伊豆半島は、日本列島の中でも独特の地である。海岸線すれすれにまで押し迫るような急峻な山々と、温暖な気候が織り成す変化に富んだ情景が旅情を誘うのみならず、半島内のどこへいっても温泉が湧くという、日本の観光地としてはまたとない条件が揃っているのだ。
地勢もまた特異で、フィリピン海プレート上にあるこの半島は、およそ2百万年前から百万年前の時期に南の海から北上し、日本列島に加わったという。このプレートと、中央日本を形成するユーラシアプレートがぶつかり、富士・箱根・伊豆諸島に続く火山帯が形成されたと言われている。その語源を「湯出づ」に持つこの地は、温泉という地球の恵みが地表に現れる格好の地なのであろう。
その風情を最も色濃く見られるのが南伊豆。その中心地ともいえる下田は、幕末期以来の日本史に登場する港町だ。歴史の波と通り過ぎた多くの人間に彩られた異国情緒ある地で、現在では伊豆急行の終着駅ともなっている。東京から直線距離で135キロという近さにもかかわらず、電車では眺望の優れた列車
で海岸線を眺めたり、クルマであれば平日ならば爽快な運転を満喫できるかっこうのドライブコースでもある。
下田周辺には、蓮台寺や下賀茂、河津や天城など名の知れた温泉地は多い。その中でも、ひときわ個性を放つ注目の温泉宿がある。その宿は奥下田の山あいにあり、宿名
を「観音温泉」という。
注目を集めているのはその泉質で、pH9・5の弱アルカリ性ながら超軟水、入浴の際の肌触りは“ビロードのような”滑らかさで、またその含有するミネラル成分が飲むと健康増進に効果をもたらすという。同名のペットボトル入り飲泉がかねてより伊勢丹や三越、松坂屋などのデパートや自然食品店で販売されており、2008年の7月より東京メトロの中吊り広告などでも目にすることができたので、その名だけでも既にご存知の方は多いかもしれない。
下田市郊外から県道15号線を西の松崎方面に向かうと、緑深い奥下田の山々の穏やかな光景が広がる。この道のちょうど中頃、横川という地で折れ、のどかで細い農道を縫って行くと、未舗装の林道に迎えられる。さらに進むと、周囲を山に囲まれた盆地に至る。10万坪の敷地を持つという「観音温泉」に到着である。
昭和38年のこと、創立者である鈴木運正氏の夢枕に信仰していた観音様が現れ、この横川の地での温泉掘削のお告げを受けたという。工事中、地中から身長五寸の観音座像が出土したことが、この宿名の由来だ。なお、この像は東京浅草の浅草寺に奉納されているというが、その身代わり観音として進呈された像は、現在玄関横の祠に祀られている。
この広大な敷地に広がるお宿の全体像を捉えるのは難しい。温泉宿としてだけでなく、湯治を目的に長期滞在もできる療養所でもあり、武道館やジムを備える合宿場でもある。施設も多岐にわたり、中心となる宿泊棟も本館、「正運館」、新館「ピグマリオン」、離れの「産土(うぶすな)亭」の4棟、取材時(2008年7月)には建設中だった貸しコテージが合計3棟ある。そして自慢のお湯をたっぷりと堪能でき、日帰り入浴もできる大浴場「ガラティア」の棟、さらには斜面を登った先には自家菜園のビニールハウスが6棟、その隣にボクシング・ウェイトトレーニングジム、「正運館」2階の体育館と1階の武道場、他にもわさび田、上記飲泉のペットボトル充填工場、そしてヘリポートまで用意されているのだ。
「観音温泉」の施設を順を追って紹介しよう。
まず、本館からだが、客室数が16室、3階建ての館内はバリアフリー仕様で統一されている。“宿の顔”となるロビーの、大きく取られた窓からは南伊豆の濃い緑がのぞく。ソファの置かれるロビーラウンジには喫茶コーナーも併設されており、20:00〜23:00の間はバーとして営業をしている。広々とした開放感の中に、洗練さが持ち込まれた空間で、まず旅路の疲れを癒していただきたい。なおこの本館は2007年8月に改装が終わり、客室にも源泉がかけ流しの露天風呂が付くようになった。より身近に、好きなときに好きなだけ、上質の湯浴みを楽しむことが出来るようになったのだ。
次に平成16年にオープンした新館の「ピグマリオン」。名前の由来は心理学の「ピグマリオン効果」から。「何事も今に甘んじることなく、常に理想とすることに信念を持ち続ければ、やがてその理想が現実のものになる」というギリシア神話の寓話から生まれたこの言葉、「温泉に入るお客の身体と健康のお役に立ちたい」というこの宿自身の想いが現実になったこと、そして「さらにお役に立ちたい」という想いに由来するそうだ。
館内は地階にロビーやラウンジ、階段、エレベータを上った1階が食事処、2・3階に客室という構成。玄関で靴を脱ぎ、そこからは廊下に至るまですべて畳が敷かれている。18ある客室はいずれも自家源泉をかけ流しにした露天風呂が付く、特別感あるワンランク上の仕様となっている。
そして、新館「ピグマリオン」と向き合うようにして建つのが、大浴場の「ガラティア」。名前はギリシア神話で、キプロス島の王ピグマリオンが自ら彫刻し、恋をした像から取られた。その名前とは裏腹に、外観は重厚な瓦屋根の日本建築。敷地内で伐採された檜をふんだんに用いた、天井も高く開放感のある大浴場だ。12:00〜翌9:30の間、宿泊客はいつでも利用することができる。
ここはただ大きな湯舟がある大浴場だけではなく、やはりそのお湯を、最大限に堪能できる工夫が随所に施されている。館内は男女別にまず分かれる。男湯、女湯のどちらにも、総檜の内湯、岩組みの露天風呂「星空の満天露天風呂」、ジェット水流を発生する深さ110センチの温泉プール、アメリカンスパ、そしてサウナが備わる。
湯舟の中央からこんこんと源泉が湧き出る内湯、総檜の湯舟は大人15名が入れそうなほどの広さ。湯舟中央の花のような形の飲泉には、飲用のひしゃくも置かれている。他にも源泉と水と、交互に漬けることで肌を引き締め、汚れを取り除く洗顔コーナーがある。
アメリカンスパでは水中ウォーキングをすることで、脂肪燃焼を助ける働きをしてくれる。
こちらと露天風呂は衛生上、源泉かけ流しと循環ろ過を併用し、また冬季などには加温することもあるというが、露天風呂からは遮るもののない夜空を仰ぐ。空気の澄んだ日などには、文字通り満天の星空を眺められることだろう。
また脱衣所には、身体に付着した温泉成分を逃さないために、風を送ることで乾かす、エアータオルも設置されている。こんなところに至るまで、身体と健康のための配慮が徹底しているのである。
本館の隣、二号源泉のやぐらを挟んであるのが「正運館」。館名は自身武道家でもあったという創業者の名前から取られた。1階には平成18年に改装を施し完成した、それぞれに壁紙の色や間取りが異なる6客室がある。フローリングや浴室には敷地内から採られた檜の木材を用いており、また全室に源泉がかけ流しにされている。
2階は22mx44mの広さを持つ体育館、ここは剣道 ・エアロビクスダンス・レスリング・射道・ブラスバンドなどの練習などに用いられる。大学の合宿所としての利用も可能な設備が整っている。1階にも120畳の武道館も設けられている。
全15室の離れ「産土(うぶすな)亭」は、ここ観音温泉の原点といえる施設。この敷地内で育てた檜を用いて組み上げられたこの建物には、今では得ることの難しい木組
みが見られる。
2005年12月に改装を施し、この離れのみペット連れ(小型犬限定)での宿泊も可能になった。しっとりとした風情が人気のある、滞在、湯治などにも向いた建物といえよう。
ここは大浴場も備える。男湯には内湯の「ひょうたん風呂」と露天風呂。女湯には内湯の「乙女風呂」と露天風呂という構成。その名の通りひょうたん型の湯舟を持つ内湯、そして露天風呂ともに、大きさは大人6・7名が入れるほどあり、のびのびとした湯浴みを楽しむことができるであろう。お湯はもちろん源泉100%かけ流し。肌を包み込むようなヌルヌルとした感触は、キメの細やかなこの泉質ならではである。
「観音温泉」4つの宿泊施設の客室は和の設えを基本としたものが各棟に用意されている。
内訳で言えば「本館」で16室、新館「ピグマリオン」で18室、「正運館」で6室、「産土亭」で15室の合計55室(2008年8月現在)の構成となる。
「本館」には16室。2007年夏の改装で誕生した特別室「観音の間」が2階と3階にある。これら客室は2部屋を統合したもので、2世代、3世代での宿泊が可能となったバリアフリー仕様。仕切りを全開にして17.5帖という広大な本間と、2ベッドの寝室、2基ある洗面とトイレなど、大人数での宿泊にも適する。ベランダ部分には、外に向けて張り出すように総檜の露天風呂と、足湯が設けられており、南伊豆の穏やかな風を感じながら温泉を楽しめるようになっている。
次に、最も眺めが良いのが「観月の間」。2、3階の廊下の突き当りのこの部屋からは、奥下田の連なる山々や、この広い観音温泉のアプローチ部分を見渡すことができる。二間が連なる客室は、玄関のたたきからそれぞれの部屋へ直接出入りをすることができ、家族や小グループなどの滞在にも向いた一室だ。お風呂はユニットバスだが、この湯舟にも源泉が注ぎ込まれる。
標準的な間取りの一般室は12室。8帖のゆとりある広さの本間に、フローリング、または畳敷きの洗面が付く。ベランダ部分には総檜造りの露天風呂。目の前に広がる庭園の緑、山の木々を目で楽しみながらの湯浴みが堪能できる。こちらの湯舟に注がれるのも、もちろん源泉100%かけ流しだ。
この本館と通路で連結されるのが、2階に体育館を備える「正運館」。1階の庭園側には6室あり、ここにも全室に源泉がかけ流しにされる檜風呂が付く。露天ではないものの、大きな窓のすぐ外は庭園。外の風を頬に受けながらの湯浴みが可能となっている。10帖〜というゆったりとした設えの和室に洋間が付属した客室で、いずれも窓の外の庭園の風情を堪能できるつくりとなっている。
以上、予算と好みに応じて、実に様々なタイプの客室が用意されている。改装を重ねたことで、ほとんどの客室でも温泉浴を楽しめるだけでなく、廊下には手すり、客室入口などにスロープを設け、段差を極力減らした仕様には、誰もが安心して宿泊を楽しめるようにとの想いが込められているのである。
食事は新館「ピグマリオン」1階にある食事処「四季彩(しきさい)」でいただく。中央の廊下から左手が、「ピグマリオン」宿泊客専用のほりごたつ式の座敷44席。右手には本館宿泊者用の畳敷きの大広間座敷。個室も1室設けられている。なお、ピグマリオンの宿泊者のみ、客室で食事をいただくことができる。
ここの料理の特徴は、調理に使うすべての水を、自慢の温泉水にしているということ。お米の水とぎ、材料の洗い、煮物の水、そして水が決め手という自家製豆腐、その全ての工程で活躍しているという。敷地内の源泉から引いているという、不純物が少なく、またミネラルの豊富な温泉水は、素材の味が丁寧に引き出された献立の料理の味にたしかに深みをもたらしているようであった。取材時は初夏の献立。伊豆を代表する食材と自家栽培の野菜からなるラインナップには、涼しげな風情が見られる。以下に紹介するのは「ピグマリオン」宿泊時のメニューだ。
食前酒の自家製梅酒、先付の自家製梅干のゼリー寄せという、さっぱりと、夏の暑気を吹き飛ばすような味わいで始まる。ここで用いられている梅は、紀州より取り寄せたもの。ここの温泉水で処理を施し、雑味を減らしたものだ。
前菜には鮑の松前煮、穴子煮凝り、蟹クリーム流し、稚鮎水晶、小茗荷黄身寿司、沢蟹から揚げ、ベビーコーン胡麻味噌かけ、焼無花果胡麻クリーム、枝豆、ベビートマトのクリームチーズ入れという、地産の品を季節感よく盛り付けられた華やかな一皿だ。
刺身にはやはり伊勢海老。他にも小角鮪、かんぱち、目鯛、あおり烏賊など、いずれも近海であがったものが並ぶ。
つづく煮物には丸茄子オランダ煮。これはまず油で揚げて、煮て味を含ませたもの。ミニオクラ、牛蒡八方煮、湯葉白煮、南瓜田舎煮が盛り合わせられている。素朴な味の中にも深みがある。やはりこれも温泉水で調理されているので、それがもたらす味わいなのだろう。
酢の物には〆秋刀魚若布寄せ。白ダツ、紅たで、小茗荷が添えられ、辛子味噌をからめていただく。これも夏らしく、さっぱりと食べやすい口当たりと味わいであった。
揚げ物の天婦羅の具材には、一口桜海老、明日葉、ミニ大根、アスパラ。旬の芳香をさっと衣に閉じ込めた。
中皿には伊豆名物、鮑の踊り焼。添えられたレモンとバターが風味を引き立てる。
メインの鍋物には、金目鯛のしゃぶしゃぶ。これももちろん温泉水が鍋に入れられている。地物の魚である金目鯛の淡白な味が、温泉水によってより濃厚に仕立て上げられる。野菜から出る旨味とよく絡み合い、ポン酢をつけていただく。
お凌ぎには冷やし素麺。小口茗荷とおろし生姜が風味を添える。量といい口当たりといい、ちょうどよい箸休めであった。
御食事の駿河湾蒲原町の桜海老とグリーンピースの釜飯は、観音温泉の源泉で炊き込んだもの。素材の味が最大限に引き出され、味と香り、どちらも充分に堪能できた。さっぱりとしたお吸い物の鱧(ハモ)吉野打ちとの相性も良く、添えられた木の芽、芽葱が青臭い香りを添える。
水菓子にはフルーツの盛り合わせ。この日はメロン、デラウェアと桜桃。徹頭徹尾、旬の素材に彩られた食卓であった。
本館に宿泊の場合、品数には大きな差はないが、メインの鍋物に御殿場の留美豚(ルイビトン)の豆乳仕立てしゃぶしゃぶが出されるなどの変化がある。いずれにせよ季節感豊かで、地産の品をふんだんに用いた会席料理は、滞在中の大きな楽しみになることだろう。
朝食も同じ会場でいただく。ここで並ぶのは一般的な和定食ながら、自家菜園で採れた、採れたてのトマトや手づくりコンニャク、蒲原町のシラス、鯵の開き、オムレツ、温泉卵など、ご飯がすすむ献立だ。温泉に浸かり健康を取り戻し、美味しい朝食をいただいてから宿を後にしよう。
上記料理の食材として提供されるトマトなどの野菜類だが、これらは宿泊棟の裏山の上にあるビニールハウスで栽培されているものが多く用いられている。もちろん季節によって栽培される作物は異なるが、いずれもミネラル豊富な温泉水のみを散布して育てているというのは共通する。現在では地元農家の方々の協力を得て、名物ともなっているトマトだけでなく、厨房の求めに応じてコーンやスナップエンドウ、ピーマン、ミニカボチャのプッチィーニなどが栽培されていた。
さらに特筆すべきは、これらビニールハウスのエネルギーは太陽光発電で補われているということ。ハウスの横には幅20メートルには及ぶ大きなパネルが備えられ、これにより土壌を温める電力を発生させているとのこと。これは他に、本館の屋上と、ペットボトル充填工場にも備えられ、館内に電力を供給している。この自然豊かな地の中、自然との対話を重ねて発展してきたこの宿だけに、環境へ気配りをするのは当然のことなの成り行きであったという。「いつか全館の電力をまかなうことができれば」、と鈴木社長は語る。
この宿における特徴を語る上で、外すことができないのが各種スポーツ施設。「正運館」2階の22m×44mの体育館をはじめ、120帖の武道場、ビニールハウスの横に設けられたボクシング、ウェイトトレーニングジムと、どれも本格的な設備が整う。実際に、多くの部合宿場としてこれまで利用されており、1984年のロサンゼルスオリンピック前には、ウェイトリフティング日本代表の合宿場として活用された。名門、東京農大のボクシング部は25年以上もここを利用しており、現在でも毎年春に合宿を行うという。
一般的な温泉宿にはまず見られないこれらスポーツ施設だが、ここでは温泉が発見されたときにまず武道館を建てた。それも、自身武道家であったという先代社長が、「日本の武道精神」を養う修行の場として、宿に先立って建てたのだという。その武道館跡地には、現在ペットボトル充填工場が建つ。第一号源泉のやぐらからすぐそばのこの平坦な地では、地下600メートルから毎分250リットル湧く約51度の源泉を、空気に触れさせることなくペットボトルに充填されているのだ。ここではガラスで仕切られたクリーンルームでの作業工程を、見学することもできるようになっている。
この温泉に魅せられた有名人は数多い。
俳優のマツケンこと松平健さん。 数度訪れて宿泊をしていった中、2007年9月にはファン110人を招いて撮影会やワンマンショーを行ったという。
その他、芸能界では竹下景子さん、五大路子さん、伊東美咲さん、さとう玉緒さんなどもこの温泉のファン。
肌にいいだけでなく、飲む事によって美容にもいいときてるから、女優さんにとっては必需品かもしれない。
柔道の谷亮子選手も平成17年の6月21日から24日、3泊4日の日程で個人合宿をここ観音温泉で行った。
ヤワラちゃんだけでなく、アントニオ猪木さんはじめ、格闘家も数多くこの温泉地を訪れている。
ボクシングジムもあるので、元WBA世界スーパーライト級チャンピオンの平仲明信さん、そして初代タイガーマスクこと、佐山聡さんも来ているという。
土産物も大充実だ。ペットボトルの飲泉は350mlから2リットル、そして20リットルのパックインボックスもある。バラ売りだけでなく箱単位での購入もでき、また配送も可能だ。
その他にも、やはり温泉を軸に据えた品々が並ぶ。人気を集めているのは化粧品などのコスメグッズ。自慢の温泉水を配合した、肌に潤いを与えるハイドロチャージローション(200ml/¥2,800)、クリスタルソープ(80g/¥800)、モイスチャーエッセンス(120ml/¥8,000)、ハイドロエモリエントミルク(150ml/¥12,000)、そしてペネトランファンデーション(30ml/¥4,800)と、肌のお手入れの始めから終わりまでをカバーしている。お試しキットや、5本セットなども置かれている。
さらには、シャンプー、コンディショナー、ボディーソープまで温泉水がベース。アミノ酸系洗浄成分を使用した、頭皮や毛髪への負担が少ないマイルドな使い心地のシャンプー、ハチミツを配合し傷んだ髪の補修成分として小麦タンパクを使用したコンディショナー、アミノ酸成分によるクリーミィな泡が全身をさっぱりとした洗い上がりのボディーソープは、オトギリソウ、カミツレ、シナノキ、トウキンセンカ、ヤグルマギク、 ローマカミツレの六種類のハーブエキスが肌にやわらかい潤いをもたらす。ボディはもちろん、洗顔にも使用することができる。
客室にはサンプルが置かれているので試すことができる。このミネラル豊富な温泉水の効果をご自宅でも、日々の暮らしの中でも堪能していただきたい。
自家菜園で収穫が多く、食卓に並びきらなかったトマトもお土産として人気。さらに、紀州より上質の梅を取り寄せ、ここの温泉水で処理してできあがった、雑味がなくまろやかな梅干も好評だ。
「観音温泉」は昭和38年の奥下田の未開発の山林を手に入れたことからスタートする。
創業者の小林運正(かずまさ)氏は大正3年生まれで、当時、昭和30年代、日本交通、国際自動車、帝都タクシーとともに東京の四大タクシー会社と言われた滝野川タクシーを運営していた。
その彼が、伊豆下田郊外の国道から4kmも奥に入った山林を買い取り、開発を始めたのだから周囲は多いに驚いた。
「ここに私財を注ぎ込むということは自殺行為ですよ」・・・とまで言われた事もあるという。
来る日も来る日も掘削を試み、ついに昭和42年に温泉が湧き出ることになる。
最初はグループ会社の社員向けの福利厚生施設か、運正氏の晩年の住処にする予定だったらしいが、昭和43年に滝野川タクシーを帝都タクシーに譲渡し、本格的に「観音温泉」の事業化を試みるようになる。
そして、昭和47年に新たに宿泊施設も新築し、温泉掘削の際に出土した観音像に因み「ホテル観音温泉」として開設した。その時、同時に下田ビジネスホテル(現在は下田ステーションホテル)もオープンさせた。
昭和51年(1976年)になると、現社長である鈴木和江さんが二代目となるべく、この地に移った。当時、上の息子さんが1歳半、下のお嬢さんがまだ6ヶ月の頃だったという。
しかも実父である運正氏は、「タダなら誰でも仕事はできる」・・・と娘の和江さんから家賃をしっかり取ったという。これも厳しい経営に対する教育の一環だったものと推測される。
運正氏が亡くなり、昭和63年に和江さんは満を持して社長に就任する。40歳の時だった。
その後、父から引き継いだ自動車学校をはじめ、新たに不動産会社も立ち上げ、事業家として羽ばたくことになる。
平成9年には、アルカリ性の源泉を利用したボディーソープや石鹸を発売。
平成10年には、観音温泉のミネラルウォーターを発売。
さらに平成13年には、敷地内にペットボトル充填ライン工場を建設した。
今や「滝野川自動車グループ」の総帥として陣頭指揮を執っているわけだが、順風満帆に事業を拡大してきたわけではない。特に、いくら開発してきたとはいえ、この「観音温泉」は山の中。地震にあったり鉄砲水の被害にあったりと、茫然自失の時もあったという。
しかし、その和江社長は、時間の許す限りこの「観音温泉」で時を過ごす。
普通なら、関連会社にすぐ目のとどく東京に住むものだが、それはやはり社長自らもこの「観音温泉」の魅力に惚れこんでいるからこそだろう。
それだけでなく、先代と同じく、土地の開墾なども行い、自らユンボを操縦するという。
和江社長は、先代から「50年計画だからお前の時代は苦労する代だ。」と言われたという。そういえば、昭和38年から数えると、もうすぐ50年目の節目となる。
しかしながらその50年を待たずに「観音温泉」はひととおりの完成を見たようである。
幅広い客層を迎え入れ、多くの「観音温泉」信者を持つようになったからだ。
今までもこの宿(温泉)は広告費をかけて宣伝してきたわけではない。なんらかのきっかけでこの温泉の泉質の虜となり、再び訪れるか、周辺の人たちに教える。
そんなクチコミで知名度が高くなった類い稀なる宿なのだ。
入浴ならアトピー性皮膚炎、飲泉なら消化器系統に効果があるという温泉は、これからも次世代に残していかなくてはならない財産でもある。
pH9.5のアルカリ性温泉でありながら、超軟水ということは日本だけでなく、世界的にも珍しい泉質なのだ。
「観音温泉」は今やひとつの宿の屋号ではなく、地名となったようだ。(J/eb)