美ヶ原温泉の歴史は古く、開湯はなんと奈良時代にまで遡る。日本人ならば、歴史の授業で一度はその名を聞いたことがあるだろう「日本書紀」には、信濃の国司が都に滞在していた折、都で大流行した疫病にまったく掛からなかった。その理由が束間の湯(現在の美ヶ原温泉)のおかげではないかと考えた天武天皇が、行幸するために三野王に信濃の国の地形図を献上させたことが記されている。また、平安時代の歌人、源重之は「御拾遺和歌集」に、「わき出る束間の湯は、いかにも枠にかかった白糸のようで、その白糸をくるかのように入浴に来る人の絶えない、まことによい出湯である」と詠っている。そんな名湯であったからこそ、江戸時代には松本藩の厚い庇護を受け、そして城主保養のための別荘「御殿の湯」が置かれていた。時代時代によって「白糸の湯」、「山辺の湯」、「束間の湯」、「御殿の湯」と異なる名称で呼ばれてきたこの温泉が現在のように「美ヶ原温泉」という名称で親しまれるようになったのは、実は昭和30年代に入ってからで、まだ比較的新しい。また、昭和58年3月28日には、環境庁告示第27号によって国民保養温泉地に指定されたことも知られている。ちなみに、長野県には「美ヶ原高原」という観光地がある。「美ヶ原温泉」からも訪れることはできるが、車で1時間ほどかかる距離にあり、名称自体はまったくの無関係。「美ヶ原温泉」は、あくまで松本の奥座敷にある温泉地なのである。
上記の「御殿の湯」があったちょうど中央に位置し、中庭では奈良時代から守られ続けてきた「束間の湯」源泉を湧出しているのが、この「旅館 すぎもと」である。創業は明治元年と、美ヶ原温泉の中でも最古の歴史を誇るこの旅館の部屋数は17室。部屋だけでなく、旅館全体に民衆生活の中から生まれた地域独特の手工芸品(民芸品)が数多く展示され、どこか懐かしく、且つ落ち着いた雰囲気が漂っている。また、高倉健や志村けんなど取材で訪れた多くの有名人が、その後この旅館のファンになってしまったことも聞かれているが、彼らからサインをもらったり、ましてや飾ることは一切しない。「お客様がどんな身分の人であろうと、大切なお金を払って来てくれたことには変わりない。だから、そういった意味で差別はしたくないんです。どんな人であろうと寛いでもらえる環境を生み出すことが、旅館として一番大切なことだと私は思っています」と、館主であり、料理長でもある花岡貞夫さんは言う。
様々な旅雑誌の人気投票や、同業者である旅館経営者からの支持が高いのは、その精神が宿にしっかりと浸透しているからなのだろう。
旅館に足を踏み入れてまず初めに目に入ってくるのが、フロント正面に位置するロビー。暖炉の優しい炎が照らし、そして暖めている空間には、名器と名高いマッキントッシュ社製のプリアンプ「C40」、パワーアンプ「MC275」からB&W社製のトロンボーン型エンファンススピーカーを通して流れるジャズやブルースはとても心地良い。コーヒーを飲みながらのんびり過ごすも良し、併設されている図書コーナーで本を借りて読むのも良し、また、置かれているマッサージ器で日ごろの疲れを取るも良し。訪れる人間次第で、ロビーでの楽しみ方がいくらでもあるのは嬉しい。
さて、「旅館 すぎもと」の17の客室にはそれぞれ特徴があるが、大きく分けると6タイプ。ここでその代表的な部屋を紹介させていただく。
松軒楼二階の「桂の間」は8畳+8畳の二間続きで、囲炉裏が付いている。農家の居間をイメージして作ったそうだ。
同じく松軒楼三階の「束間の間」は、花岡さんのアイデアにより付けられたロフトのある10畳の部屋。松本の民家の奥座敷をイメージして作られたこの部屋のロフトからは、北アルプスがパノラマで観ることができる。また、トライオード社製真空管アンプ「VP300」の音色が聞ける部屋はここだけだ。
松本市内の地名から名付けられた「女鳥羽の間」も松軒楼三階。乗鞍岳が一望できる見晴らしの良い、8畳+6畳(ベッドルーム)+ロフト付の部屋。また、この部屋の玄関横には、マッキントッシュ社製のコンパクトディスクプレーヤー「MCD7009」、サンスイ社製のパワーアンプ「BA2000」、プリアンプ「CA2000」が置かれている。この部屋に泊まる際には、お気に入りのCDを一枚は持っていくことをおすすめしたい。
松軒楼三階にはもう一部屋ある。松本の蔵座敷をイメージして作られた「霞の間」がそれだ。御殿山を一望できる眺望と、桧風呂が部屋に備え付けられているのが特徴。
次に紹介するのが、「アルプス」と名付けられたツインベッドルームの洋室。松軒楼から泉雲閣(食事処)へ地下通路で抜けていく途中にある階段を昇った二階にある部屋だ。その名の通り、北アルプスの雄大な姿を部屋から望むことができる。この部屋にあるオーディオは、テクニクス社製のフルセット。これを流すスピーカーはパイオニア製だが、外側がピュアモルト樽で作られたものを配すあたりに、花岡さんのセンスを感じる。
最後に紹介するのは大浴場目の前の清風閣二階にある「松」。松本の民家の御座敷をイメージして作られたこの部屋は、小さくて落ち着いた雰囲気が特徴の10畳一間。浴場が近いので、とことん湯浴みを楽しみたい人におすすめだ。
大浴場は男性用、女性用にそれぞれ一ヶ所ずつある。それぞれ地元木曾産の五木(マキ、桧、サワラ、ヒバ、ネズコ)から作られた湯船が特徴の内湯と、露天がある。取材時期が1月であったこともあり、露天風呂には地元信州産のりんごが浮かんでい
た。これら4つのお湯は、源泉掛け流しと循環を併用したもの。泉質は弱アルカリ性単純温泉で、優しく肌にしみわたる。また、女性用大浴場にはミストサウナも併設されている。また、これらの浴場の隣には貸切の内湯がある。源泉100%掛け流しの桧風呂だ。この貸切風呂は、午後3時から翌日午前10時まで、予約なしで何度でも湯浴みを楽しむことができる。誰も使用していない頃合いを見計らって、何度でも楽しんでいただきたい。
湯浴みの後は、庭園を望む形に配置された椅子に座って、ビールやジュース、シードルを飲みながらくつろぐのも良い。もしくは、大浴場の正面、清風閣一階の「サロン莉羅」に足を運びたい。暖炉が配されたこの空間には、イギリス製アンティークの家具(ドライマティーニを作るための台とのこと)や、トライ社製真空管アンプ「KT-88」、まだ社名を変更する以前のDENON(ディノン)社製「AL24」、B&W社のスピーカー「ノーチラス(一番初期の品物)」から奏でられるジャズやブルースに耳を傾けながら、ワインを愉しむことができる。また、このサロンは花岡さんの趣味やセンスが色濃く表現されている。どこか懐かしさを感じる花岡さんの世界に少しでも浸ってみたいなら、おすすめしたい。
夕方5時、中庭横にある蕎麦打ちパントリーにて、いつものように蕎麦打ちが始まる。毎日欠かさない花岡さんの日課だ。「蕎麦打ちは格闘技なんですよ」と、全身の力を使い、必死の形相で蕎麦を打ちながらも、見学する宿泊客には、蕎麦の本質を分かりやすく且つ面白く説明している姿は、まるでエンターテナー。花岡さんが丹精を込めて打つこの十割蕎麦にはファンが多い。というより信者が多い
と言った方が適当だろうか。それだけの価値のあるものと断言できる。ちなみに、この蕎麦にはビックリするような名称が付けられているのだが、それが知りたい人は、是非「旅館 すぎもと」に宿泊して、直接花岡さんに確認していただきたい。また、大量に打つことのできないこの蕎麦は先着10人限定となっているので、なるべく早く予約するべし。
ちなみに、花岡さんが蕎麦打ちを始めるようになったのは1995年頃。諸事情により、その年、青年会議所を辞めた花岡さんは、他の旅館との差別化を図る意も込め、何か別のことが
できないものかと模索していたそうだ。そんな折、日ごろから付き合いのある先輩に蕎麦打ちの達人が存在することを知った。
その方は、当時、松本の某製薬会社の専務さんなのだが、花岡さんは今でも彼が松本一の打ち手だと尊敬する存在そうだ。さて、自らが打つ十割蕎麦を旅館の目玉としたいと考えた花岡さんは、その方に師事することにした。その際に以下の言葉を掛けられた。「常にどんな目的で蕎麦を打つかを考えなさい。ただ、もし大量に打つつもりならば絶対にうまくいかないから諦めなさい。少量でかまわないから、自分が食べたいと思う蕎麦を打つのならば、それは必ず目玉になるよ」と。その言葉を肝に銘じているからこそ、宿泊客から絶品と評判の蕎麦が打てるのだ。
余談になるが、手打ち蕎麦の世界ではカリスマと呼ばれた方が、プライベートで、この宿に訪れたことがあったそうだ。いつものように宿泊客の前で蕎麦打ちをしながら講釈していた花岡さんは、彼らが他の宿泊客とは表情が違うと薄々感じてはいたが、その時点では彼らのことが分からなかった。判明したのは夕食時。師事はしたものの、あくまで我流の蕎麦打ちだったので、恥ずかしながら彼らに感想を聞いてみた。すると「何も蕎麦屋と同じ事をする必要は無い。旅館でやっているのだから良いと思いますよ。それにおいしかった。あなたの蕎麦が打てる量だけ打ってください。というよりもあなたの打ち方では大量には無理ですね。」と言われたそうだ。花岡さんの蕎麦は十割蕎麦。そして体力を相当使った打ち方なのだ。その際、いっしょにお酒をいただきながら、のし棒の使い方だけ教わったが、そのことでさらに蕎麦打ちが楽しくなったと語ってくれた。いわば、これは、この世界の天皇とも言える人から、お墨付きをいただいたものとも言えるエピソードなのだ。
では、花岡さんが打った絶品の蕎麦が味わえる夕食を紹介しよう。
鮮度と産地にこだわった食材を世界から取り寄せ作られる花岡さんの料理は、酒肴料理と命名されている。その名が示すように、一品一品それぞれの料理には、希望すると、それに合わせた日本酒が一緒に出される。お酒好きの花岡さんらしい、そしてお酒好きな宿泊客にもたまらない料理がこれから味わえると思うとわくわくする。
食前酒は「岩波(大吟醸)」。
先付には、青森産いくらの自家製しょうゆ漬け、りんごをムース状にした上にさつまいものペーストを乗せ蒸したもの、菜の花と蛤の西京漬、あけびの皮のゴマ味噌和え、コウレンバ(ギボウシ)の葉菜、鴨の西京味噌漬けと山ごぼうのしょうゆ漬け、リコボウ(ヌメリイグチ)の煮物、鰤の塩焼きが並んだ。料理の味をさらに引き立たせる、辛味の強いわさびのたたきを薬味にいただく。
八寸は、「大雪渓(大吟醸)」と供に。桑の葉、またたびの芽、ふきのとう、行者にんにく、アミタケの白和え、ヤマブキ、根曲がり竹の粕漬け、つくしんぼの土佐漬、すけそう鱈の白子が並んだ。
「大雪渓(純米吟醸無ろ過)」と供にいただくのは、岩魚のなめろうと地鶏のあんきも和え。岩魚のなめろうには館主おすすめの食べ方がある。それは、まずなめろうを箸でかき混ぜる。次に、箸に着いたなめろうを舐め、続け様にしょうゆも舐める。そして、最後にお酒で流し込むという方法。絶妙にコントロールされた味に舌鼓を打った。
吸い物は、館主自らが命名した「春のちから」。単独で食すと一癖ある食材(セリ、うど、ごぼう)は、鴨と一緒にいただくと、不思議なことにその癖が消され非常においしい。旬の素材を食すことで自然のエネルギーを体内に取り込んで欲しいという願いも込められている。
信州の特産、馬刺しの赤身とトロ。赤身は、辛味噌を巻いていただく。トロは、まずわさびとウニを巻いて。次は、お好みに野菜を巻いていただく。好みの味に仕立てて、おいしくいただける工夫がなされている。
蒸し物は、穴子が入った豆腐蒸し。濃厚な大豆の風味と穴子が見事に調和した一品。
焼き物は、塩が振られた竹の子焼。シンプルだが、甘みがあり非常においしい。一般的に、灰汁抜きをしなければ味のえぐみが強調されてしまうと思われがちな竹の子だが、この品は灰汁抜きをしていないそうだ。世界各地からおいしい食材を集める料理長だからこそ発見できた台湾産の竹の子が、味の秘密。「大雪渓(濁り酒)」とこれがまた合う。
「大雪渓(純米酒無ろ過)」と供にいただくのは、キノコのホワイトソースで仕立てた鱸のグラタン。
しいたけをピザ生地に見立て焼き上げた、しいたけのピザ。意外な組み合わせだが、非常においしい。
信州のブランド牛、アップル牛を石焼ステーキで。塩と辛みの効いた大根おろしでシンプルにいただく。脂の乗った牛肉とこれがまた合う。
夕方5時から花岡さんが打った十割そばがここでついに登場。茹でたての十割蕎麦は時間が命。スタッフが運んできたらすぐに食べ始めないと、本当の味が判らなくなってしまうので、注意してほしい。長ねぎ、辛味大根、朝鮮産の一味唐辛子、沖縄県糸満産の塩、石川県珠洲産の塩が薬味として付く。打ちたて・茹でたてのそばは、風味、食感ともに抜群。薬味どころかそばつゆすら必要としないそばである。また、食す際に新しい箸がでてくるのは、そば本来の味を味わってほしいという料理長の気遣いでもある。
締めには御飯ものとして、蟹釜飯が出された。これまでの料理の数々でおなか一杯になってしまった場合、夜食として食べられるようにおにぎりにして部屋まで届けてくれる。こういった心遣いがとても嬉しい。
翌朝の朝食には、湯豆腐、岩魚の一夜干し、包葉味噌、行者にんにくや和え物、イカと里芋の煮付けなどが並んだ。白米とお味噌汁でおいしくいただく。一緒に出されるりんごジュースは、食前、それも冷たいうちにいただきたい。仮に昨日のお酒が残っていたとしても、ほのかな酸味が食欲を増進させてくれるからだ。
そして、夕食後から午後10時半まで開くのが、食事処である泉雲閣から宿泊棟の松軒楼へ向かう途中、右手に現れる「バーひびき」。これは花岡さんが、好きなお酒を楽しみながら、宿泊客と交流を図るという願いの為に作られた。間接照明によって醸し
出された妖艶な雰囲気も漂う。中央に樹齢500年の栃の木のテーブルが置かれ、アナログプレーヤーとJBL、マッキントッシュオーディオから心地よいジャズが流れるこのバーでは、花岡さんが厳選した
上で集めたお酒を愉しむことができる。アイラ島産のシングルモルトや、ニッカウイスキー「余市」は全種類取り揃えられている。ワインは、スペインのガヴァが産地の「ゴルネール」が今の一押しだそうだ。それ以外にも通常の旅館では有り得ないほど豊富な種類のワインが揃えられている。席料は1,050円。好みのお酒を注文して飲みながら、くつろぎのひと時を堪能してほしい。運が良ければ花岡さんと語り合うことが出来るこのバーは非常に魅力的だ。
これだけ色々な楽しみ方がある旅館でも、ここは松本市。街中にはお洒落なバーなどがたくさん存在する。この宿では、オススメのお店まで送迎してもらえるとの事。一次会は旅館の夕食で、二次会は市街地に繰り出して…というグループの宿泊客には嬉しいサービスだ。
料理に関することだけでなく、何でも自分で企画演出を手がけるのが花岡さん。館内の至る所が自らの手によってプロデュースされ、それが何とも言えない、居心地のいい雰囲気を生み出している。
食事処でもある「料亭 孤月庵」から望める位置にあるのが「ツリーハウス 登夢創屋(トムソーヤ)」。前衛的建築で有名な東大教授藤森照信氏が、長野県茅野市の実家の畑に作った8メートルの高さのツリーハウス「天空の茶室 高過庵」にインスパイアされて作ったそうだ。土台部にアカマツ、壁の部分は竹、屋根は当初キハダ(檜の皮)を用いていたが、強風で飛んでしまうため現在は板金されている。花岡さんがこだわったのはまず高さ。あまりに高くしすぎると、ツリーハウス独特の揺れが恐怖に感じる恐れがあるため、自身が登れる高さとして、2.95mに設定。次に壁の形状。当初は丸い形状にしようかと考えていたが、それだとあまりにも中国を連想させてしまいそうなので、あえて楕円にしたそうだ。まだ肌寒い時期には難しいが、夏の暑い時期などには、ビールを片手に昼寝をして過ごしてほしい。
その「ツリーハウス 登夢創屋」のとなりに位置するのが、「茶室(かぐや姫)」。この茶室は、かの太閤「豊臣秀吉」が名護屋城(佐賀県唐津市鎮西)に作った「草庵茶室」を再現したものだ。取材時は改修中だったため体験することは出来なかったのが残念でならない。
次に紹介するのが、「泉雲閣」1階の非常口を開けると現れる「秘密基地 大和」。誰も非常口の先に部屋があるとは想像すらできないはず。その名の通り、これはまさ
に秘密基地なのだ。構造上、客室にするのが難しかったため、何でも利用できるフリースペースに仕立てたものだ。隠れ家的に利用できる場所として好評を博している。取材日当日は平日にも関わらず、ここで宴会の準備がされていた。
「旅館すぎもと」は、その館内に満ち溢れている”粋”がわかる人には、これほど魅力的なお宿はない。この宿に泊まる人の条件は、やはりお酒が好きな人でなければ・ ・・と個人的には思う。酒の肴料理とも評される夕食は、よくある旅館料理とは一線を画する。つまり、料理のことだけで言えば”大人”限定の宿とも言えるはずだ。何も旅館は万人に評価されるサービスを提供する必要は無い。特に小さな宿は、その宿ならではの”こだわり”をアピールする事が不可欠だ。小さな宿が好きな客は、その”こだわり”の世界に入りたいがため、宿泊の予約をするのだ。その点、この宿はその”こだわり”が館内に散りばめられている。その証拠に、この宿は各界の著名人の常連客が多いことでも知られる。
木造3階建ての建物は、エレベーターは無い。足腰の弱い方には、この宿は向かない。食事も部屋食は一切していない。すべて食事処でいただくことになる。でも、そんな事は小さい事。この宿の良さは、泊まってみないないとわからない。蕎麦粉と水の組み合わせでだけで、何故ここまでの絶品の蕎麦を作ることができるのか ・・・と感動すら覚える。それは少し大げさかもしれないが、人によっては芸術とさえ思えるかもしれない。花岡貞夫という類まれな粋人が営む宿が、この日本にあることを感謝したい。(J/NS)