日本列島の西の果て、熊本県天草諸島最大の島、下島(しもじま)へ熊本市内方面から車で向かう場合、宇土半島先端の三角(みすみ)からは「天草パールライン」を通る。島原湾の向こうに雲仙を仰ぎ見ながら、海岸すれすれまでせり出す山々を縫うようにして道路が延びる天草のドライブは、まさに目を見張る光景の連続である。干潟には潮の満ち引きで現れる縞模様が描かれ、陸に目を移せば沿道のヤシの木の傍らに、木造の低い軒の民家が建ち並ぶ。1966年に開通した天草五橋を経る道は、大小100を越える島々が広がる雲仙天草国立公園を味わうには最適なコースだ。途中、ヨーロッパの教会を思わせる外観の、島原の乱に関する資料を展示した「天草四郎メモリアルホール」が建つなど、ここが日本国内であることが不思議に思えてくる。
上島と下島を結ぶ橋を渡ると、下島の中心地、本渡(ほんど)に至る。ここからは、熊本港を往復するフェリーも1日3便運航している。そこから車で約30分走ると下田温泉に。そしてさらに進むと荒々しい海岸線が続く西海岸に到着する。
天草西海岸に沿って走る国道 389線は通称、“サンセットライン”と呼ばれる。車窓から、透きとおった海原や天草灘の水平線に沈む夕陽を眺めることができる人気のドライブルートだ。その途中にある景勝ポイントが、鬼海ヶ浦(きかいがうら)。ここは「日本の夕陽百選」の一つにも数えられるサンセットの名所で、展望デッキや海岸まで降りられる階段も設けられている。
この展望台から振り返り、裏山を見上げると、斜面の緑の間に屋根瓦が点々と見える。これが、「石山離宮 五足のくつ」。日本列島の西の果てにありながら、全国からゲストが訪れる話題の宿泊施設だ。
有田焼のほとんどが天草陶石で作られているように、陶石の産地として名高い天草。この裏山は地元では“石山”と呼ばれる。天草の言葉で陶石を産する山、という意味だ。
急勾配の坂道を上り、駐車場で車から降りると、南国の濃い緑に覆われるようにして重厚な石門が佇む。門をくぐるとシーサーのお出迎えを受け、緑のトンネルを抜けてフロントに至る。途中橋を渡るが、この下を走る小道は「文学遊歩道」と呼ばれる。明治40年に与謝野鉄幹、北原白秋ら5人の文学士が天草を旅した際に、実際に歩んだ道である。彼らが新聞紙上に発表した紀行文は、当時、まださほど知られていなかった天草という地を世に知らしめ、南蛮文化ブームの誘い水となったという。その紀行文のタイトルが『五足の靴』。その名からも分かるように、ここは、天草が重ねてきた歴史の上に成り立つ宿なのだ。
このお宿はそれぞれテーマの異なる「ヴィッラA」の6棟、「ヴィッラB」の4棟、そして2005年10月にオープンした「ヴィッラC」の5棟、全15室の離れからなる。
「ヴィッラA」は『OLD天草=天草らしさ』。
「ヴィッラB」は『NEW天草=天草の未来』。
「ヴィッラC」は『キリスト教が伝来した中世の天草』。
目の前に広がる海を介して世界とつながり、そのかかわりを温め、独自の方法で発露してきた天草。この地が持つ多様な側面が各宿泊棟に、周辺施設に、そして空間そのものに表現されているのである。
このひとつの宿に入り口は二つある。2002年の創業時からある「ヴィッラA/B」のものと、新しくできた「ヴィッラC」のもの。それぞれ別個の受付を持ち、「ヴィッラC」の敷地にAやBの宿泊者は立ち入ることができないなど、様相はさながら別の宿。これは滞在中、それぞれのテーマの持つ雰囲気を壊すことのないようにとの配慮からなるものなのであろう。
「ヴィッラA/B」に宿泊の際の玄関口となるのは「ヴィッラ・コレジオ」。この建物はフロントであり、ライブラリーとバーを備えた「ヴィッラA/B」の中心となる棟だ。時を越えて天草の過去と未来の姿を具現化した“天草スタイル”の真髄ともいえる、本瓦の屋根とステンドグラスを合わせた独自の変形擬洋建築物だ。名前はかつて天草にあった宣教師の養成学校「天草コレジヨ」から。緑の中に浮かぶ屋根を見れば寺院のようであり、緑を抜けて中に入ると洋館のような雰囲気を持つ。シャンデリアが下がる太い梁が顕になった高い天井、ステンドグラスを通して差し込むやわらかい西日――
どこでもないどこか、そんなエキゾチックな雰囲気が醸し出される。
ライブラリーには、オーナーのセレクションによる本や雑誌、映画DVDソフトが置かれている。滞在中にレンタルし、客室で楽しむこともできる。蔵書は北原白秋など、「五足のくつ」や天草にちなんだ書籍が中心。開館は8:00から23:00まで。
客室棟と「ヴィッラ・コレジオ」以外には、カラフルな赤い屋根瓦が地中海の建物を思わせる横長の建物、食事棟の「淡味 邪宗門」がある。ステンドグラスの扉を開けて中に入ると、グレゴリオ聖歌が流れる荘厳な雰囲気の廊下に至る。この奥正面には聖母子像が置かれ、落とされた照明はまるでヨーロッパのカタコンベのよう。この長い廊下沿いに各専用個室が並び、室内から東シナ海を見渡すことができる、大きな窓が設けられた食事処となっている。
名前の由来は、かつてこの地を訪れた北原白秋の処女詩集から。天草のキリシタン文化への憧憬や畏れなどを綴ったこの作品は、白秋を一躍文壇の寵児に至らしめた。その官能的で妖艶な世界は耽美派の流れを作り、以後の谷崎潤一郎や渋沢龍彦、三島由紀夫へと大きな影響をもたらしたという。
もう一方、「ヴィッラC」の玄関口となるのは、鈍い光沢を放つ屋根瓦と鬼瓦が印象的な、「天正(てんしょう)」。名は天草の地にキリスト教が伝来した安土桃山時代のころの元号に由来する。外観と対極をなす洋風の設えに統一された館内には、「ヴィッラC」宿泊客専用のレセプションとバー、ライブラリー、そしてレストランもある。この渋い木調に赤が映える妖艶な部屋はバーとライブラリーも兼ねており、日の暮れた後にはここで、思い思いに自分たちの時間を過ごすのもいいだろう。ライブラリーの本やDVDは、滞在中いつでも利用することができる。ここでの蔵書は「ヴィッラ・コレジオ」とは異なり、北原白秋らの影響を受けた三島由紀夫や澁澤龍彦ら、耽美派の文学作品が並ぶ。バー&ライブラリーの営業時間は8:00〜23:00。
この棟の中には、天草の「大江天主堂」と「崎津天主堂」双方の建築様式を取り入れ、地元大工による手作業で工事が行われたという食事処も併設される。アーチ型の天井や壁の装飾からは、天草の人間の教会建築への思いが込められているのである。東洋と西洋、簡素と妖艶、相反するものを組み合わせることで、キリスト教が伝来した中世の天草を表現した「ヴィッラC」の、エッセンスが集約した建物であるといえよう。
滞在中いつでも利用することができるカフェテラスは、レストランの廊下を抜けた先にある。お好みのドリンクを注文し、海に沈み行く夕陽を眺めて過ごす時間は、この旅のハイライトシーンとなることだろう。
宿泊客はフロントで記帳を済ませ、奥の出口を抜けて電気梯子(エレベーター)棟へ至り、上界から各客室棟へと通路が延びる。濃い緑に覆われる通路のいたるところに動物のオブジェが置かれ、目を楽しませてくれる。
客室棟以外にある施設は上記だけで、当然のように宴会場やカラオケなどといった娯楽は存在しない。ここでの滞在はあくまで、自然と食、そして客室で浸かる温泉で“天草”を感じ、その醸し出す雰囲気に酔いしれるのが王道なのである。
滞在において最も長い時間を過ごす客室は、上記3種類の異なるテーマによって構成される。「A」の6棟、「B」の4棟、「C」の5棟、それぞれ立地や間取りは異なるものの、基本となる設えや仕様、室内の設備は統一されている。
『天草らしさ』をテーマにしたという「ヴィッラA」では、海と共に暮らしてきた天草の歴史が表現される。土壁や引き戸の玄関などに、漁師町などの日常風景を感じさせる。屋根つきの通路を介し点在する、離れの6棟すべてにリビング(洋室)と寝室(和もしくは洋室)を持つ。天草の素朴で豊かな緑の中に点在し、ワンルームタイプ、2階建てと、デザインがすべて異なるため、旅のスタイルに合わせて好みの部屋を選ぶことができるだろう。
ヴィッラを包む豊かな緑も、コナラやケヤキ、山紅葉といった日本人にとって馴染み深い落葉樹を多く採り入れ、花鳥風月、春夏秋冬を体感できる佇まいである。
客室の定員は「A-1」「A-3」が2名。他は4名。宿泊料金は平日でお一人様2万円代後半から3万円台前半となる。部屋の広さは各部屋により異なり、55.90〜78.67u。
『天草の未来』を表現したという「ヴィッラB」の4棟はすべて2階建てのメゾネットタイプで、各棟が横並びになっている。2階にはバルコニー付きのリビングルームと寝室が、1階は掘りごたつ状になったダイニングルームが配置され、ここでの食事も可能となっている。
「ヴィッラ B」における基本的な設えはどこも同じだが、2階のバルコニーから望む、食事処「邪宗門」のカラフルな屋根と東シナ海のコントラストは絶景の一言。海と空の夕暮れ時の茜、早朝の碧。世界と天草をつなぐ大海原を見渡せば、自然と、遥か彼方に広がる未知の世界に思いを馳せることだろう。周りにはヤマモモや樫など、海岸線に適する常緑樹が植えられ、地中海を思わせる乾いた海のイメージを増長している。
定員は4名だが天蓋付きキングサイズベッドの「B-4」のみ2名。平日お一人様29.950円。部屋の広さはおよそ80u弱。
宿のオープンから3年後の2005年10月1日に完成し、『中世の天草』をテーマにしたという「ヴィッラC」は、「A/B」よりもさらに高い位置に広がる。天草に古くから自生する常緑樹、カシ、クスノキ、ツバキと、南洋伝来のソテツやココヤシを配した空間展開は、「A/B」とまるで異なる雰囲気を持つ。これら緑の中を縫うように、小道や階段で結ばれた5つの棟が点在するのだ。
階段が多いため車椅子のみでの移動は不可能だが、スタッフがお手伝いをしてくれる。室内に入れば、広く平坦なため、足腰の弱い方でも安心して宿泊することができるであろう。
「ヴィッラC」には、イタリアのアガペー社製の楕円形の白い内湯が備わる。アメニティーはイタリアのブルガリ(BVLGARI)社製。デザイン、形状、立地、眺望、同じものがひとつとしてないこれら湯舟で、充実したプライベートタイムを過ごしていただきたい。
付け加えると、「ヴィッラC」のゾーンは、「ヴィッラA/B」のお客は立ち入る事はできない。それだけクラス感を打ち出しているという事だ。各部屋定員は4名。宿泊料金は平日でお一人様4万円代後半からとなる。部屋の広さはおよそ80u。
建物の外観には神社仏閣の建築要素を取り入れる一方で、大型液晶TVやDVDプレイヤーを完備するなど、内装は機能性を優先させた仕様に統一。開放感ある高い天井の中、西日の差し込むロマンチックな佇まいの室内と、鬱蒼とした緑に閉ざされた外の通路。この地の特産である“石”を多用しながら、エレベーターという機械的なものも取り入れるなど、東洋と西洋、新と旧、開と閉、これら対極にあるものの融合がなされている。その海に面した豊かなランドスケープを最大限に取り入れるべく、棟によって異なる間取りが施されているのが大きな特徴だ。動物をあしらったリビングテーブルや、天草陶石で作られた白磁の洗面所のシンク、浴室のドアノブなど、随所に見られる遊び心も目を楽しませてくれ、滞在の良きスパイスとなることだろう。
計15棟のこれら客室にはすべて、自家源泉がかけ流しにされた露天風呂と、内湯が備わる。
夕食は食事処でいただく。「B」のみ、希望であれば部屋でいただくことも可能だ。夕食が18:00〜22:00、朝食はAB棟は8:00〜11:00、C棟は8:00〜12:00時。この間であれば時間の予約も不要で、いつでも好きなときに来て、いただく事ができる。
「C」の食事はフロントもある「天正」で。教会のような廊下から5つに分けられた個室に至り、東シナ海を望む各個室でいただく。取材時(2008年6月)は夏の献立。天草の海の幸を中心に構成された懐石料理で、熊本の味、天草の味をベースに、料理長のアイデアが加えられた「五足のくつ」ならではのラインナップであった。以下に紹介する。
まずは食前酒の梅酒。味に深みとまろやかさをもたらすべく、三年寝かしたものが食卓に並ぶそうだ。この梅酒の肴には、さざえ田楽の石焼き。春から夏にかけてが旬のサザエ、ここでは酒、昆布と大根と合わせて4時間かけて煮たものを、熱した石の上で焼く。磯の香りが漂い、また載せられた味噌も一味ひねりを加えている。
先付には3品、南蛮渡来の豆鯵の酢漬け、タコ焼霜、天草産アコウのたたき。地産の豆鯵は、ぐっと締まった身が特徴。印象の強い味である酢ともよくからむ、天草を代表する旬の一品だ。
タコは軽く炙って焦げ目をつけ、より香りを楽しむことができる。このさっぱりとした風味が、載せられた梅肉とあわせることで増長する。
アコウのたたきの下に敷かれたのは旬の野菜、アスパラガス。海の旬と山の旬が、ポン酢と糖分0のグレプシドオイルをあわせた特製ドレッシングで統一味をもたらす。
じゅん菜の浮かぶ澄まし汁に、天草名産の車海老真薯、冬瓜の薄皮剥き、そして柚子が載せられた目にも爽やかな御椀が続く。旬物で統一した、初夏にふさわしい味と香りが漂う。
お造りは天草灘の地魚、その日に挙がった一番美味しいものが厳選されている。この日は鯛とキビナゴが、水前寺海苔に添えられて卓を彩った。キビナゴは特製酢味噌で、鯛は醤油につけていただく。
筒向は地物の鱧(ハモ)。倉岳港で挙がった夏の風物詩、鱧を軽く炙ることでその淡白な味の旨みを引き出した。載せられた梅肉の爽やかさがアクセントに。鱧の白、梅の赤、そして敷かれた葉の新緑色、目にも清冽な印象が残る。
口の中がさっぱりとしたところで、旬の石先(イサキ)を、ニンニクを加えて洋風に仕立て上げた焼物が出される。トマトが下に敷かれ、クレソンとレモンが添えられている。
揚物として大椀に入れられて出されるのは、渡り蟹のあんかけ蓮根饅頭。この時期が旬の渡り蟹、独特の甘みがあるこの素材を餡がけにしすることでまろやかにし、香り高い新物の蓮根とのとろけるような食感を楽しめる一品。
ここで登場するのが、「天正」のみの名物料理で、料理長オリジナルの鍋物、天草大王石焼き蒸し鍋である。熱せられた阿蘇の溶岩石で、ネギと地元名物地鶏「天草大王」に火を通す。どちらにも火が通ったら3時間煮込んだトリガラ汁を注ぎ、蓋をして蒸していただく。弾力のある歯ごたえ、コクのある素材そのものの味だけでなく、二重三重にその旨みが濃縮するこの調理は、通年出される人気のメニュー。舌、目、耳、そしてサプライズも楽しめるこの一品、やはり多くのリピーター客はこれを楽しみに来るという。
締めのご飯は、菊池産の白米を使ったじゃこめし、九州では一般的という麦ミソのあおさ汁、自家製香の物。じゃこは土産としても販売されているものだ。デザートに並ぶどれも甘草産のキウイ、デコポン、苺に至るまで、徹底した地産を心がけているのがわかるだろう。デザートには自家製の杏仁豆腐も出された。
朝食は「ヴィッラC」宿泊の場合、和食か洋食かどちらかを選べるようになっている。ちなみに、ここに出される特徴的な食器も、天草陶石から作られた有田焼である。
取材時のメニューは、洋食の場合、オムレツ、ソーセージ三種(阿蘇産粗挽きとハーブ二種)、パン三種(よもぎ、レーズン、クロワッサン)、レタスやミントの入った生ハムサラダ。スープはジャガイモのポタージュに、ドリンクは三種(オレンジジュース、リンゴジュース、牛乳)から一種を選択できる。
和食の場合、ご飯とあさりの白味噌汁、ダシ巻き卵、鯵のみりん干し、烏賊の刺身、じゃこ、ほうれん草、ひじきといった惣菜に、ヨーグルトにドリンク三種(オレンジジュース、リンゴジュース、牛乳)から一種選択。
夕食同様、個室でいただくのが基本だが、天気の良い日などには是非、オープンテラスでの食事を楽しんでいただきたい。東シナ海を見晴らす高台で、朝の清々しい空気と、柔らかい光に彩られた景色を眺めながらの朝食もまた、印象的なシーンとして心に刻み込まれるに違いない。
滞在中、なにかと立ち寄る事になる管理棟の「ヴィッラコレジオ」と「天正」だが、ここにはお土産物も置かれているので是非チェックしていただきたい。フロントの一角に並ぶ中で、一番のオススメは「おばあちゃん手作りのいきなり団子」。これは伊賀屋の大女将であり、オーナー山ア氏の母親による手作り品で、ヨモギと紫イモといきなり団子の3種類が用意されている。素朴な、郷里を思わせる味わいが人気の秘訣で、お付きのお茶菓子にも出されている。気に入った方は出発日前日の21時までにご予約いただきたい。その他携帯のストラップや、100%天然のヘルシーオイル「天草椿油」や「にがり」、そして粗塩も好評。
そしてこの宿名の由来ともなった紀行文、「五足の靴」(岩波文庫)も販売されている。自宅の本棚に並ぶことで、ここでの宿泊がより味わい深いものとして思い出に残るであろう。
ここでオーナー山ア博文氏(昭和37年10月生まれ)のプロフィールをご紹介しよう。
前述の通り、100年以上の歴史を刻む老舗旅館「伊賀屋」の4代目として生まれた彼は、高校を卒業すると上京し早稲田大学商学部に入学。大学在学中、宿を守っていた先代社長が病に倒れ、さらには借金の保証人になったせいで宿の経営も立ち行かなくなりそうな最悪な状況の中、山ア氏は天草に帰り宿を手伝うことを決意する。22歳のことである。
そこで彼は生まれながらのビジネスセンスを発揮する。
その当時はもちろんインターネットなどなく、宣伝するにしてもなかなか大変な時代であった。
そんな時、電話帳(現在のタウンページ)に目を通した。
同業の旅館の広告を見てみると大きな旅館は大きな枠を買って広告を出している。
ところが小さな宿はそれなりの小さな広告しか掲載していなかった。
「大きな広告を載せれば客が大きな旅館なみに来てくれるかもしれない。」・・・こう思い立つと即座に九州一の大都市、福岡の電話帳広告枠を買うことになる。
とにかく集められるだけのお金を使い、広告に費やしたのだ。
「天草で一番のごちそうの自信があります」と載せた広告は、予想以上の反響を呼んだ。
そして彼は大型免許も取得し、毎日のように福岡市から客の送迎も自ら行った。
たった2年で宿の経営を立て直した彼は、本格的に旅館を経営したくなったのか、海外の人気ホテルを勉強したいとの欲望に駆られる。”旅行家”山ア博文の誕生である。24歳の頃から、時間を作っては頻繁に海外に出ることになったわけだが、今では45ヶ国前後をすでに回っているという。
26歳になると、新しい旅館のあり方、コンセプトなどが固まってきた。
そして、29歳で現在の「五足のくつ」のある土地を買う事ができた。
それから10年の歳月を費やし、練りに練ったコンセプトを具現化できそうなアイディアを入れて、2002年、山ア氏39歳の時に「石山離宮 五足のくつ」(ヴィッラA・B)がオープンすることになった。
そして、「ヴィッラA・B」の成功をふまえて、さらにハイクラスな造りとなる「ヴィッラC」の誕生となるわけである。
今まで日本の温泉宿には無かった、叙情的で官能的な要素も入った「五足のくつ」のキャラクターは、実はイタリアの「イル・サンピエトロ・ディ・ポジターノ(Il San Pietro di Positano)」に大きな影響を受けている。
「イル・サンピエトロ・ディ・ポジターノ」とは、ナポリより南へ数十キロ離れた岬の岩肌にへばりつくように建てられたホテルで、大人の隠れ家として多くのファンを持つ。
テラスから見えるのは地中海につながるティレニア海とソレント半島。まさに絶景のホテルなのだ。つまり、山ア氏の理想の宿像というのは、第一にロケーションと考えている。
いくら施設などのハード面にお金をかけても、自然が創り上げたものには敵わない。
非日常へエスケープしたいゲストにとっては、何よりもロケーションが大事ということなのだろう。
「五足のくつ」のスタッフのほとんどは天草出身だという。南国特有のおおらかな性格と人なつっこさを併せ持つ接客は、遠く離れたこの天草までやってきたゲストにとって何よりも嬉しい。
四方を海に囲まれている点と、昔、キリシタン弾圧といった悲しい歴史を持つ天草という土地は、充分に異国の香りがし、そこにリゾートホテルの快適さを充当し、さらには日本人の大好きな「温泉」を加え、とどめに天草の海の幸満載の“和”の料理をいただく―― という、理想的な組み合わせ、あるいは絶妙なバランスがこの「石山離宮 五足のくつ」の最大の魅力なのかもしれない。
この宿と同じものを他のエリアに造っても、この雰囲気は出せないだろう。やはり「天草」という日本でも相当にアイデンティティの強いロケーションだからこそ、この宿ができたのだと思う。
親孝行をしたい方がいるとすれば、海外旅行は行きたいが、やはり海外は苦手とおっしゃる年配のご両親をご招待するには絶好の宿とも言える。
ただ、この宿へのアクセスはお世辞にもいいとは言えない。しかし、だからこそ到着した際の感慨は相当なものだ。その点でもやはりこの宿は日本の熊本県の天草ではなく、「アジアの中の天草」なのかも。(J)