最近、「宏楽園」の人気が高まっている。
2008年9月のリーマンショックから始まる世界同時不況の中、このレポートを書いている時期(2010年1月)の日本でも経済危機の真っ只中だが、この宿の客室稼働率はかげりを見せない。
この宿は、もともと、小樽はもちろん、北海道第一の都市・札幌からの顧客に支持され、割合としても地元客が多かった。
そして、最近の傾向といえば、首都圏はじめ、本州からの客はもちろん、中国、台湾、韓国などの東アジア圏からの客が増えてきたという。
海外のお客に人気なのは、よく分かるような気がする。
ここに「北海道らしさ」と、「日本旅館の良さ」が、同居しているからだ。
広大な庭園や海の幸満載の料理は、まさに北海道を表現しているし、落ち着いた雰囲気の客室と良質の温泉は、日本の温泉旅館というもののエッセンスが充分に詰め込まれている。
だからこそ、北海道に居を構えるお宿で、旅行代理店への依存率がこれほど低いところも珍しい。これは人気旅館の指標でもあるのだ。
その「宏楽園」は、街中にありながら、2万坪の広大な敷地に日本庭園が建物を囲い、なかなかの存在感を醸し出している。
札幌に繋がる高速道路・朝里インターチェンジから降りて1〜2分という恵まれた立地にあるが、敷地に入ると、エントランスへ繋がる、まっすぐ一本道の数百メートルの舗道は、桜並木となっている。
それは、小樽の桜の名所と言われるほど、地元では有名なスポットとなっているという。
そして、その桜並木から見えるのは、広大な日本庭園。
これは、創業者である故・米山清作氏(明治28年−昭和37年没)が、すべて手作業で、朝里川から石を運び、池を掘って造りあげたもの。
彼は、元々は新潟の出身。北海道・小樽に渡り、銅鉄店を営んでいた。
その店が繁盛し、1937年(昭和12年)に、現在の「宏楽園」を中心とした畑地や山林、約4万5000坪という広大な土地を、清水農場から購入した。
それから、購入した3年後は、初代天皇である神武天皇が即位してから2600年という、いわゆる「皇紀2600年」の記念として、この自然豊かな日本庭園を完成させたのだ。
(当初は、戦前に賑わいを見せた、小樽のオタモイ海岸の断崖絶壁の地にあった「竜宮閣」という遊園地を凌ぐものを造ろうと考えていたという。)
園内の樹木は樹齢100年近いものが多く、種類も豊富だ。
戦後の農地解放により、約半分の土地は手放す事になったが、2万坪に拡がる庭園は残った。

1955年(昭和30年)には、ついに温泉も掘り当て、1957年(昭和32年)4月に旅館「宏楽園」をオープンさせた。
温泉はすべて自家源泉。アルカリ性の単純温泉なので、肌にツルツルとなじむ。
地下500mからボーリングしている源泉は、最大毎分60リットルを汲み上げる。
小樽朝里川温泉の中でも、民間で自家源泉を所有しているのは、ここ「宏楽園」だけなのである。
だからこそ、地元の日帰り入浴客にも人気となっているのだ。
最近の「宏楽園」は、その創業者の遺産を守りつつ、攻めの姿勢で着実に施設を充実させている。
1988年(昭和63年)は、本館の大浴場に露天風呂を完成させた。
1992年(平成4年)には、別館をオープン。
1995年(平成7年)には、「宏楽園」の門の横に「レストランさくら」をオープンさせる。
そして、いまや「宏楽園」の代名詞ともなった露天風呂付き客室が、1998年(平成10年)に誕生した。
まずは、別館の客室「たけ」「ぽぷら」「やなぎ」の3部屋に露天風呂を設置した。
それが見事に当たり、その後、本館のバリアフリー対応のベッド付き和洋室(客室「けやき」「もみじ」)にも露天風呂を設置し、今では(2010年1月現在)15室までに増えたという。
2006年(平成18年)には、要望が多かったエステサロンもオープンさせた。
そして、2007年(平成19年)には、19室ある一般客室の稼働率をあげるため、貸切風呂「こかげのいで湯」を完成させる。
この貸切風呂は、大きく開けた窓のおかげで、半露天風呂のような装いで人気を博し、また、日帰り客も利用できるとあって、評判を呼んでいるのだ。
2008年(平成20年)には、フロント前のエントランス周辺をはじめ、廊下を畳敷きにし、スリッパを廃止した。
そして、2009年(平成21年)7月には、待望の新食事処「茶寮 花音(かのん)」がオープンし、さらに快適に食事ができるようになった。
このように、世の中の不景気をよそに、「宏楽園」は順調に営業しているようだ。
現在、この宿を率いるのは、米山幸宏さん(昭和42年8月生まれ)。
創業者・清作氏の孫にあたる。
幸宏さんは、北海道大学卒業後、JR北海道のホテル開発部門で3年間働く。
その後、母親が病気で倒れたのを機に、1994年(平成6年)に宿に入る。まだ25歳の時だ。
その年に、高校生の時からお付き合いしていた女性と結婚をする。
もちろん、その女性、直美さんは、現在、女将として、活躍中である。
幸宏さんは、1998年(平成10年)頃から、実質的に宿を任されてきたが、2008年(平成20年)に代表取締役社長に正式に就任。名実ともに、「宏楽園」の顔となった。
ここ数年の業績の伸びは、米山社長の手腕によるものが大きいが、それは常に世の中のトレンドを見逃さないところにあるようだ。
「宏楽園」は、デザイナーズ旅館でもなければ、今はやりの「和モダン」の要素もほとんど入っていない。お世辞にも客室が洗練されているとか、新しいとか言えない。
しかしながら、日本伝統の“和”の旅館の王道をまっすぐ走っている印象だ。
しかも、気候の厳しい北海道、小樽で、これほどの集客力を誇る秘密は何なのか、改めて考えてみた。
自家源泉による露天風呂付き客室、広大な敷地を生かした日本庭園。新設された開放感たっぷりの貸切風呂、北海道の旬の素材を生かした料理・・・など、“売れる”要素はたっぷりあるが、やはり第一の要素は、3代目にあたる米山幸宏社長はじめ、スタッフ一丸となって自分の役割をキチッとこなしているからこそのチームワークの良さが考えられる。

そして、宿泊料金を見ても、予算に応じて客室を選びことができ、バリュー感もある設定になっているのも見逃せない。
そして、客室の選択によって、この宿の印象も変わってくる。
全34室中、半分に近い15室が露天風呂付き客室となっているからだ。
その客室は、そのお風呂からの庭園の眺望が評判を呼び、なかなか予約が取りにくいほどの人気を博している。
「宏楽園」ならではの、日本庭園を愛でながらの湯浴みは、北海道らしい澄んだ空気と相まって、贅沢な癒しの時間へと誘ってくれるはずだ。大事な人との記念日旅行にもいい。
また、一般客室は、1人1万円台前半で宿泊できる。
そして、日程的に露天風呂付き客室の予約が取れなかったり、予算的に無理で一般客室にした方でも、今なら新設されたばかりの、大きな貸切風呂がある。
公式HPを見ると、冬になると、庭に降り積もった雪を利用して作った「かまくら」の中で食事ができるプランがあったりと、常に情報を更新しているようだ。
また、冬の楽しみ方として、12月中旬から2月いっぱいまで、庭園のあちらこちらで、イルミネーションの装飾がなされ、客室露天風呂からの夜の眺望に寄与している。
さらに、宿泊だけでなく、食事付き日帰りプランで、その露天風呂付き客室を利用できるのも人気を博している(繁忙期を除く)。
さらに、5月から9月末にかけては、その広い庭園を利用してジンギスカンやバーベキューなど、ガーデンパーティが楽しめるプランもあるようだ。
「宏楽園」を一言でいうなら「マジメ」な宿。こんなストレートな宿がまだあったのかと取材者としてはホッとする。それは宿泊客のほとんどが感じ取れるかもしれない。
その創業者である米山清作氏の精神というものは、何も無かった土地を、ひとつひとつ開拓し、建物を作り、温泉を掘り、そして、どのようにすればお客様が来てくれるか、何をすればお客様が喜んでいただけるか・・・・・と常に真摯に考えつつ、さらに、この土地で仕事ができるという感謝の念を忘れない事なのだろう。
この宿の敷地のはずれに、創業者・米山清作氏の銅像が鎮座していた。今でも彼は、ここで子孫たちが、これから「宏楽園」をどのように発展させていくか、優しく見守っているに違いない。(J)