大正時代、日野春太郎氏が建てた老舗旅館、「日の春旅館」。
創業まもなくのこと、近くの演習場に来ていた大勢の兵隊さんが、大露天風呂に入浴しに来たことがあった。
その内の一人が、「この広さなら千人は入れるぞ。」と、話していたことから、「千人風呂」と呼ばれるようになったという(この大規模な混浴露天風呂は、男女別に建て替えられている)。
しかし、もともと農業中心の小さな温泉地であった由布院。
第2次世界大戦後の昭和20年代には、街の財政が非常に厳しい状況にあった。
そして戦争終結から7年後の昭和27年、この地にダムの建築構想が立ち上がると、生活レベルの向上を求める声と、自然環境の喪失を危惧する意見で、住人が大激論となった。
結局、建設は中止となったわけだが、このことで未来の由布院のあり方について、住人たちが考え始めたきっかけとなった。
一方、隣町の別府市は、すでに大きな歓楽街が形成されており、高度成長と比例して隆盛を極めていく。
別府だけにとどまらず、この時代、観光開発をすればするほど、街が潤うと信じられていた。
しかしながら、昭和30年に湯布院町の町長となった岩男頴一(いわおひでかず)氏は、「湯布院保養温泉地構想」を打ち出した。
これは、別府などの大型温泉地とは差別化し、環境や景観を守りつつ、歓楽要素を廃した新しい温泉保養地にしていこうという、時代の流れと逆行した計画であった。
昭和40年(1965年)に、現オーナーの麻生洋一さんの父親が、「日の春旅館」を買取り、屋号を変えずに営業を開始する。
この頃の由布院は、新しい街作り・宿作りが実行されており、まさに転換の時を迎えていた。
しかし、自然環境を守りつつ、観光地として発展していくことは非常に困難なこと。
日本全体がリゾートブームに突入し、この地に観光客が増えつつあると、土地開発の波が押し寄せてきた。
昭和45年のゴルフ場計画、翌46年のファームタウン計画、そして翌47年のサファリパーク招致と、毎年数十億円規模の開発計画が立ち上がっていた。
この時も、住民による反対運動が繰り広げられ、すべての計画は白紙撤回となったという。
しかしながら、その反対運動も全ての住民に賛同を得たわけではなく、昭和27年のダム建築の時と同じく、意見の食い違いによる亀裂も生じかけていた。
すると、若い旅館経営者たちが、「明日の由布院を考える会」を設立する。
これをきっかけに、行政、住人、宿の経営者が一体となり、将来の理想の温泉地の姿・価値観を共有するようになったのだ。
また、この頃から、日本人の旅行に対する意識が変化していく。
男性中心の団体が主だった温泉旅行が、女性の小グループや家族旅行へと、旅のスタイルが移り始めたのだ。
すると、美しい自然環境を持つ“由布院” というブランドが注目され始め、全国から観光客が押し寄せるようになった。
確固たる信念で、地域の特色を生かした街作りをすすめたこの地は、九州一の人気温泉地となり、現在もそのトップを走り続けている。
「日の春旅館」現社長の麻生洋一さんは、平成18年〜21年まで旅館組合長を務め、街の発展に尽くしてきた。
昭和25年(1950年)生まれの麻生社長は、大学卒業後、地元の銀行に就職し、長年勤める。
平成元年、39歳で宿に戻り、経営が変わっての初代社長である父親を手伝い始めた。
平成5年に、初代社長がお亡くなりになると、洋一さんが二代目社長に就任。
この頃は、日本経済もバブル崩壊の低迷期から少しずつ脱却しつつある時期であったが、宿自体は、連日のように満室だったという。
平成11年には大規模なリニューアルを敢行。共同の風呂と庭以外、ほぼ全面改装した。
露天風呂付き客室も新しく造ったが、客室数は15室から11室とした。
由布院ブームという流れにあって、あえて部屋数を減らしたのは、理由がある。
麻生社長は、忙しい日々の中で、サービスの質の低下を危惧し、“儲け”よりも、“おもてなし”を優先させたのだ。

およそ130軒の宿が点在する由布院温泉。
各マスコミでよく行われる「憧れの温泉地ランキング」には必ずと言っていいほど登場し、テレビに良く出るような人気旅館も多い。
しかし、「日の春旅館」はあまりメディアに露出することはない。
マスコミに取り上げられれば、一時でもお客が増えることは間違いない。
ただ、そんな一過性のもので人気が出て賑わうよりも、静かな雰囲気のまま、より良いサービスをしていきたい、または常連のお客様を大事にしたいという意識がこの宿にはあるようだ。
あくまでも、“お客様第一主義”。この宿の基本姿勢はここにあると思われる。
ただし、決して敷居が高いわけではない。その客層は多岐に渡っている。
なかでも、中高年のご夫婦が、最も割合が高い。
しかし、この宿を気に入った奥様が再び友達を連れて、女性数人のグループで訪れることも多いという。
また、仲のいい母と娘の二人旅や、二世代・三世代の家族旅行、子ども連れの若いご夫婦の記念日旅行、そして新婚旅行・・・と、非常に幅広い。
バリアフリーも積極的に取り入れ、「どんなお客でも満足していただきたい」という思いが、この宿にはあるのだ。
外国人旅行者の受け入れもしており、主に応対するのが、麻生社長の三女である晴子さん。
福岡の大学を卒業後、カナダに留学経験を持つ晴子さんは、生まれ育った由布院の街が大好きで、宿に戻ってきたという。
現在は、接客だけでなくインターネット関係も全般的に手がけている。
宿の公式HPを覗いてみると、宿泊プランはなく、3タイプの客室を選ぶ形になっている。
お客が戸惑うプランの乱立がなく、分かりやすくていい。
直接、公式HPから予約すれば、ハーフワイン(平日限定)がプレゼントされるという特典もうれしい。
紆余曲折の時代を経て、揺るぎない人気温泉地となった由布院。
街は小さいが、様々な魅力があり、どこにいても象徴的な由布岳の姿を眺めることができる。
温泉の量も多く、数多い宿はみな個性的だ。
地野菜が美味しく、料理のレベルは全国屈指のものだろう。
「日の春旅館」は、豪華絢爛ではないが、雅な空気感が漂う。メインストリート「湯の坪街道」に近いが、庭園に囲まれ静寂に包まれている。
客室は純和風で居心地がよく、貸切風呂や大露天風呂など湯浴み処も充実している。料理などのソフト面も申し分ない。
由布院の他の高級旅館よりもリーズナブルな宿泊料金だが、それに負けない歴史があり、何より“おもてなし”の精神に溢れている。
印象的だったのは、チェックアウト時も、ゆっくりスタッフと談笑するお客が多かったこと。
この距離感のなさを表現するなら、“アットホームなお籠り宿” 。
旅慣れた大人の方ならば、ここ「日の春旅館」を選び、静かに上質な時間を過ごしていただきたいものだ。
考えてみれば、フロント棟と客室を結ぶ回廊や、静けさに満ちた雰囲気の木造建築、そして美肌効果のある源泉かけ流しの温泉・・・と、「日の春旅館」は、本当に由布院らしい湯宿と言えるだろう。
小規模型の旅館の良さが満ち溢れ、客室、温泉、そして料理などジャンル別にみても、料金以上に満足できるレベルにあるのは確かだ。
この高品位な湯宿にリピーター客が多いというのは、必然なのだろう。(J/IZ)