蔵王連山を東に望む山あいにひろがるかみのやま温泉郷。この街のシンボルでもある「羽州の名城」上山城を中心に、古くは最上氏の城下町として栄え、米沢の伊達氏や上杉氏との攻防の舞台となったことでも知られている。現在は桜の名所として多くの観光客でにぎわう名跡で、郷土出身の歌人にちなんで開設された、齋藤茂吉記念館と並ぶ市内随一の観光地だ。山形新幹線の「かみのやま温泉」駅まで東京から2時間半程度というアクセスの良さから、関東方面からでも訪れやすいのはこの温泉郷の魅力のひとつ。その中でも市内を見下ろす高台の葉山地区は、蔵王連山を正面に仰ぐ見晴らしの良さから特に人気のあるエリアだ。その一角、小高い丘の上に、昭和41年創業の「彩花亭 時代屋」がある。
玄関の白布の暖簾をくぐり中に入ると、太い梁や畳敷きの公共スペースが目に入る。洗練された雰囲気が漂いながらもどこか懐かしい、情緒ある空間だ。これは和空間の設計を得意とするデザイナー監修によるもの。2005年の改装の際に、暖色系の灯りに彩られたモダンなデザインを採り入れた。
部屋数は18と小規模なこのお宿、全体的に和モダンでまとめながらも清潔で居心地の良い宿づくりをしているのには感心した。廊下の敷物や壁面を見ても、シミや汚れはほとんど見られなかった。3階建ての館内、通路にさりげなく生けられた花や絵画が大人の雰囲気を醸し出す。小さいお宿だからこその居心地のよさは、館内どこにいても感じられる。特に、こちらのご主人お気に入りの空間でもあるロビーは、吹き抜けに組まれた太い梁が見事。取材時にも多くの宿泊客がここで、夕食後のひとときを過ごす様子が見られた。
客室は大きく分けて3タイプ、露天風呂が付く客室がひとつ、窓を全開にでき開放感ある半露天風呂付きの客室がふたつ、そしてトイレ付きの一般客室が15室用意されている。温泉風呂が付く客室は、平成17年の改装時にあわせて完成したもので、一般客室の宿泊客も利用できる部屋付きの貸切露天風呂もこの時に。以来好評を博し、よりプライベート感を楽しめる温泉宿として生まれ変わったのである。
さらに平成20年2月、館内一の眺望を楽しめる301号室と、207号室を改装。眺望自慢の301号室「山吹彩」には新しく窓を設け、湯舟に浸かりながら山並みを望むことができるようになった。眺望に恵まれなかった207号室は、窓の外に総ヒノキのウッドデッキを新設。ハート型(かまぼこ型)の湯舟とシャワーブースが設置され、部屋から出ずに好きなだけ湯浴みを楽しめる客室露天風呂がまた誕生した。この部屋にはマッサージチェアも置かれ、滞在時間の限り体を癒す、「リラックスルーム」としての活用をすることができそうだ。
高台にあるため部屋からの眺望を期待したいところだが、残念ながら全ての部屋から絶景が望めるわけではない。道路向かいに大きな建物があるため、遮るもののない蔵王連山の迫力ある眺望は、北側に位置する数部屋からしかはっきりとは望めない。しかしながらその大きな建物越しに見える蔵王連山の姿はそれでも充分に美しく、澄み渡った空に優美な稜線を刻み込んでいた。
このお宿では静かに過ごすのが似合う。人気の貸切風呂は客室であったところを改装したため、涼をとる湯上り処も広い。坪庭に面して設置される湯舟から上がり、皮のソファでくつろぎながら、備え付けのCDプレイヤーでお気に入りの音楽を聴く。非日常を演出する様々な仕掛けが、どれもさりげなく用意されている。ここはチェックインの時間から夜10時まで、45分間の利用が可能。人気のため事前に予約することをおすすめする。
通路「四季のかけはし」から行く蔵造り風の大浴場は天井が高く広々としており、空間を贅沢に使用することができる。窓からは坪庭が見え、隣接して露天風呂も用意されている。眺望こそないが、冬なら坪庭に降り積もる雪を眺めながら湯浴みするのもまた、心に宿る風流心を掻き立ててくれるだろう。ただこの通路、取材時は冬のため若干冷えるのが気になった。
食事は希望により部屋でそのままいただく事も出来るが、においの気になる方には2階にある食事処の利用をおすすめする。どこも元客室を改装したもので、誰にも邪魔されないプライベート感はもとより、畳敷きに床の間もあるその空間は日本人が慣れ親しんだ寛ぎの場そのもの。肩肘張らずに食事を楽しめる、この山あいの静かな夜のはじまりに巨峰ワインで乾杯。食の宝庫山形の名産品に彩られた食事をいただく。
先付は原木なめこの菊花和え。おがくずではなく、原木で育てられたなめこに、“もって菊”という筒状の花弁がシャキシャキした歯応えを楽しめる、彩りも華やかな菊花を和えたもの。花状のお皿の中心に彩る黄色や紫が目にも楽しい。続く前菜はこれまた彩り豊か、生蛸を塩むきにして炭酸水で煮込んだ柔らか煮、すじこから出したいくらの醤油漬け、零余子(ムカゴ)の真丈、宮城松島の牡蠣、つぶ貝に枝豆チーズと全て手作りの品が並ぶ。お造りは季節の魚三点盛り、イカ、カンパチ、金目鯛。その日によって状態の良いものを、上山の契約魚屋から仕入れているそうだ。
続く煮物は特製飛竜頭(ひりゅうず)と季節の野菜煮、火にくべられて出される。ひりゅうずとはがんもどきのことで、これも手作り。山形産の大根に里芋、椎茸とお麩が入る。余談だが、山形といえば芋煮が有名。学校の給食で出され、友人同士の会食にも登場するという芋煮。会席料理の一品に入れられている里芋ひとつにも、山形人の愛着が表れているのである。
ここでメインの山形牛のステーキが登場する。ナイフとフォークでいただくので、このお宿の佇まいにしては意外であったが、契約している平田牧場で放牧された牛肉のこの柔らかな舌触りは絶品そのもの。季節によっては陶板焼きにすることもあるそうで、さらっとしたくどくない味わいはすんなりと、和食にも舌にも馴染む。
次に揚げ物。蟹爪、エリンギの生ハム巻き、芽カブの葉、はたけしめじの天ぷらを、あっさりと塩をつけていただく。これは通年のメニューではなく、時には魚料理であったり、春には山菜(タラの芽など)の天ぷらであったりと、様々な味わいを楽しむことが出来るとのこと。
油ものの後にはさっぱりとした酢の物を。大根のうすかわ剥きでくるんだ蟹の砧巻き、菊、蛇腹きゅうりに裏庭で収穫されたという茗荷が添えられる。
ここで珍しい趣向の一品、うどんが出された。〆にそばを出すお宿はあるが、どちらかというと昼に食べることの多いうどんとはまた意外であったが、個性ある品々で満たされつつある胃袋には、この茗荷、青紫蘇、小ネギに紅たて、揚げニンニクという薬味が胡麻ダレのあっさりとした味わいに深みを添え、嬉しい。
お腹が満たされ、落ち着いたところで、御食事には山形のブランド米、はえぬきのブレンドを。お吸い物は白子豆腐の入ったどんがら汁。鱈の汁のことをこの地方ではこう呼ぶそうだ。漬物もこの地方の味わいが豊か。中でも青菜漬けは山形特産で、一般的には冬の常備食として重宝されているそうだ。これを洗って胡麻油で炒めたりするなど、生活に深くかかわるものだという。なお、夏には茄子の一夜漬けが出されるなど、こんなところにまで季節感と地元産のこだわりが感じられた。デザートに、庄内産のメロン、柿、そして葡萄。これも季節により、例えば春ならさくらんぼ、夏ならスイカ、秋にはリンゴやラ・フランスといった、フルーツの名産地である山形ならではの味わい豊かなデザートを期待できる。
季節の野菜などをふんだんに用い、味の濃いといわれる北国ながら、薄味でヘルシーに仕立て上げられた品々。やはり女性に好評で、これを楽しみに訪れるリピーターも多いようだ。春には山菜、夏にはトマトや茄子など夏の野菜、秋には茸や栗など、冬には蟹といった、季節を代表する料理が待っている。朝食は大宴会場で、和定食をいただく。はえぬきのご飯を何度もおかわりしたくなる温泉卵、納豆、明太子、出し巻き卵といった定番メニューに、特産品ラ・フランスのジュース、湯葉さし、蒸篭にはいったシュウマイ、そしてヨーグルトとヘルシーなメニューが並ぶ。
今後も館内のゆとりを増していくために、貸切風呂を増設するなどより良い宿にしていく取り組みはますます盛んになっていくようだ。また、お宿の裏山には葉山神社があり、その参道を整備しているという。桜100本、紫陽花を200本植え、展望台も設置。温泉に浸かり、ただのんびりするのにもぴったりなお宿だが、周辺観光も楽しみたいという活動的な旅路の中継点としても、ここはこの上ない安らぎを提供してくれるのだ。
こちらのご主人は以前から、このかみのやま温泉全体を盛り上げる様々な取り組みを行ってきたという。現在も行われている、市内の武家屋敷などを見学して廻る“浴衣で歩くかみのやま温泉”キャンペーンや、寒い冬には“どんぷく”とこの地方で呼ばれる半纏を着て歩く、“どんどん福々かみのやま温泉”キャンペーンなどは、こちらのご主人が率先して計画されたそう。もちろんこのかみのやま温泉についての歴史はじめ、様々な事柄に造詣が深い。いつもご主人がカロリーメイトがわりにしているという、オリジナルのそばせんべい“時代屋せんべい”(大¥1000・小¥500)でもかじりながら、旅の土産にお話を伺ってみてはいかがだろうか。
このお宿は「時代屋」の名の通り、ノスタルジーをテーマにした演出が施される近代的な和風旅館となっている。雰囲気はレトロを味わいながらも、設備的には便利さを取り入れているという、我儘な現代人にはピッタリのくつろぎの空間が広がっている。「現代的なものも良いが、なつかしさも大事にしたい」というご主人の思いが込められている宿名は同時に、「時代に合う旅館を」、という発想から生まれたもの。これは、大旅館にはできないサービスとは何なのかをいつも考えているご主人のアイデアやセンスであり、長年培ってきた「おもてなしの心」の賜物なのだろう。多様化する宿泊客の“我儘”に可能な限り応えようとする、ご主人冨士重人さんの飽くなき向上意識、そしてそれに呼応するように醸し出すお宿の柔軟な姿勢には敬服するばかりだ。(J/eb)