神戸市北区にある有馬温泉は、神戸市中心街から車で30分程の距離、山深い六甲山地南側の紅葉谷の麓の山峡にある温泉街である。その開湯は神代と伝えられ、日本最古とも言われる有馬温泉だが、その存在が初めて明らかになったのは第34代舒明天皇(593〜641年)、第36代孝徳天皇(596〜654年)の頃。日本書紀の「舒明記」には、舒明3(631)年9月19日から12月13日までの86日間舒明天皇が摂津の国有馬(原文は有間)温湯宮に立ち寄り入浴を楽しんだという記述がある。それ以降にも「枕草子」の三名泉や林羅山の「日本三名泉」に数えられているように、古くから名湯として全国にその名が知れ渡っていた。また、そんな文献の数々からは、各時代の著名人が数多く訪れていたことも知ることができる。
そんな由緒ある有馬温泉の温泉街はかなりの急斜面にあり、街中を通る道も昔から変わっていないためか非常に細い。ところが、昭和40年代からの高度経済成長期からバブル期を経て、多くの旅館が大型化の道を進んだため、温泉街を歩くと見上げるような鉄筋の建物があちこちに見受けられる。古くからの温泉街の風情が残されつつも、新しいものが混在した温泉街である。観光スポットの一つである温泉寺の周辺には、公的な外湯である「金の湯」(金泉)、「銀の湯」(銀泉)もあり、また特産品店や民家が密集した地域なので、そぞろ歩きする観光客が多い。
そんな温泉街の中心にある旅館が「陶泉 御所坊」だ。創業は1191年と伝えられている。当時荒れ果てていた有馬温泉を復興した仁西上人が設けた12の宿坊の内の一つが「御所坊」だったという。「御所」という名が示すように、位の高い宿坊であり、室町時代の浄土真宗の高僧、蓮如や豊臣秀吉が訪れたという記録も残っている。また、近代では谷崎潤一郎、吉川英治などの文人が愛した宿として知られている。ちなみに、「陶泉」という名称が付けられたのは、昭和63年から三年間かけて行われたリニューアル後。「陶」は有馬温泉の金泉が、赤茶色で陶器に似ていること、「泉」は温泉の泉から取られた。
昭和初期の木造3階建ての建物を改築した情緒ある建物に入ると、すぐ左がフロント。そこで靴を脱いで上がるスタイルは、まさに昔懐かしい旅館の玄関である。間接照明を随所に用いた館内は、磨き上げられた無垢材の輝きと、さりげなく飾られた絵や調度品によって居心地の良い空間に仕上げられている。客室は「御所坊デラックス」、「御所坊スーペリア」、「御所坊モデレイト」の3タイプ全20室。また、1階に外来客も利用できる食事処「餐房 閑(さんぼう かん)」、宿泊客用のサロン「サロン・ド・ロシオ」、そしてこれもまた外来客も利用できるバー「ポッソ・ドウロ」、2階に「御所坊デラックス」宿泊者のみ利用可能な貸切風呂「偲豊庵」がある。
外見だけを見れば、古風な旅館にしか見えない「陶泉 御所坊」だが、その中身は他の旅館に類を見ないユニークさが満載されている。そんな旅館に作り上げたのが、15代目主人、金井啓修(ひろのぶ)氏だ。彼のアイデアで生まれ変わってゆく姿や、有馬温泉に対する愛情については後述させていただく。
「陶泉 御所坊」の温泉は「含鉄・ナトリウム-塩化物強塩高温泉」。「金泉」として知られるこの温泉は、神経痛、筋肉痛、慢性婦人病などに効能があるといわれている。また、塩分濃度が海水の二倍あるため、温泉で湯浴みを楽しんだあとに洗い流さずにいると、海水浴に行った後に体を洗わなかった時のような独特のべとつき感が現れてしまう。そのため、浴場に「金泉」だけでなく、洗い流すために「白湯」が設けられているのが有馬温泉に共通する特徴ともいえる。
2階にある大浴場は24時間利用可能。男性用の「陶々殿」、女性用の「楊々殿」に分かれており、洗い場と内湯(白湯)がそれぞれにある。内湯の奥の「金泉」で満たされた細い通路を先に進むと、さらに奥に混浴風の半露天風呂がある。男女の浴槽の仕切りを低くして、顔が見えるようにしたものだ。湯の色が赤いので、肩まで浸かればお互いの顔しか見えない。家族はもちろん、男女のグループ同士で気兼ねなく楽しめるユニークな風呂だ。ちなみに、これは金井氏が15代目主人に就任して最初に手掛けた改造だそうだ。
また、「陶泉 御所坊」の貸切風呂「湯屋松風」の向かいには、「Aromatherapy B&I(アロマテラピー・ビーアイ)」がある。アロマオイルによる美顔マッサージや、アロマテラピーによる足つぼマッサージなどのショートメニュー(45分/\7,350)から、美顔術と全身アロマテラピーのセット(135分/\17,850)まで、幅広く施術を行っている。なお、上記の価格は宿泊者向けに割り引かれたもの。温泉で内側を、アロマテラピーで外側をそれぞれ癒せることで、好評を博している。
客室は、ネオジャパネスクな雰囲気の「御所坊モデレイト」、現代的空間を連想させる「御所坊スーペリア」、未来的空間を表現した「御所坊デラックス」の3タイプ、全20室。
おすすめの部屋を紹介していこう
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聴泉御坊三階にある御所坊デラックス「カン」NO.37。薄型42インチのTVが壁に取り付けられた10畳の和室と、マッサージチェアが二台置かれた板間からなる間取り。バス・トイレ付。
聴泉御坊二階にある御所坊デラックス「ラク」NO.26。この部屋には御所坊とゆかりのある文人「谷崎潤一郎」にまつわる品々が飾られている。谷崎の作品「ねこと正造と二人のおんな」の文中にある、「紅葉見て温泉に入って…」とあるのは、実は御所坊の事である。間取りは、壁に42インチの薄型TVが取り付けられた8畳の和室と、アンティーク調のテーブルと椅子が配された板間からなる。バス・トイレ付。
「宮本武蔵」や「三国志」などの歴史小説作家で、今なお絶大な人気を誇る吉川英治もこの宿と縁ある人物だ。その吉川をテーマにした部屋が、聴泉御坊二階の御所坊デラックス「ケイ」NO.27。42インチのTVが備えられた10畳間の和室と、ソファーとテーブルが置かれた板間からなる客室。バス・トイレ付
聴泉御坊二階にある御所坊デラックス「トウ」NO.28。間取りは、薄型37インチのTVが壁に取り付けられた12畳の和室、21インチのTVとマッサージチェアが二台置かれた板間からなる。バス・トイレ付。
翠巒御坊一階にある御所坊スーペリア「コク」NO.51。屋上庭園を見渡せる部屋からの景観に注目したい、バス・トイレ付の10畳間の和室。
翠巒御坊二階にある御所坊スーペリア「リン」NO.57。バス・トイレ付の8畳間の和室。
翠巒御坊二階にある御所坊モデレイト「ショウ」NO.55。数ある客室の中でベッドが配されているのはこの部屋だけ。ツインベッドが配された和室の8畳間、バスなしトイレ付。
タイプで分かれているのはもちろんだが、部屋によって雰囲気がまったく異なるので、とにかく部屋選びに苦労しそうだ。
チェックイン後は、是非宿泊客用のサロン「サロン・ド・ロシオ」に向かいたい。夕食までの時間「ハッピーアワー」を開催しているからだ。お酒はもちろん、おつまみも各種用意されているこのサロンで寛いでから夕食をいただきたい。
夕食は、食事処「餐房 閑」でいただくか、部屋食にするかを選択することができる。「陶泉 御所坊」が兵庫県香美町に持つ自家農園で収穫された野菜や米を用い、また、鮮魚や肉、果物の関しても、出来るだけ地産地消にこだわっているので、メニューは最低でも月に一回変わるそうだ。
この日(2008年2月)の夕食のメニューは以下の通り。
先付けは、蕪、金時人参、昆布、岩茸の松前漬け。菜の花や蕨、くこの実、振り柚子に銀餡がかけられている。来るべき「春」をお祝いしているかのような一皿だ。
前菜には、賽の目大根といくらの黄身酢掛け、茗荷と大根の甘酢掛け、野菜の煮和え、めんたいこ射込み海老、蕎麦せんべい、高菜のきんぴら、子持ち昆布、紅芋とサツマイモを用いた二色栗金団、白バイ貝の上にゼリー状ののし梅を乗せた物などが出された。地産地消を心がけており、魚は明石、野菜は丹波産を出来るだけ用いている。
御椀は、鰻の百合根団子、蕪白煮、黒米団子、青身、昆布そうめん、柚子を清汁仕立てで。取材時は寒かったので、一気に体が温まり、そして心が和んでいくような味だった。
向付けには、鮮魚の三種盛り(ひらめ、しまあじ)、明石浦で水揚げされたひいらぎ貝、北海道から送られたホッキ貝、薬味として山葵、大葉、二月で収穫が終わってしまう福岡・久保田農園産の黒大根が並んだ。モンゴル産の岩塩としょうゆは個人の好みに合わせて使用してほしい。
次は蓋物。鮭昆布巻き、神馬草、焼豆腐、佐賀県産の海老芋、永源寺蒟蒻、ほうれん草をあっさりと蒸し揚げた一品。
焼物には鰤の塩焼き、ズッキーニの辛し漬け、紅芋麩照煮、酢だちが添えられていた。脂の乗ったこの時期の鰤がおいしいのはもちろんだが、明石で水揚げされた場合は鰤でなく、鱸や鰆が用いられるそうだ。
進肴は、牛のモモやラム肉を用いたローストビーフ、鹿児島牛を使用した肉治部煮、但馬牛のサーロイン(入手出来なかった場合は、三田牛、宮崎牛、佐賀牛)を青ねぎや玉ねぎとガスコンロで炒め、御所坊特製ポン酢でいただく淡路焼きの三種類からの選択制となっている。
食事は、兵庫県香美町にある自社農場で合鴨農法によって育てられたコシヒカリの白ごはん、自家製の漬物、同じく自家製の味噌を用いた、なめこと三つ葉の味噌汁。冷めてもおいしくいただけるように硬めに炊かれた白ごはんは絶品。これまでの食事でおなか一杯になってしまっていたとしても、絶対夜食のおにぎりにしてほしい。
水物に出されたのは二郎(にろう)の苺。有馬温泉から車でわずか10分ほど入った地域で作られている。お年寄りが丹精込めて作ったこの苺は地元でも評判が高く、入手できないこともしばしばあるとか。
目覚めの際や食欲増進に良いと言われるオレンジジュースを一気に飲み干したら朝食だ。明石産いかなごの煮物、野菜の煮物、鰻の入った茶碗蒸し、焼きサーモン、わさび漬け、明石産海苔(献上品)、黒豆豆腐の湯豆腐が並ぶ。湯豆腐の薬味の鰹節は、鹿児島産の鰹から作った自家製のもの。それを仲居さんが目の前で削ってくれる。ごはんはもちろん昨夜と同様のおいしいコシヒカリ。
玄関にある売店も忘れずにチェックしてほしい。「陶泉 御所坊」の館内を彩る漢詩調の文字や、展示されている焼き物をプロデュースしている「無方庵 綿貫宏介」氏の作品から、各種お酒、民芸品、スイーツなど多くの品物が揃えられている。なかでもおすすめは「丹波黒豆タルト(\3,800)」。ハッピーアワーの際に食すことが出来るおいしいタルトは、忘れずにお土産にしたい一品だ。
さて、ここで「陶泉 御所坊」15代目主人の金井氏を紹介しよう。
昭和30年に生まれ、これまで有馬温泉の活性化に努めてきた金井氏だが、実は旅館の仕事は絶対にやりたくなかったそうだ。「フランスで暮らしたい」という子供の頃からの夢があったからだ。高校卒業後、そのチャンスはあったのだが、労働ビザが下りずに断念せざるを得なかった。そのため仕方なく旅館に戻った。ちなみに、そのころの「御所坊」は、土曜日以外はお客が来ない、時代に乗り遅れた宿だったそうだ。その翌年の夏から一年間、北海道の定山渓温泉の旅館に修行に行ったことが転機になる。「人が集まらない温泉街だから旅館業をしたくなかった。でも、魅力のあるものを作って、有馬温泉をみんなが来てみたいと思う場所に変えればいいだけじゃないか、と気付いたんです」と語る。「御所坊」に戻った昭和56年4月、会員制のテニスクラブ「サニーサイドアップテニスクラブ」をオープンした。これが彼のプランニングした最初の事業である。その後、古い蔵を改装した居酒屋、祖父母の旧宅を改造した喫茶店「カフェ・ド・坊」と次々と新しい店を作る。それと同時に、温泉街にお客を呼び込むため外へのアピールをし続けた。そして、その成果が表れ有馬温泉に再びお客が集まり始めてきた昭和63年から平成2年まで3年をかけて「御所坊」のリニューアルを行う。規模の拡大を目指す旅館が多い中、クオリティを上げて規模を縮小する方向を選択したのは、いかにも彼らしい。新たな「御所坊」を構築していく中、館内のテーマとして「漢詩」に着目。その後、人を介して知り合った綿貫宏介氏の作品に感銘を受け、即テーマ作りを依頼する。玄関前に掲げられた特徴的な文字を始め、各部屋の表札、旅館のパンフレット、ステーショナリー、領収書にいたるまで、綿貫氏のデザインと書が使われることになった。
リニューアル後、順調に集客を続けていた「陶泉 御所坊」だったが、予期せぬ災害が降りかかる。まだ記憶に新しい「阪神・淡路大震災」である。「宿泊していたお客さんが帰れなくなったり、風呂だけ入れてほしいという被災者が一日中やってくる。混乱しました」と語る。その年は、六甲山開山100周年の年でもあった。そこで彼を中心に各旅館が協力し、震災復興の起爆剤となることを願って、日帰りパック(六甲山ロープウェーチケット、旅館での昼食、温泉入浴クーポンのセット)を6月から売り出したところ、その秋には人気企画として知られるまでになった。
震災の翌年には有馬復興のために動き出す。土蔵を改装した居酒屋をさらに改造し、ギャラリー「レティーロ・ドウロ」をオープンさせた。1階は器などを売る売店、2階はギャラリースペースにし、作家に貸すスペースだ。ギャラリーを持ったことで、旅館業を営むうえで必要な人間関係がより広がったという。
その後もアイデアは尽きることがない。
平成11年、「陶泉 御所坊」の別館として「ホテル花小宿」をオープン。平成13年には、公共浴場「金の湯」の正面におもちゃ屋「アリマリ」と、コンドミニアム形式の宿「旅湯 アブリーゴ」をオープンさせる。また、「アリマリ」2階の「イタリア料理の店 ポルコ」も、「茶房 チックタック」も、「パン・ド・坊」も、彼によって手掛けられた店だ。また、観光地として現在注目されている「有馬玩具博物館」も、「グリコのおまけ」で知られる玩具作家・加藤裕三氏や、現在の館長である、からくり人形作家・西田明男氏との出会いがきっかけとなり、温泉街につくった施設である。
「陶泉 御所坊」の15代目となってから有馬温泉活性化のために突き進み、合計すると手がけた施設の数は20を超えるそうだ。
さて、「御所坊」のホームページをご覧いただければ、宿泊と夕食を別個に考える「泊食分離」を推奨しているのが分かる。宿泊は「御所坊」、夕食は好きなものを温泉街の中でいただくというスタイルのことだ。上記の通り、有馬の温泉街には選ぶのが困難なほど様々な飲食店があるので、心配する必要はない。そしてこの考え方は訪れる人にも浸透してきたようだ。例えば「御所坊」に2泊して、1食は中、1食は外でいただく。狙い通り、2泊丸々を旅館で過ごすのではなく、静養しつつも外に出て、有馬の温泉街を満喫する宿泊客が年々増加中である。
「陶泉 御所坊」という宿は、この業界ではつとに有名な旅館といえる。同業者の旅館経営者から見れば、繁盛しているやっかみも含めて「男性が女性のために大枚はたいてエスコートする宿」と称する方もいる。もちろん、そういう面があることも否めないが、それだけでは説明できないほどの奥の深さを感じる宿でもある。実際、母娘、家族連れ、ファミリー、外国人夫婦・・・など客層は幅広い。
その宿を率いる金井啓修という人物は、昭和30年生まれとは思えないほど若々しいし、バイタリティに溢れている。彼の目はいまだに少年のように輝いて遥か前方を見ているようだ。
旅館を営むオーナーという人は、どちらかといえば自分の宿重視で、できるだけ大きな箱(建物)を作り、その中にお土産コーナー、レストラン、お酒の飲めるバー・・・などを配し、箱の中で客に消費させようとする。
ところが金井氏は、そんな宿つくりにはまったく興味がなく、それよりも本人曰く「宿つくりより、街つくりの方が面白い」と言い放つ。
前述のように彼は、どんどん外の世界である有馬の街に様々な店舗をオープンさせ、温泉街全体の活性化を図ってきた。それが「陶泉 御所坊」にも反映され、現在の確固たる地位を獲得した。
金井氏のスケールの大きさは戦略家の一面をのぞかせるが、それでいて趣味人でもある彼がプロデュースしている宿が「御所坊」なのだ。鉄筋コンクリートの温泉旅館ではなく、日本の古き良き時代の遺産を継承し、和の要素を大事にした温泉旅館こそが、これから時代が変わっても行き続けられるという事をこの宿が主張しているようでもある。(J/NS)