人口約13万人、大分県第二の都市である別府は、同時に日本有数の温泉地としても知られる。海岸線から丘陵地にかけて、あちこちであがる湯煙はこの街の風物詩で、2001年(平成13年)10月の環境省選定「かおり風景100選」にも選ばれる、日本を代表する光景である。古来よりその温泉は知れ渡っており、江戸時代に発行された、『西の大関:有馬、関脇:城崎、小結:道後・・・』と表される“温泉番付”で前頭上位に名を連ねていることからも、その知名度は推して測ることができよう。「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」という謳い文句も有名である。
源泉数は約2693ヶ所、別府、浜脇、観海寺、堀田、鉄輪、柴石、明礬、亀川の「別府八湯」より構成される湧出量は世界2位、もちろん日本では1位で、一日当たり137,040キロリットルものお湯が、年間400万人を超えると言われる観光客の疲れを癒している。近代的な高層建物のホテルが並ぶ温泉街から、昔ながらの湯治場までバラエティに富む宿泊施設が選べるのも魅力となっており、また奇観を呈する「別府地獄めぐり」も人気のある観光コースとなっている。
八湯の中でも、市内を見渡す高台にある観海寺温泉には、聳え立つ巨大な「杉乃井ホテル」が街のシンボルともなっているが、大通りから一歩入るとそこはもう閑静な住宅街。その住宅街の中、忽然と現れるのが遊園地「ワンダーラクテンチ」入口のケーブルカー乗り場。その入口を過ぎてすぐ、坂道を右折すると見えるのが、背後の緑に溶け込むように静かに佇む「べっぷ昭和園」である。
近代的なビル型のホテルや旅館の多いこの別府温泉郷にあって、全11客室が離れという「べっぷ昭和園」。宿泊客によく見られるのが、別府にもこんなところがあったのかという驚きだという。6,000坪という広大な敷地には宿泊施設だけでなく、計4つの露天風呂、滝から流れ落ちる乙原川とそれにかかる風流な蛍橋、緑豊かな池泉式日本庭園、そして別府市街を一望できる空中庭園と散策路があり、広々とした余裕のあるつくりが特徴だ。42帖の大宴会場もある。この空中庭園のある裏山は緑が豊か。梅や桜、山茶花、つつじ、水仙、花菖蒲、紫陽花、椿、金木犀、芝桜などの花が咲き、杉や紅葉、竹、柘、柿、木蓮、銀杏、さるすべりといった木々が四季を彩る。また、栗、独活、茗荷、筍、つやぶき、三つ葉、柿、銀杏、カリン、柚子、山桃などが実をつけるという。
共同で利用できるお風呂4つはみな露天風呂となっている。2つは男女別の大浴場、名は「金の湯」で、男湯、女湯のどちらにも幸運、長寿、若返りの湯として人気の、本物の24金とトルマリンが湯舟の底に埋め込まれている。この名の由来については後述させていただく。残る2つは貸切利用の洞窟露天風呂「千の湯」、「万の湯」だ。
滞在の主役となる各客室棟は、いずれも古式ゆかしい和風の設え。全体的にゆったりとした間取り構成となっている。うち6棟の寝室にはツインのベッドが置かれるなど、利便性を考えて現代風にアレンジもされている。家具や調度品なども特別なもの・流行を追ったものは使用しておらず、「温泉旅館に来た」という感覚よりもむしろ、「親戚の上品な家に遊びに来た」という印象を覚えるかもしれない。露天風呂の付く棟は3つだが、全客室の内湯の檜湯舟には温泉が注がれており、この街の特異性を物語っている。
タイプは5つ。
「A」タイプの客室として「みほつくし」と「桐壺」。12帖の和室に茶室、縁側に加え、室外に露天風呂が設けられている。「桐壺」の露天風呂は緑と眺めを望む清潔感ある四角い石造りの湯舟だが、「みほつくし」の露天風呂は川沿い、滝の音を間近に洞窟さながらの佇まいとなっている。
「B」タイプは「若菜」。ここはバリアフリー客室となっており、駐車場のすぐ手前に設けられたものだ。車を降りてすぐ、段差の少ないアプローチから室内に入ると、玄関にスロープと手摺りが設置されているのがわかる。室内も段差をなくし、寝室にはツインベッド、また内湯に床にも畳を敷くなど、体のご不自由な方でも安心して旅行を楽しめるような配慮に満ちている。また、この部屋の室外にも荒々しい岩の露天風呂が設けられており、正面に望む別府市街の眺望が効く。なお、この湯舟はトルマリンの原石でできている。
「C」タイプは「紫」と「雲井」、「明石」、「夕霧」、「葵」の5室。10帖和室と茶室、そしてツインのベッドルームが設けられている。
「D」タイプは「空蝉」。こちらは完全に離れとなっているわけではなく、Cタイプの「葵」と隣接する形になっているが、プライベート感は他の客室棟と同様である。室内は10帖と8帖の和室が二間続きであり、大きく取られた広縁から見る別府市街と海が爽快だ。
「E」タイプは「浮舟」と「光」の2室。10帖間と茶室という簡単な造りだが、広縁の向こうには池を配した日本庭園と、その向こうには川が流れるという広がりを感じさせる設え。
それぞれに個性と長所のあるこれら11客室は同料金という分かりやすさ。好みの客室があれば、なるべく早めにネット予約することをオススメする。
客室でくつろぎ、敷地内を散策し、のんびりと湯に浸かるなどしてこの閑静なときの流れを堪能していると、夕食の時間になる。食事は夕朝ともに部屋でいただく。厨房から距離のある棟もあるので、一品ごとに絶妙のタイミングで、温かい料理を中居さんたちが運んでくれる。月ごとに献立は変わるが、海と山、どちらも近いこの別府という地の利を最大限に活かした旬の懐石だ。例えば、春〜夏は城下カレイ、夏〜秋は関アジ、関サバ、冬は豊後河豚というように、全国的に有名な豊後水道の幸を堪能できる。さらに、豊後牛という名産品も楽しみにしたい。予約の時点で料理の好みを聞き、それぞれの好みに応じた調理を行うキメの細やかさは小さな宿ならでは。取材時(2008年3月)はフグのフルコースが出された。以下に紹介する。
食前酒は自家製梅酒。敷地内の梅の木から収穫したもので、他にも果林、山桃、枇杷などもすべて裏山から採れたものをお酒に漬けている。先付けは河豚皮揚げ引き。添えられたネギ、もみじおろしが味に深みを持たせる。酒菜として手毬寿司三種、合鴨ロース煮、二身数の子、菜の花辛子和えが並ぶ。
吸物は、竹の子真蒸。旬の竹の子の味わいが、さっぱりとした口当たりの清まし汁に充満する。刺身は再びフグ、薄造り(てっさ)には心躍る。
変鉢に豊後牛伝法焼が出された。野菜を炒めてから牛肉をひき、卵でとじる。さらに大根おろしのみぞれ和えにして仕上げたもので、豊後牛の旨味をぎゅっと込めた一品だ。
またまたフグが続く。合肴には河豚唐揚げ。鍋物にはもちろん、河豚ちり鍋(てっちり)。
御食事の雑炊は、一度鍋を厨房に下げて、コシヒカリを出汁の中に入れ、味付けしなおしたものが出される。しっかりと味わいの出た汁に浸されたご飯は、香り、味、口当たりとどれをとっても絶品である。
水菓子には桜餅と、黒豆いりの白酒ムースに大分産いちごが添えられていたもので、口の中をさっぱりと食事を締める品であった。
また、「べっぷ昭和園」の関連会社で醸造している地ビール、『油屋熊八麦酒』も人気が高く、夕食時には必ずいただきたい。純金箔で生酵母を発酵させ、成長を促進し、熟成の最高時で醗酵酵母を固定させる「酵母成長コントロールシステム」を採用したこの手作り製法は、大手ビールメーカーではまねできないもの。大分の名水と海洋深層水から取り出したミネラルによって、味もその効能もよいビールだ。
この玄人好みのする宿を経営者の一人は、東京で化粧品会社、ゴールドワン株式会社の経営をする持永登茂氏。別府出身の彼は、かつてプロ野球の日本シリーズで、巨人相手に3連敗のあと、4連投して4連勝して西鉄を日本一に導いた際、「神様、仏様、稲尾様」と称された大投手、稲尾和久(1937-2007)と同じ中学校だったことからも深い親交があった。それが縁で稲尾氏は実際に、度々ここに宿泊する常連だったそうだ。彼のお気に入りは露天風呂付きの客室「みほつくし」で、近くで落ちる滝の音が波のように 聞こえるのが好きだったという。
持永社長は、別府球場内に「稲尾和久記念館」を作る会発足させ、落成を迎えたのが2007年10月。落成式前に宿泊したのが稲尾氏最後の宿泊だったという。同年11月に癌で亡くなる。家族で訪れた時に宿泊したという「若菜」の前には、野球のボール型の御影石に「鉄腕一代 稲尾和久」と掘られたオブジェが置かれている。これは「べっぷ昭和園」の庭園を管理する西田造園が造ったもので、いったん市役所に寄贈したが、最終的には、ここに設置されるはこびとなった。以来、この宿を語る新しい名物となっている。
もうひとつの名物、「金の湯」の名の由来は以下である。この豊富な温泉を利用した観光が栄えだした明治30年、東京の木村久太郎は金鉱として有名な場所だったこの敷地に坑口を開き、一定の産出を得たがすぐに別府特有の温泉の水脈にぶつかり操業を中止した。諦めきれない木村は大正12年、採鉱技師として有名な山崎権市を東京から別府に呼び寄せ、新鉱脈を発見する。だが、どう工夫しても湧き出る温泉と、関東大震災の影響で東京からの送金がストップするという不運に阻まれた。町からも“温泉脈に悪影響あり”との理由で採掘中止ということになり、しかたなく金鉱の穴を閉じた。男たちの夢とロマンと共に、現在でもこの「昭和園」の土地の下には、優秀な金が眠っているという。
「べっぷ昭和園」の女将を務めるのが岩谷翠さん。持永氏との共同経営者でもある。別府出身で、別府銘菓の「ざびえる」の長久堂の前経営陣の親戚に当たる。それまでは専業主婦で、女将経験はもちろん、接客業自体に携わるのも初めてだったという。持永社長とは小・中学校時代の同級生で、同窓会の際にたまたま話 を持ちかけられたのがきっかけ。折しもそのときに売りに出されていたのが「昭和園」であったというからおもしろい縁である。ふるさとの別府でできることを探していた二人はここで新しい仕事をはじめることにした。
予備知識もなくはじめた女将業は、始める以前、方々に行って泊まった際の客としての目線を大事に、他旅館の女将さんの仕事ぶりを真似しながらやってきたのだという。そのころの経験は現在女将業のみでなく、スタッフ全員で毎月行うという試食会などで、その肥えた舌をいかんなく発揮するという。
女将は「素人っぽさが抜け切らないんです」と謙虚に笑うが、仕事に慣れずいつでもフレッシュな気持ちでの接客が逆に良いのだろう。近年ますます増加する、外国からのお客にもそのフレッシュさは活かされているようで、「ハートで会話!(笑)」するという潔さ。純和の王道をいく宿の佇まいも手伝って、下手に媚びて外国語を使うよりも日本旅館としての良さが伝わるに違いない。その良さとは、日本人のDNAに刷り込まれた、相手を思いやる心=おもてなしの心である。これが外国人の「日本のryokanに泊まりに来た」という感覚を呼び、喜んで帰っていくそうだ。
別府市内でも高台に位置し見晴らしも良く、周辺は緑に囲まれ、蛍も舞う川も敷地内にある。このエリアでは珍しくなった、自然に恵まれたロケーションにこの宿は佇む。よく手入れの行き届いた庭園は、都会から訪れた客には一服の清涼剤でもある。
近くには、別府とは違った印象で、やはりこちらも全国区の人気温泉地でもある由布院(湯布院)がある。「離れの露天風呂付き客室」というスタイルを日本でもいち早く取り入れて成功したエリアだ。「べっぷ昭和園」は、のどかで牧歌的なイメージの由布院にはない、どちらかといえば都会に近い隠れ家的な雰囲気を持ち合わせている。そして「純和風」というキーワードが非常に似合う宿でもある。気のきいた女将、優しそうな番頭さんやフロントスタッフ、いかにもベテランの仲居さん・・・など温泉旅館を舞台にしたテレビドラマによく出てくるキャラクターが、この宿には当然のように揃っている。日帰り(夕食つきで¥10,500)での利用や、お風呂を立ち寄りで利用(¥2,000)するなどして、この宿の空気に触れる事もできるが、やはり泊まらなくてはわからない極上の時間を、彼ら熟練のキャストが、我々に提供してくれるはずだ。
この宿のメインの客層はやはり50歳以上の方が多いそうだが、若い人たちにもこの宿の良さ、本物さをわかってほしい。そして感じてほしい。
日本人だからこそできる「おもてなしの心」が、この宿には溢れているからだ。 (J/eb)