豊かな自然と温泉に恵まれた由布院は、温泉宿に関しては、九州一の激戦区と言われている。
由布院盆地に、およそ150軒もの宿泊施設がひしめき、だからこそ、レベルの高いサービスを競い合っている。
露天風呂付き客室、離れの客室・・・の数は、全国でも随一。
宿だけでなく、レストランなど周辺の施設も整い、そして福岡などの大都市圏からのアクセスも良く、その人気が衰えることは今のところなさそうだ。
この激戦の地に「由布のお宿 ほたる」が創業したのが平成15年(2004年)のこと。
創業者は現オーナーの溝口剛史さん。旅館経営者としては、少し変わった経歴の持ち主だ。
昭和46年に東京で生を受けた溝口社長は、生まれてすぐに、製茶企業に勤めていた父親の転勤で、大阪へ引越しをする。
そして5歳の頃、父親の生まれ故郷である湯布院に帰ることになった。独立して製茶業を営むため、再び家族で移り住むこととなる。
その後は湯布院で、青春時代を過ごした溝口社長。高校卒業後は、語学系の専門学校に入学。そこで2年間英語を勉強する。
専門学校を出ると、単身アメリカへ渡り、現地の大学を4年半かけて卒業。もちろんその頃には、英語を完璧にマスターしていた。
24歳で帰国し、大分県内の大手英会話学校で勤めはじめる。
福岡勤務から東京へと転勤すると、本社で社長秘書や会長秘書として重責を担う。
そして台湾に転勤後は、日本語と英語を教えていたという、国際派の社長なのである。
実は最初に、温泉宿を創業しようと考えたのは溝口社長の父だった。
全国的な人気を誇る由布院温泉にも、バブル期にリゾート開発の波が押し寄せた過去がある。
この時は、地域住民たちが猛反発したのだった。
しかしこのブランド力のある観光地に、ビジネスチャンスとばかりに参入しようとしてくる、県外の企業などは今でも多い。
湯布院で育った溝口社長の父は、地元の人が宿を経営しないと、この地域の色が失われてしまうという危機感を感じていた。
そして時が経つにつれ、自分でそんな宿を創業すればいいと考え始めていた。しかも高額な料金設定ではなく、気軽な料金で由布院温泉の良さを堪能できる宿を・・・
だが、自分でやるにしても、年齢的なことを思うと気が引けてくることもあった。
そこで、実の息子に白羽の矢が立ったのだ。
父親の提案を聞いた溝口社長は迷いに迷ったが、熟慮の結果承諾する。生まれたのは東京でも、5歳の頃からずっとこの地で育ち、地元民としての意識があり、父親の考えに共鳴させられたのだった。
そして、親子二人での物件探しが始まった。
ある時、休業中の宿泊施設を見に行った時のこと。宿泊施設とはいっても、客室は申し訳程度で、ドライブインか食事処といった施設だった。
第一印象は二人とも「古い建物だなあ。」
しかし、温泉があるということで、溝口社長が試しに湯に浸かってみると、「何だこれは!」
大げさに言えば、衝撃に近い感動を覚えたという。
由布院でもかなり高いアルカリ成分は、今まで体験したこともない滑らかで柔らかい湯で、溝口社長は、一目惚れならぬ一湯惚れしてしまったのだ。
二人は、古い建物を差し引いても、この温泉には余りある魅力があると、意見が一致したという。

そして、母屋と離れの客室棟を改築し、平成15年に「由布のお宿 ほたる」を創業したのだった。
国内・国外問わず飛び回って働いていた溝口社長だったが、32歳にして、自分の育ったこの地で根を生やす、温泉宿のオーナーとなったわけだ。
旅館経営に関しては素人同然だったのだが、まずは傾斜地であるこの土地を利用しようと計画した。
そして、由布岳の眺望と田園風景が一望できる離れの宿を造った。
もともと湯布院IC近くの国道210号線沿いにあり、中心街の賑やかな雰囲気とは無縁な場所。
由布院らしい離れの宿で、かつロケーションと温泉がいいと、創業してすぐ上々の人気を得たのだ。
また、スタッフにも恵まれたようだ。
料理長の平川さんは、経験豊富なベテランの料理人だが、気さくな性格。互いに意見を交わしながら、より良い料理を提供しようと努力してくれる。
同世代の男性スタッフは良きサポートをしてくれ、ベテランの仲居さんたちには接客の極意も学んだ。
溝口社長の、スタッフとの距離を置かないスタイルが、一体感を生み、館内に溢れる温かい雰囲気に表れている。
現在(2009年10月)、この宿には女将がいない。
実は女将になる予定の溝口社長の奥さんは、福岡で「Panacea(パナシア)」という、よもぎ蒸しとゲルマニウム温浴のサロンを経営している。
"よもぎ蒸し"とは、蓬を含む数種類の薬草ハーブを煎じ、その蒸気で下半身を中心に温める、韓国では昔からある民間療法のこと。美肌効果だけでなく、体質改善にも繋がるという。
いずれは宿の中に、この施設を設けて、お客に対するサービスとして実施するとのことで、今から楽しみである。
公式HPを見ると、宿泊プランはなく、客室タイプだけを選ぶシンプルで分かりやすいスタイル。
料理のことなど何か質問があれば、直接問い合わせすればいいだろう。
また公式HPから宿泊予約すると、夕食時のファーストドリンクサービスや、お土産5%オフなどの特典があり、予約サイトから申し込むよりもお得になっている。
客室は、岩造りの露天風呂付客室や、半露天の檜風呂付和洋室、眺望のいい和室二間続きのタイプ、バリアフリー対応の洋室と、意匠の違うものを用意した。
これにより、若いカップルからベテランのご夫婦、女性グループや子ども連れのファミリーまで、どんなお客でも対応しているのだ。
「由布のお宿 ほたる」の一番のウリは、やはり、由布院の中でも極上の泉質を持つ温泉。そして湯舟に浸かりながら拝む由布岳の眺望だろう。
しかしこの宿の良さはそれだけではない。
離れ棟形式で、非日常感を高めてくれる宿の雰囲気、ベテラン料理長の作るこだわりの豪華な夕食があり、それでいてリーズナブルな宿泊料金を実現している。
「誰でも気兼ねなく来て、この温泉の良さ、由布院の良さを知ってほしい」という、溝口社長と父親の考えが反映されているのだ。
コストパフォーマンス的にも充分に満足できるはずだ。
若きリーダーが率いるこの宿は、これから歴史を作って行く段階。
どんどん、新しいサービスを取り入れていこうとの意思も強く持っている。
今までの由布院の人気にあぐらをかいているのではなく、常に貪欲にゲストが喜んでもらえるような仕掛けを模索している。
だからこそ、この宿の未来は明るい。
宿稼業をビジネスとだけ考えているのではなくて、いかにゲストが楽しんで、そして感動を与えられるかという想いが、この宿の進化を加速させている。
由布院という温泉地の底力を感じさせる宿が、「由布のお宿 ほたる」と言えるかもしれない。(J/IZ)