもの。
防風以外の山菜は全て地のもの。ぼんぼりとは、タラをほぐして湯せんにかけ水分を飛ばし毛羽立たせたものを素材に和えて、その形状から名付けられたものだ。
前八寸は桜麩(さくらふ)と鶏団子と石川芋の三色串、えんどう豆のウニ(三陸産)添え、北陸産の針魚(さより)の棒寿司、蛤(はまぐり)をゴマ正油に浸して焼いた風味焼、木の芽をすり潰して白味噌と和えた鯛子(鯛の卵)、紋甲烏賊に黄味にみりんと塩を混ぜたタレを塗って乾かすという手間を2、3度繰り返して焼いた黄味焼、もち米を引いたものを衣にする白魚の新引き揚げが並ぶ
。
彩りも鮮やかな新緑を感じさせる一品だ。
吸物は鯛のぜんまい巻き、椎茸、菜の花に白髪葱と柚子を添えて。鯛は鳴門産だが、それ以外は地物の素材を使用。
造りは本鮪と黒鮑(くろあわび)。鮑のキモ正油でいただく。鮪は京都の舞鶴より仕入れたもの。鮑は三陸産で、程よい歯応えがたまらない美味さだ。 鉢肴は山女魚の塩焼き。こちらは山女魚か桜鱒の照焼かをチョイスできる。
さらに山女魚を選ぶと、唐揚か塩焼きというように調理方法まで選べる親切ぶり。ちなみに山女魚は通年味わえる定番の品。 温物は筍と鰊(にしん)、若芽、鍵蕨(かぎわらび)の炊き合せ。鰊は北海道産で若芽は鳴門産、鍵蕨と筍は地のものだ。
替り鉢は榛名山麓で育った増田牛のステーキで、付け合せはニンジン、シシトウ、新玉ねぎ、パオ(サンチュ)。特製のゴマダレと岩塩(ローズソルト)でいただく。 山里は山菜盛り合わせ。自然薯とろろ、行者にんにくに、こごみ胡麻和え、タラの芽の磯辺揚げ、うるいの柚子胡椒酢味噌和え。
食事は白飯(あきたこまち)、ちぎりっこ、香の物(野沢菜、しば漬け、ダイコン、茗荷、らっきょ)。ちぎりっことはすいとんのことで、中身はゴボウ、ダイコン、ニンジン、コンニャクになる。
デザートは吟醸酒金箔入酒粕ムースにクラウンメロン、苺、ブルーベリーを添えたもの。
朝食も食事処でいただく。
鮎の一夜干し、カマス、鯵の3種類から魚を選べる。鮪の山かけ、フルーツトマトのワイン蒸し、茶碗蒸し、サラダ(水菜、サラダ菜、ニンジン、アスパラ、カイワレ、たまねぎ)、明日葉(あしたば)、ほうれん草、三東菜(さんとな)のおひたし、フキ味噌と梅山葵。海苔は炭で焚いてぱりっとした食感を楽しめる。白飯と味噌汁、香の物、デザートはオリジナルヨーグルトと、リンゴジュースか山葡萄ジュースかをチョイスできる。
「別邸 仙寿庵」の料理は、まさに正道、王道の料理。しかしながら、基本に忠実ながらも、奇をてらうのではなく、サプライズも客に与えるといった、演出も施す。多くのリピーターを引き寄せる理由がここにある。
男女別大浴場も、なかなか雰囲気がある。時間により男女入替となるが、「一の蔵」は、石造りの内湯に「すずむしの湯」と名付けられた露天風呂。
「仙の蔵」は檜の楕円状の湯舟の内湯と、「ほたるの湯」と称する露天風呂。
いずれにしても、弱アルカリ性の単純温泉のかけ流しということで、谷川の清流と緑に囲まれた露天風呂は、何よりも贅沢で心地いい時間を過ごせるはずだ。
ロビーから出られる広々とした庭園では、天気が良く空気が澄み渡っていれば正面に谷川岳の雄大な姿を楽しむことができる。全部を歩いて回ろうとすれば小1時間はかかる広さがあるが、途中途中にベンチや休憩所が設けられているのでのんびり自分のペースで散歩を楽しめる。
また、庭園内には木のブランコや谷川の渓流があるので、小さなお子様も大自然の中で思い切り遊ぶことができる。四季折々の美しい草花が観賞できる。
広い庭園を奥へ進むと、周囲の木々に囲まれた建物が現れる。「読書室」である。中は森閑とした雰囲気の中読書を楽しめるだけでなく、何も考えずボーっと過ごしたり、周囲の散策に疲れた時足休めに立ち寄ったりと、利用方法は様々だ。
「足湯」もある。エステルームの近くにあるその場所は、谷川に面しており、しかも川を見下ろすようなロケーションで、森林浴とともにリラックスできそうだ。ただし、冬季は利用できない。
その「足湯」の隣には、エステルーム「宇宙(そら)」がある。温泉効果が期待できる、都会では味わえないメニューがそろっている。また、女性だけではなく男性エステも行っているとのこと。また、カップルで申し込むとお得なコースもあるらしい。
「別邸 仙寿庵」はお土産処も充実している。
地元の特産品をはじめ、宿オリジナルのお土産も豊富に揃っている。中でも人気なのは仙寿庵オリジナルの日本酒「大吟醸 別邸仙寿庵」(\1,300)、「吟醸 別邸仙寿庵」(\700)、「大吟醸 谷川岳」(\4,500)と、オリジナルの焼酎「夢ひらり」(\3,000)だ。お酒が好きな方にはたまらない絶好のお土産である。
また、テレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「食わず嫌い王」の出演者がお土産として紹介したこともある「アロエの餅」(\1,050)も人気の商品。こちらも宿のオリジナルだ。
本館である「旅館たにがわ」の源泉水と群馬県産の大粒大豆を使用して作った「谷川岳温泉納豆」(1個\180)も、宿泊客から好評のようで、お土産の定番になっているという。
また、ミネラルウォーター「仙寿庵の温泉水」(500ml)も人気となっている。 宿を後にする前に、ぜひ立ち寄ってもらいたい。
この宿には四季折々の楽しみ方がある。
冬は中庭一面に雪が降り積もり、まさに銀世界の様相。春に向うと、福寿草、さざんか、ふきのとうが姿を現す。
その後は、キクザキ一輪草、かたくり、射干(しゃが)、夏にはネジバナ、ナルコユリ、オオハンバンソウ、秋には紅葉とともに、ツリフネソウ、キンミズヒキ、ヤマホトトギスの花が咲き乱れる。
毎年6月下旬から7月上旬にかけて上毛高原へのホタルツアーも実施。その後の7月中旬にかけては、「仙寿庵」の庭でホタルを放すイベントも開催する。
また、最近では書道家であり、冒険家でもある月風かおりさんによる風書の会も年に数回行われている。大きな紙に思い思いの文字を書くことは、自分自身の表現でもあることを改めて認識させてくれるようなイベントだ。大好評なので、定例化しているイベントらしいので公式ホームページをチェックしていただきたい。
「別邸 仙寿庵」の現在は、平成19年で10周年を迎え、なおいっそうの繁盛振りをみせている。
通常、ニューオープン、リニューアルの宿は3年目が勝負と言われている。つまり、目新しさで1年2年はお客様は来る。しかし新鮮さが消えた3年目以降は、どれだけリピーターを増やす事ができたかで、その宿の寿命が見えてくるのだ。
その点、この宿は創業当時と変らず、人気を博している。
枕やふとんのセレクトサービスなどはもちろん、目に見えることはできる限り実施してきた。それよりも旅館業を営む一番大事な「おもてなしの心」がこの宿にはあるような気がする。
館内を見渡せば、それほど年配のベテランっぽいスタッフが多いわけではない。どちらかと言えば20代、30代の若いスタッフが多いような気がする。
それは、技巧や効率に走るベテランよりも、経験が浅くとも真面目で誠実な態度と行動で客の心をつかもうとの戦略にも見えたのは私だけであろうか。
とにもかくにも、その「おもてなしの心」をスタッフ全員に浸透させているのが、まだ若き久保英弘常務。「旅館 たにがわ」社長・久保富雄社長の長男にあたる。
彼は、昭和46年生まれ。東京農業大学卒業後、業務用食品卸会社の営業を経験した後、「旅館たにがわ」で修行し、平成9年の「別邸 仙寿庵」の立ち上げから参加し、現在は奥さんである若女将とともに、この宿の責任者として活躍している。
平成10年に読書室を建設。平成12年、18年、20年と食事処を増設。平成16年にはエステティックサロンと足湯をオープン。平成19年には谷川沿いに貸切の渓流露天風呂「寝湯」も完成させた。
今後は、広々とした中庭を利用した、自然と一体化したようなイベントも計画中ということで、ますます「仙寿庵」の進化が楽しみではある。
ハード面の充実と平行して、ソフト面、サービス面も向上しているような宿は、やはり顧客満足度は高い。
「仙寿庵」のリピーター客は、今やサポーター客とも言っていいほど、この宿に何度も足を運んでくれるという。
静かな山の中で、贅沢な空間で時を過ごすことは、人間にとってこの上ない幸せだ。その至福の宿を選ぶ際、この宿を選択することは賢明と言うほかないだろう。(J/Hr)