群馬県北西部、新潟の県境に、その眺望は日本アルプスにも匹敵するといわれる、雄大な谷川連峰の稜線が広がっている。その中心、「日本百名山」の一つにも数えられている谷川岳(標高1,977m)は、日本屈指の岩場があることでも知られ、古くから信仰登山のメッカとして親しまれてきた。
この雄大な谷川岳の南側真下、自然豊かな森の中にあり、谷川の清流に沿って広がる自然を肌で感じられる温泉地が、今から約600年前に開湯されたといわれる谷川温泉である。
開湯に関してはこんな伝説が残されている。「昔、毎夜毎晩川岸が怪しく光ることがあった。不思議に思った村人が、密かにその場所に近づいてみると、輝かんばかりの美しい姫(木花咲耶姫)が身を清めている姿が覗えた。富士浅間大菩薩の化身ではないかと怯えながらさらに近づこうとすると、不思議なことに光とともに姫は消え、身を清めていた場所から温泉が湧き出ていた。菩薩のお授けと人々は喜び、湯浴みをしてみたところ、疲れも病も立ちどころに癒えた」という。当時「御裳(みもすそ)の湯」と呼ばれていた由縁でもある。
現在のように谷川温泉という名で全国に知れ渡ったのは、真田伊勢守の姫、光貞院が湯治に訪れ、病を完治させた江戸時代以降になる。
「ホソバヒナウスユキソウ」という高山植物をご存知だろうか?国の天然記念物にもなっているもので、日本では谷川岳の他にはほとんど見ることのできない花で、通称“エーデルワイス”とも言われ、谷川温泉の花として親しまれている。
さて、川辺には露天風呂、渓流のせせらぎ、時には河鹿の鳴き声も聞こえる自然と一体化したこの温泉地は、太宰治の石碑や若山牧水の歌碑があることからも分かるように、多くの文人墨客から愛されてきた。
谷川温泉は、いわゆる水上温泉郷のひとつであるが、大型温泉旅館が乱立する水上温泉の中心部とは別のベクトルで、多くの客人たちをもてなしてきた。
現在、旅館としてはたった4軒、ペンション・民宿が15軒営業するのみの小さな温泉地ではあるが、現在、水上温泉郷の中では最も人気のあるエリアと言えるだろう。
その人気の要因はいくつかあげられるが、やはり山間部の温泉地といえども、やはり名峰・谷川岳が眼前にあるという眺望は、大いなるアドバンテージだ。
それに、鄙びた静かな自然たっぷりの環境は、温泉地全体が癒しの空間を作っているようだ。
そんな中に建つ「旅館たにがわ」は、客室数35室。それほど規模は大きくないが、それでも客室数は谷川温泉の中でも一番多い。宿泊料金も手頃なので、幅広い客層に支持されているようだ。
この温泉地には「別邸 仙寿庵」という高級旅館がある。全室露天風呂付きの憧れの宿として、今では多くの方に認知されているが、その宿も、「旅館たにがわ」が運営しているのである。
「旅館たにがわ」の現社長、久保富雄氏のお父さんが、「旅館たにがわ」の前身「谷川館」を買い取り旅館業に乗り出したのが1952年(昭和27年)。そして、富雄氏が社長に就任したのが、1968年(昭和43年)。当時の「谷川館」は、木造2階建て、16室の小さな旅館だったという。
その後、久保社長は、1981年(昭和56年)に念願の新館(鉄筋3F建て18室)を建築した。この年を彼は創業年としている。
1987年(昭和62年)には、旧「谷川館」を取り壊し、翌1988年(昭和63年)には、露天風呂付き大浴場を含む5階建てを増築して、現在の35室規模まで拡大リニューアルした。宿名もこの時「旅館たにがわ」と改名した。
旧「谷川館」の跡地は、現在「旅館たにがわ」の駐車場となっているそうだ。
1997年(平成9年)には、「別邸 仙寿庵」をオープンさせ、驚異的な稼働率を維持し、現在に至る。
「旅館たにがわ」も2007年(平成19年)に、ロビーや客室の一部を改装し、さらなる進化をうかがっている。
日本人であれば「太宰治」という作家の名前を、誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。佐藤春夫や萩原朔太郎らと共に「日本浪漫派」に属し、「走れメロス」や「斜陽」、「人間失格」などを執筆した昭和初期の流行作家である。そんな太宰の愛した温泉が、この谷川温泉だった。
昭和10年春、太宰は急性虫垂炎と併発した腹膜炎の開腹手術を受ける。その際に患部の鎮痛材としてパビナール(麻薬鎮痛剤)が用いられたのだが、入院中から退院後にかけて徐々に使用頻度が増してゆき、ついには中毒状態に陥った。その姿を見るに見かねたのが、「伊豆の踊り子」「雪国」で有名な川端康成。その川端が太宰に勧めた転地療養先が、この谷川温泉なのである。
太宰は療養を兼ね、約一ヶ月の間、谷川温泉の「谷川館」(「旅館たにがわ」の前身)に滞在。この際、名作「人間失格」を書く引き金となった問題作、「創世記」を執筆する。ちなみに、この後に執筆された名作「姥捨」は、療養の際に世話になった「谷川館」の老夫婦と谷川温泉が舞台になっている。このことからも、太宰がいかにこの温泉街を愛していたかを測るにはそう難くない。そんな太宰とゆかりの深い「旅館たにがわ」には、「太宰治文学資料室」がある。ここには本類が三十部、石碑や写真集が展示されている。また、山崎富江さん、小山初さんをはじめとする研究者の貴重な資料も寄贈され、その一部は拝観することもできるそうだ。
「旅館たにがわ」の温泉は「弱アルカリ性単純温泉」。江戸時代からこんこんと湧き続けているこの温泉は、源泉の温度は43℃と若干低いが、谷川岳にもっとも近い温泉は無色透明(アルカリ性単純泉)で湧出量が多いため清潔で健康的な温泉とされている。温泉の効能も20種類以上の適応症があり、薬湯としても評価されている。
この宿では、大浴場は24時間利用できるとの事。露天風呂もあるので十二分に谷川のお湯と澄んだ空気を満喫したいものだ。
客室は基本的に和室がほとんどであるが、2007年にはローベッド付きの客室も誕生したようだ。一般客室は8〜12帖の間取りが多いが、最近ではやはり露天風呂付きの客室の人気が高くなっている。その特別室はマッサージチェアを常備し、副室もある。
一般客室も含め、全室、シャワー付きトイレも完備しており、山里の温泉地でありながら、快適な設備はほとんど揃う。
充分に、ゆっくり寛げる空間は確保されている。あとはご予算に合わせて客室を選択していただきたい。この宿の公式ホームページは、客室タイプからもオンライン予約ができるので便利だ。
ここで夕食のメニュー(2007年7月取材)をご紹介しよう。この日は、1室2名宿泊で、1人18,000円ほどの料理だ。
箸始は、雲丹プリン。コンソメゼリー、ジュンサイ、穂紫蘇を添えて。
お造りは、旬の魚ということで、マグロ、スズキ、ヒメサザエ。
鉢肴は、岩魚。塩焼か唐揚か、どちらか選んでいただく。
凌ぎは、鮎と野菜ずし。茗荷の子、レンコン・梅肉。
温物は、山女魚巻識豆腐。焼き茄子、一寸豆に木の芽を添えて。
替わり鉢は、ぎんひかり(ニジマスの種類)と山芋のタルタル。海苔と山葵の香り、松の実にエンダイブを添えて。エンダイブとは、チシャ菜の一種でフランス名で「シコレ」と呼ばれている洋野菜のこと。
肉料理は、合鴨の西京風味。きのこソースの中に合鴨が入っている。七味唐辛子が食欲をそそる。小さなコンロで温めていただく。
酢肴は、雪魚の生春巻、カクテルソース添え。雪魚(ゆきうお)とは、エサに海老のすり身を食べさせて臭みが消えた鯉の事。ちなみに“雪魚”はこの宿で付けたオリジナルの名前。
ご飯(あきたこまち)の後は、デザート。里芋ババロアの上に胡桃が添えられていた。
また、秋10月のメニューの一部を紹介すると・・・
群馬県・有機野菜のサラダは、ムサラキニンジン、キャベツ、ワサビ菜、サラダほうれん草が並ぶ。
群馬麦豚のやわらか煮は、動物性飼料を排除し、麦を多く含む専用飼料により計画生産されたこだわりのブランド豚を使用。味は豚独特の臭みを抑え濃厚な味わい。
フルーツトマトのワイン煮は、デザート感覚でいただける。
これらの料理は、すべて佐々木康仁料理長によるもの。旬の素材を最大限に生かす調理の腕は確かなものだ。彼は、ここ「旅館たにがわ」だけでなく「別邸 仙寿庵」の料理長でもある。
メニューは全く異なったものとなるが、社長の佐々木料理長に対する信頼感は絶大なものと窺える。
この宿では、最近オリジナルのお土産を開発した。まず谷川岳の天然の湧き水をボトルに詰めた「たにがわの水」、そして温泉水を詰めた「仙寿庵の温泉水」だ。
そしてユニークなのは「温泉なっとう」。これも谷川温泉を使って作られた納豆で、朝食にも出され、お土産にも大人気となっている。
そのほか、この宿定番の「あろえの餅」があるが、これはテレビ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」で伊藤英明がこのアロエ餅を紹介したとの事。篠原涼子との食わず嫌い王のコーナーにて。
「旅館たにがわ」の人気の秘密は、それはやはりキメの細かいサービスとアイディアだろう。
例えば、露天風呂で、夜9時までにオーダーすれば、ひのきの升に入った地酒やアイスクリームをお風呂まで届けてくれたり、靴下の洗濯サービスがあったり、絵皿の体験コーナーがあったり、朝食前にロビーでキノコ汁を振舞ったり・・・と数々のサービスを提供してきた。
また、この宿泊料金で、一般客室でも、高級旅館並みに就寝用の浴衣を別に用意してくれるところは珍しい。
このような、アイディアにより、多くの顧客を確保し、その結果、旅行代理店への依存度が低く、直接予約のお客様が多いようだ。
そして、館内に漂う、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気は、家族経営の宿にも似たアットホームな印象も受ける。
この宿には、お仕着せではない、ある程度距離を保った心配り、接客ができている。だからこそ、多くのリピーターを持つ繁盛旅館に成長してきたのだ。
しかし、「旅館たにがわ」とほぼ同じ宿泊料金で運営している旅館は激戦区と言われるほど全国で数多く存在している。その中でも、この宿には長年培われたノウハウと、スタッフの質の高さによるおもてなしの心により、一般的な同料金の他の旅館と比べてみても、抜きん出ているのは間違いない。
一見、地味ながらも、このような温泉旅館を別荘代わりに使う客も増えてきている。山の宿は四季折々の風景が楽しめ、その時その時に感じるものも違ってくる。そんな楽しみ方を知っている方が増えてきているのだとも感じる。
マイナスイオン満載の谷川温泉に建つ、この宿に荷を下ろして、温泉にまどろめば、何かいいアイディアが思い浮かべられそうな、そんなインスピレーションも感じる宿はそうないはずだ。
久保社長はつい最近まで「日本の宿を守る会」の会長職を任されていた。この会は、日本独特の旅館建築の伝統や、おもてなしの心を維持している、ある一定以上のレベルを持った旅館の集まりであるが、そのリーダーとしての手腕も各方面から評価されていたようだ。
これから「旅館たにがわ」がどのような進化をしていくのか興味は尽きないが、日本古来の旅館サービスの基本は忘れない宿であり続けるということは間違いであろう。(J)