上質のお湯を堪能したら、待ちに待った夕食である。
本館「九兵衛旅館」とともに、“美食の宿”として評判のこの宿。
四季折々の山形の旬を生かした、まさに“珠玉”の料理が並ぶ。
夕食朝食ともに、2階にある食事処でいただく。
出来立てのものを、一番いいタイミングで提供したいというこの宿の思想が表れている。
食事処は個室風になっているので、プライベートな時間を楽しむことができる。
この宿は、部屋と食事(追加料理など)を組み合わせる、いわゆる「泊食分離」と言える方法で予約をすることができる。
だから、夕食無しの朝食のみの宿泊や素泊まりも可能なのだ。
今回取材(2010年11月上旬)したのは、季節の基本プラン。泊食分離の場合5,500円のコースとなる。
献立はおよそ1ヶ月ごとに替わり、旬のものを心ゆくまで堪能できるのだ。

はじめに、先付の手作り胡麻豆腐あんかけをいただく。
料理長がその日に使い切る分だけ、5年間毎日練り上げているという一品。滑らかな口当たりに、思わず頬が喜ぶ。
シンプルな料理ながら、薬味に生姜を使うなど、独自の感性も感じられる。
前菜は、季節を表現した5品盛り。
鶏の松風、丸十蜜煮、銀杏煎り〜庄内塩で、春菊ともって菊の煮びたし、庄内柿クリームチーズ。
全て一品一品丹精込めて作られていることがお分かりいただけるだろう。
庄内柿はこの地方の名物で、舌でとろけるほど柔らかく、種のない不思議な果実。
芳醇な甘みと、くど過ぎないクリームチーズが、抜群の相性を見せる。
お造りは、庄内の海の幸が、かつら剥きにされた大根に包まれている。
鰆、生蛸、メバルの3品で、基本的に庄内港で水揚げされたもの。新鮮なメバルは、最上級の味と称されるが、その言葉に偽りはないようだ。
凌ぎに、焼き〆鯖の棒寿司。
秋に旬を迎える鯖に焼きを入れることで、クセのある〆鯖もさっぱりといただける。脂ののりと酢の加減も絶妙だった。
地魚の焼き物は、ハタハタの田楽。
淡白な白身に、濃厚な味噌と白ゴマが、見事にマッチする。
プチプチした食感が美味しいブリコ(卵)も、たっぷりと入っている。ご飯にもお酒にもよく合う一品。
揚げ物は、口細がれいと秋野菜の揚げ出し。
口細がれいは、マガレイのことだが、庄内では見た目からこう呼ばれている。
秋の野菜は、かぼちゃ、ししとう、マイタケ。天つゆをかけて、紅葉おろしを落としていただく。

ご飯は、新米のはえぬき。
日本穀物検定協会が12年以上連続で特Aに認定しており、あの魚沼産コシヒカリに勝るとも劣らない美味しいお米だ。上にあさりの佃煮が添えられているのも、やさしい心遣い。
椀物に、山形名物・芋煮鍋。味噌仕立ての庄内風で、豚肉、里芋、大根、ニンジン、ゴボウ、ネギ、しめじ、油揚げ、黒コンニャクが1つの鍋で競演している。
漬物は、山形青菜漬けと庄内柿大根。知り合いの八百屋さんに頼んで作ってもらっているものだ。
デザートは、木苺あいすに庄内麩フィユタージュ。
木苺をそのまま生かしたアイスは、非常に香り豊か。
フィユタージュは、パイを折り込む技法のこと。カリカリで甘く味付けした麩が、冷たいアイスとの相性良し。
以上が今回いただいた「季節の基本プラン」。
地元の食材と日本海の幸、その素材を存分に生かした料理ばかりだ。
この宿の料理長は、阿部正博さん。まだ40歳の若さだが、きめ細かな仕事ぶりが垣間見える。
前回の取材(2008年)と比べても明らかに進化しており、勉強熱心で誠実な料理長の姿を想像に難くない。
本館「九兵衛旅館」の料理も手がけており、こちらも趣向を凝らした日本料理が味わえる。
もともと阿部さんは、酒田市にある老舗寿司屋で店長を務めており、魚の扱いは一級品。
しかし、和食全般にも精通しており、さらにデザートのアイディアとセンスも秀逸。
遊び心のあるやさしいスイーツは、男女問わず、非常に人気が高い。
料理だけでも、この宿に来る価値は間違いなくあると思う。
より庄内の“食”を満喫したい方は、別注メニューはいかがだろうか。
まず、冬の日本海と言えばカニだろう。
10月1日から3月中旬まで(日・祝は除く)の期間限定メニューで、1杯6,300円〜8,400円 (時価)。2日前までに要予約だ。
また、山形牛(A4級以上)を使用した別注料理は多数用意されている。
この地方の、夏暑く、冬寒い、はっきりとした四季と、昼夜の寒暖の差の大きい点は、牛の肥育環境に優れているのだ。
山形牛のサーロインステーキ(120g)は、1人前 3,780円。おろし、わさび、にんにく、ソースなどお好みの味付けでいただく。前日までにご予約を。
霜降りながら脂っこくない山形牛は、しゃぶしゃぶにしても最高だ。
肉の量(100g)も丁度いいので、追加で頼んでおくのもいいだろう。自家製のゴマダレとポン酢でいただく。1人前1,575円。前日までにご予約を。
また、山形牛を使った握りも人気だ。
牛肉の柔らかさと米のバランスがよく、口の中で混然一体となり、旨みだけを残して消えていく。4貫2,100円。

海、山、川、平野が揃っている庄内は、豊かな土壌に恵まれており、まさに食材の宝庫。
1月中旬〜2月下旬の寒鱈や白子。
2月下旬〜3月中旬のアンコウ。
4月は春を告げる“桜マス”。
5月は地元の孟宗(たけのこ)の膳。
6月〜7月は、天然の岩ガキを贅沢に。
7月中旬から8月いっぱいまでは、太陽の恵みを受けた“夏野菜”と、日本海の恵み“夏イカ”。
9月いっぱいは、山形名物・芋煮。
10月は地魚・ハタハタ。
そして11月から3月までは、冬の味覚を代表するズワイガニ…季節を変えて、何度でも投宿するリピーターが多いのも納得だ。
デザートに定評のあるこの宿だが、記念日に別注したいのは、庄内イタリアン料理店「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフの作るズコット。
当日16時までに宿に予約すれば、夕食時にいただける。
イタリア語で“半球型の帽子”を意味するこのズコットは、チョコとホワイトムース。
16世紀中ごろからあったスイーツで、現在あるアイスクリームの原型の1つと言われている。
お値段は2,100円。
「アル・ケッチァーノ」の奥田シェフは、TBSの人気番組「情熱大陸」にも取り上げられた。
隣りにあるカフェ&ドルチェ「イル・ケッチァーノ」では、オリジナルケーキの販売もしている。
2009年4月には銀座に姉妹館店「ヤマガタ サンダンデロ」をオープンし、こちらでも庄内のイタリアンがいただけるので、要チェックだ。
朝食も地の食材中心で、しっかりと手間をかけた和食の料理が並ぶ。
庄内アスパラ菜、ホタテの時雨煮、厚焼き玉子(おろし)、オクラ納豆、塩引き鮭、あつあつの豆腐と、出来立てのおかずが何よりうれしい。
ご飯は特別栽培「はえぬき」。
味噌汁は風味のいい岩海苔がたっぷりと入っている。漬物は、八百屋さんに頼んで作ってもらっているものが中心で、おばこ梅の梅干し、きゅうり、キャベツと3品。
デザートのコーヒーブラマンジェは、ほんの少しの苦みと優しい甘みが絶妙。
フルーツにマンゴーと巨峰も添えられていた。
夕食と同じく朝食も、宿と料理長の“おもてなし”精神が存分に感じられる。
間違いなく、料理がこの宿最大の魅力に数えられるだろう。