国内でも特に人気の高い温泉観光地の一つに挙げられる別府温泉郷は、古くから多くの人に愛されていた。古代の書物である「豊後国風土記」や「万葉集」に、現在の血の池地獄にあたる「赤湯の泉」や「玖倍理(くべり)湯の井」などの記載があり、その当時からこの別府の地に温泉があることは広く知られていた。
しかも、この別府温泉は、群馬県の草津温泉を凌いで、源泉数、湧出量ともに日本一
とも言われている。そして、全11種類ある泉質のうち10種類が湧き出している稀有な温泉地として、国内はもとより海外からも注目されている温泉地でもある。鶴見岳(1,375m)と約4km北にある伽藍岳(または硫黄山、1,045m)の二つの火山の東側に多数の温泉が湧き出ており、これらを総称して別府八湯(別府、観海寺、浜脇、堀田、明礬、鉄輪、亀川、芝石)と現在呼ばれている。また、奇観を呈する温泉を回る別府地獄めぐりができることから、観光地としても有名である。
そんな別府八湯の一つ、海に面して共同湯と砂湯が人気の亀川(かめがわ)温泉エリアに、まるで一流ホテルのような館内施設を持つお宿がリニューアルオープンした。
その名も「潮騒の宿 晴海」。ロビーを抜けてテラスに出ると眼前に広がる別府湾の大パノラマと、海とが一体化したかのような感覚に陥る海抜0mの露天風呂で人気の宿だ。この旅館は亀川温泉に属されるものの、実際に建っている場所は、かの一遍上人が九州に上陸した地点と呼ばれている上人ヶ浜。旅館そばの防波堤は釣りのメッカであり、また別府市営海浜砂場もある。ファミリーだろうと個人だろうとレジャーが満喫できる点も、この旅館の魅力の一つといえよう。
「潮騒の宿 晴海」がこの地に誕生したのは、今から約20年前の昭和63年まで遡る。当時、大分市内でジャズ喫茶を二軒経営していた久保力夫さんが、ある団体の宿泊施設(現・壱乃棟)を、縁があって借りたことから全ては始まった。別府湾を眼前に一望できるローケーションを観た瞬間「別府にこんな良い場所があったのか」と完全に魅了されてしまったそうだ。とはいえ、経営者ではあったものの、旅館業に関してはズブの素人、とにかく無我夢中に旅館の経営に取り組んだという。そして五年が過ぎた平成5年、晴れて購入することになった。それと同時に宿名を「潮騒の宿 晴海」と変える。その後、平成13年の改築で、食事処の海鮮料理「えいたろう」や弐乃棟に露天風呂付客室を造った。参乃棟が完成しリニューアルオープンをしたのは、平成19年3月3日の事。展望離れを配すなど、より良いサービスを提供してくれている。しかしながら、久保さんは貪欲だ。「貸切風呂やサウナなど、足りないものをさらに作っていきたい」と、今後の展望を語ってくれた。
「潮騒の宿 晴海」の源泉は、「ナトリウム−塩化物泉」と「単純温泉」の二種類。前者は弐乃棟の客室露天風呂と大浴場に併設されている露天風呂、後者は参之棟の客室露天風呂ならびに大浴場の内湯に注がれている。源泉の温度が60℃を超えるため、ろ過した海水を加水した上で、源泉かけ流しで提供している。大浴場は昼の12:30〜深夜2:00、朝5:00〜10:00まで、客室露天風呂は、昼12:30〜深夜1:00、朝5:00〜10:00まで入湯が可能になっている。ちなみに、別府湾と一体化したような海抜0mの露天風呂が一番人気なので、ぜひ入ってほしい。また、脂質を溶かし、また肌を柔らかくしてくれる温泉があることでもこの温泉は知られており、「美人の湯」という俗称通り女性客からの人気が特に高いのも特長だ。
客室は棟によって異なる。気ままに過ごせる和室一間が12室提供されている壱乃棟、部屋食を中心とした「ジャパニーズ・スタンダート」スタイルの弐乃棟は客室露天風呂付き和室10畳+フローリング、もしくは12畳の客室が12室。参乃棟・屋上に造られた展望離れ客室、「和モダン」「スタイリッシュ」「オリエンタル」の3テーマを8タイプで表現している。内訳は、展望離れは5階に6室、露天風呂付客室は3・4階に12室。また、壱乃棟の3室を除いて全室オーシャンビューの眺望となっている。
誰と行くかによって選択できる部屋パターンが豊富な点は嬉しい。コンセプトや部屋に関する詳細は、公式ホームページにも載っているので、興味のあるかたはチェックしていただきたい。
ここで2008年1月取材時の夕食のメニューをご紹介しよう。
後述させていただくが、「潮騒の宿 晴海」には食事処が3箇所ある。ここで紹介させていただくのは、参乃棟宿泊客の食事処「日本料理-玄-」にて出された夕食である。料理長の長谷部賢一氏が自らの足で県内を回り、厳選した食材を用い作られた料理は、マクロビオティックの視点に基づいたもの。「単品として見、そして食べるのではなく、全体のバランスを大事にしています」とは、料理長の弁である。
食前酒は安心院スパークワイン。「いいちこ」で有名な三和酒造が作った、生産ラインに乗っていない限定品だそうだ。春のイメージを前面に出した前菜には、蝦蛄・菜種・黒豆・銀の雫(金粉鉄のワイン風味ゼリー寄せ・結び柚子・林檎霙酢、茶ぶり海鼠をこのわた以上の珍味として知られるこのこで和えた海鼠このこ和え、冬の珍味の代表鮟肝を割ポン・赤おろしで、真子(卵巣)の旨煮・長芋(国内産)唐墨焼き、青森産帆立を大分県宇佐産の大豆で煮た帆立大船煮が並んだ。
お造りには別府湾で獲れた魚が並ぶ。左から車海老、河豚、太刀魚、平目。紅芯大根などのツマと一緒にいただく。脂が乗っていて美味い。
吸物は、鯛(別府湾で獲れた天然もの)潮仕立て。具材の椎茸・蕪・水菜・木の芽は、国東など県内で収穫されたもの。鯛の出汁がしっかり具材に染み込んでいて、どこかホッとする味に仕上げられている。
煮物には、天然の寒鰤を有機栽培された大根で巻いた寒鰤奉書。慈姑に包丁で一手間加え、まつぼっくりに模した松笠慈姑、梅人参、春菊を松景柚子とともにいただく。鼻から抜ける柚子の香りが心地よい。また、視覚からも楽しめる一品に仕上がっている。
焼き物には、鹿児島県産の黒毛和牛、柚子味噌が乗った焼き大根、筍が並んだ。
蒸し物には、雲子(鱈の白子)・焼き葱(豊後高田産)・百合根・蛤に、銀餡がかけられた一品。
油物には、今が旬、脂の乗った鯵のつみれ香り揚げ、たらの芽、河豚南蛮揚げが並んだ。黒七味おろしと天つゆでいただく。
酢物は、このしろの白菜博多、紋銭蛸、白身魚昆布〆、蛇腹胡瓜、つわ蕗を柚子香酢味噌であっさりと。使用された食材は全て地のもの。
御飯物は、北海道産小豆を使用した小豆粥。湯葉、生雲丹、鼈甲餡とかき混ぜていただく。絶妙なハーモニーを奏で、非常においしい。同時に出されたおかずは、烏賊松前和え、昆布、姫皮竹鱧そぼろ。香の物にも蕪の葉、いぶりがっこ、梅風味の山芋が並び、味に変化をつけながらお粥をいただける。
食事の最後を締めるデザートは、一階にあるカフェ&レストラン「スウィートバジル」から日替わりで提供されている。控えめの甘さで、非常においしかった。
翌朝の朝食には、雲丹椎茸、鯛味噌、明太子、切干大根といったかごに盛られたおかず類と、梅干、蕪の葉、胡瓜と大根の糠漬が並んだ漬物。朝、釜で作られる手作りおぼろ豆腐や久住高原のこだわり卵が使用された出汁掛け卵焼き、自家製の鯵の干物と地魚の蒸しかまぼこが並べられた。釜炊きのごはんは白米と雑殻米から選択できるようになっていた。デザートに出されたのはキウイといちご。いちごは甘くておいしいと大分県で評判の佐賀ほのかだった。
また、「日本料理―玄―」ではランチを食べることもできる。コンセプトは夕食と同様にマクロビオティック。¥2,100〜、厳選素材の和食会席が食べられるとあって、これも人気だ。
さて、もう2ヶ所ある食事処を紹介したい。
壱乃棟一階にあるのが海鮮料理「えいたろう」だ。その店名が表す通り、別府湾で獲れた魚介類を用いた海鮮料理が人気の店だ。壱乃棟の宿泊客と、弐乃棟の部屋食はこのお店から提供されている。また、参乃棟宿泊者も希望によっては夕食の食事処を「えいたろう」に変更することも可能となっている。営業時間は昼11:30〜13:30、夜18:00〜21:00だ。
カフェ&レストラン「スウィートバジル」でも夕食をとることが可能。本格的ないイタリアンが手ごろな価格で味わえることもあって人気を博している。それ以上に人気なのが、オリジナルのスイーツの各種。その中でもおすすめなのは、「鍋焼きプリン(¥400)」。もともとプリンは鍋で焼くものである。和食処で使用しなくなった土鍋を再利用するきっかけは、土鍋の熱伝導率の良さだったそうだ。抜群の焼き加減と、土鍋とプリンのアンバランスさも好評を博す理由の一つだ。また、日替わりのケーキとコーヒーか紅茶がセットになる「コーヒーセット(¥700)」もおすすめ。営業時間は、朝8:00〜11:30(ドリンクのみ)、ランチ11:30〜14:30、カフェタイム15:00〜18:00、ディナー18:00〜22:00だ。訪れる時間帯や人によって、様々に楽しめるのも魅力といえよう。
おいしい食事を済ませ、湯浴みも満喫した後も「潮騒の宿 晴海」には多くの楽しみ方がある。女性におすすめしたいのが、大浴場横に隣接するスパ&エステ「シア・パール」。お手軽なフェイシャルエステ(40分/¥5,000)から、スペシャルスイート トリートメントコース(150分/¥27,000)まで、幅広いプランが用意されている。温泉での湯浴みで体の内側を活性化させ、スパ&エステでは外側をトリートメント。一気に全身を癒すことができると好評を博している。営業時間は昼13:00〜夜22:00(最終受付)となっているのでチェックしてほしい。
お酒が飲みたい方におすすめしたいのはロビー「花の香」。別府湾を一望できるオーシャンビューと、暖炉の炎、そしてピアノが置かれた落ち着きある空間。ジャズ喫茶を経営していた久保さんがチョイスしたジャズがかかった中飲むお酒はまた格別なものがある。ロビー自体にお酒は置いていないが、隣のカフェ&レストラン「スウィートバジル」にて注文することが可能。オーダーストップは22:00だ。実はこのロビー「花の香」は、久保さんが一番好きな場所でもあるそうだ。もしかすると、一緒にお酒を飲む機会に恵まれるかもしれない。また、不定期ではあるがジャズライブが行われる場所でもある。事前に告知することは無いそうだが、幸運にもライブに遭遇した方はそのひと時を満喫していただきたい。
忘れてはいけないのがお土産コーナー。ロビー「花の香」の向かい側にあるお土産コーナーでは、大分県の特産品はもとより、各料理処で使用されている調味料やお酒にいたるまで、様々なお土産品が取り揃えられている。おすすめのお土産は、宿名がそのまま名前に付けられた日本酒「晴海(¥3,150)」と「ゆきみ(¥525)」というお菓子。ちなみに「ゆきみ」の名称は、宿と関連付けて心に残るお土産を作りたいという願いのもとで、女将さんの名前を文字って付けられたそうだ。
2007年3月のリニューアルオープン以来、この宿は多くのファンを作ってきた。というより、個人旅行客や女性客が大分県の温泉と言えば、イコール由布院といった風潮から、”海”の別府温泉に目を向けさせたことの功績が大きい。
それは、露天風呂の眺めは、山(由布岳)もいいけど、別府湾の海の眺めもいいでしょ?・・・という問いかけなのだ。
実際に、30室にも及ぶ露天風呂付き客室の宿泊料金にも見て取れる。2万円前後で絶景の客室露天風呂のある部屋に宿泊できるのだ。しかも海に近い立地を生かして、山海の旬の素材が並ぶ料理もレベルが高い。個人旅行者向けに全国的にいち早くシフト
して成功した由布院を意識していないはずがない。
別府温泉は由布院温泉とは違って、歓楽的な要素が多く、男性的かつ大衆的な印象を持つ旅行者が多いが、この「晴海」を含め、個人客向けの温泉宿が別府にも最近増えてきた。その代表格が「晴海」と言えるだろうし、その人気はこの宿の予想以上の客室稼働率の高さにも現れている。
小さな宿特有の”お篭り”感もありながら、暖炉のあるラウンジ、海を間近に見られるテラス、極上のエステ・・・など、充実した施設やサービスは大型シティホテル並みの雰囲気も持ち合わせるといった、欲張りな宿が「晴海」なのだ。
最近、別府に足を運んでいない方は是非この宿を訪ねていただきたい。何か新しい予感を感じるはずだ。そして別府温泉の奥深さも同時に胸に刻み込まれるに違いない。(J/NS)