2005年8月に紀伊半島の南端、和歌山県串本の地の海沿い国道42号線に突如姿を現したのはシルバーのガルバニウム鋼板で造られた建造物。当初は「Standard」と呼ばれる4室のみのオープンだったが、2007年4月にさらに「SV」2室、「SVX」2室が完成し、合計8室のラインナップとなった。
ちなみに「SV」とはスペシャルバージョンの意味らしく、「X」と付くのはさらに究極という意味か・・・。
その「夏祭リージェンシークラブ」を見つけ、クルマをエントランスに停めると、そこには「フェラーリ360モデナ」「キャデラック・コンバーチブル」「ロールスロイス・ストレッチリムジン」が鎮座していた。
これらのクルマは公共の交通機関を利用する客向けの送迎の他、客室から食事処までの送迎でも利用されている。食事処までの送迎といってもほんの数10mなのだが・・・・・。これもこの宿ならではのサービスなのだ。無類のクルマ好きでもあるオーナーの真骨頂でもある。
近未来的な輸入車やデザイン家具のショールームのようなエントランスをくぐると鏡張りの壁が囲み、その壁のひとつを開けると、そこから「宇宙基地」なるコンセプトの客室の一部になる。その部屋はオレンジ色のプラスティックのテーブルと椅子から見ても異空間に迷い込んだよう。ここまでもサプライズの連続だ。
そこからチェックインの手続きを済ませた後、左右を壁で囲まれた通路を数10m歩いていくと(このわずかな移動時間でほとんどの客が不安になるというが・・・)、しばらくして「Standard」の客室に辿り着く。全面ガラス張りの向こうには類稀なる太平洋の大海原が一望だ。その手前には露天風呂もすぐ目に入った。
この瞬間、この宿を選んで良かった!と、ほとんどの客が思うだろう。
室内に目を移すと、コンクリート打ちっ放しの壁と海に向かって長く配されたオレンジ色のソファーはまるでベンチのように長い。
あれ、寝室は?と思ったら壁と思しきシルバーの板を動かすと、そこには畳に布団が敷いてあった。
ここでやっと本当に落ち着いた気分になった。それでトイレに行こうとしてドアを開けると、さらなるサプライズが待ち受けていた。なんと、トイレも海側にあり前面の壁がすべてガラス張りだったのだ。崖の上という事と、手前の海が浅瀬ということで漁船も近くを通らないのでこの設計にしたという事だが、慣れないうちは落ち着かないかもしれないが、しばらくするとこのトイレがどれだけすばらしいか気付かされる。
そのサプライズの連続の「リージェンシークラブ」に新たに「SV typeT」「SV typeU」「SVX typeT」「SVX typeU」の4部屋が加わった。「Standard」の客室よりさらに居住スペースを広くとった間取りとなっていて、さらにサプライズ度も増している。
こちらの客室はエントランスロビーから入るのではなく、チェックイン後、いったん外に出てガルバニウム鋼板でできた、一見ガレージ風の建物に向かう。するとドアは金属的なものではなく、バリ島・ウブドのリゾートホテルでよく見かける木製の色鮮やかなドアが目に入った。
中に入るとそれぞれ4室とも違う個性が見受けられ、「SV typeT」「SV typeU」には海に面した露天風呂はもちろん備えられ、部屋にはバリの調度品やソファーが用意されていた。
「SVX typeT」はさらに豪華さを増し、テラスにはブランコとジャグジーバス。室内のシルバーの襖も印象的だった。「SVX typeU」には全天候型の大型ソファーがなんと露天のテラスに配されていた。もちろん露天風呂もジャグジーバスもある。
この宿の楽しみ、魅力は海、部屋だけではない。もしかしたら夕食という客もいるかもしれない。シェフが創りだすメニューは和洋折衷のいわゆる創作料理だが、一品一品ごと味わい深いものであった。
フォアグラのソテー、カルパッチョ、伊勢エビとオーナー自ら釣ったイシガキダイのお造り、タイのポワレ、お口直しに赤ワインのシャーベット、メインには備長炭で20分以上じっくりと焼いた熊野牛モモのイチボのステーキ、締めには、ヒメヒジキの黒潮ごはんとタイのお吸い物をいただく。デザートも楽しい。フルーツマリネ、自家製バニラアイスのほか、宿名の「夏祭リージェンシークラブ」にちなんで、お祭りの露店で売られている、りんごあめが並ぶお皿が出てきた(2007年6月取材時のメニュー)。
宿泊しての印象を改めて思うと、宿に入ってすぐの驚きと違和感はとっくに消え去っていた。自分がこの"異空間"に溶けこんでしまった結果であろうか、なぜか心地いい余韻が残った。
取材当初、オーナーからコンセプトは「宇宙基地」と聞いたが、私はそうは思わなくなった。かつて著名な宇宙飛行士が大気圏外から地球を見たとき「地球は青かった。」と言った。その青さをまさに眼前に迫る勢いで感じる。その青さ、海の広大さ、そして美しさをこれほど感じさせてくれる場所はなかなかない。これは宇宙旅行、もしくは将来宇宙に人類が日常的に生活するようになった時、地球以外のホシで目にするバーチャルの世界のような気がする。つまりこの風景は人間が本能的に見たい「絵」なのだ。それがバーチャルではなく、リアルにここに存在するのだ。だからこそ、ここは「宇宙基地」ではなく「未来のプライベートリゾート」のように思えてならない。
海を望むと大自然界が創り上げたものが見え、背には人間が創り上げた造形美がある。この組み合わせがあまりにも絶妙で、おそろしく居心地のいい空間を作っている。
海に向かって一日中裸でいられる幸せ、開放感に感動する。こんなに贅沢な空間を味わえるなら、この宿泊料金は安すぎるぐらいだ。そして、水平線が丸いということも改めて認識することもできる。
温泉宿という既成概念でこの"施設"を論じてはならない。温泉宿やリゾートホテルの概念から誕生した、突然変異、いわゆる亜種のようなものか。
日本にはヌーディストビーチは存在しない。しかし海外にはいくつかあるが、大体が相当な時間とお金をかけないとそこには辿り着けない。しかし和歌山県の紀伊半島の南端まで行けば、ヌーディストビーチならぬ、プライベート・ヌーディストスペースがここにある。
いったん客室に入ったら、服は要らない。裸で過ごす開放感は日常の細々とした悩み事など吹き飛んでしまいそうだ。
自分をリセットしたい、何か新しいことを始めたい、なにか仕事で行き詰っている・・・なんて思ったら、「夏祭リージェンシークラブ」は特効薬なのかもしれない。イーグルスの代表曲に「Hotel California」(1976年発表)があるが、日本でも誰か有能なミュージシャンに「Regency Club」という曲を書きあげてほしいくらいだ。風景だけでない、逃避願望や哀愁を漂わせる空気が流れているから・・・。
海辺の宿泊施設は数多くある。しかしここはその他の施設とまったく異なる。建物自体が外からの"ついたて"のような役割で、常に裸で平気でいられるようになっているのだ。
まさに目の前の海がすべて自分たちの庭のように思えてしまう。よく何万坪の敷地ということで大きさを自慢する温泉宿があるが、この風景を見てしまうと"海の宿"の有利さを改めて感じさせてくれる。
この「夏祭リージェンシークラブ」をどのように受けとめるか、千差万別であろうが、是非私としては団塊の世代以上のご夫婦に体感してほしい。温泉宿の既成概念が吹き飛ぶような感覚が感じられるだけでも収穫のような気もする。"賛否両論"が必ずある宿なのだから。
かつて文豪と言われた作家には常宿とした温泉旅館が存在した。温泉宿というのは創作意欲が自然に湧いてくるのであろうか。そして、ここ「夏祭リージェンシークラブ」にも21世紀の文豪を配するような、クリエイティビティを刺激する要素が漂っている。だからこそ、"刺激"と"感動"が最近足りないなと思ったら、この宿を思い出すといい。(J)
補足:宿名の「夏祭リージェンシークラブ」は、夏祭が頭に付くのは、2003年にこの宿の道路を挟んで山側に「御宿 夏祭り」をオープンしたことから由来する。「御宿 夏祭り」とは「海」「遊」「星」「夏」なる4つの和風の離れで構成された宿で、すべてに客室露天風呂を備えている。その別館として誕生しているので「夏祭リージェンシークラブ」と呼ばれているようだ。ただ、180度まったく違うベクトルで誕生しているので、別館というと、これもまた違和感を感じるところか・・・。とにかく「夏祭リージェンシークラブ」と「御宿 夏祭り」は隣接している宿というだけで認識していた方がいいかも。ちなみに「御宿 夏祭り」に宿泊した際も、リムジンで「夏祭リージェンシークラブ」の食事処まで送迎するとの事。数十秒で到着するが・・・。