「八景」の歴史を語る上で、やはり女将の上塩(うわしお)浩子さん(昭和38年生・うさぎ年)にスポットを当ててみたい。
現在の「八景」の実質的創業者と言えるのは、女将の上塩(うわしお)浩子さん(昭和38年生・うさぎ年)。
彼女の明るく精力的な性格は、まさに女将業にうってつけと思われる。
浩子さんの父親(平成13年に死去)は、兵庫県・芦屋で、不動産会社を経営していて、まさしく“芦屋のお嬢様”として育った浩子さん。
小さな頃から家にお客様が来ることが多く、自然と“もてなす”ということを学んだようだ。
女子大に通っていた4年間、神戸YMCAに所属。
青少年向けにボランティア活動や、キャンプ、スポーツなどを教える学校だが、その中で子供たちをまとめるキャンプリーダーにもなった。
無我夢中に、沢山の子どもたちを率いた経験は、現在の女将業に生かされている。
1987年(昭和62年)、浩子さんの父親が、売りに出されていた湯原温泉のホテルを購入する。
こちらが後の「八景」となる。
その当時は「湯原グランドホテル」と名乗っていたらしいが、父親がよくゴルフ帰りに「砂湯」に立ち寄っており、嫌が応にも建物が目に焼きついていたという。
そして、どういう因果か、その旅館が売りに出しているとの情報が入り、すぐに買取ったのだ。
湯原温泉で最もロケーションのいい場所で営業を始めたのだから、順調な滑り出しをするかに思われた。
しかしこの頃は、交通の便の悪さもあり(現在は米子自動車道・湯原ICが開通)、湯原温泉全体の人気は低く、華やかな歌謡ショーや大型集客の多かった湯郷温泉などの、他の温泉地の影に隠れているようだった。
若くして(23歳で)結婚していた浩子さんも、子育てのために週3日ほどの「通い女将」だった。
当然、従業員たちに自分の考えが行き届かない。
しかし、都会育ちの浩子さんも、時間が経過していくと、この魚が跳ねる清流と豊かな自然を持つ湯原のトリコになっていった。
子育てをしながらも、旅館業に全力を注ぎ始めたのだ。
1997年(平成9年)には、社長就任と同時に女将となり、「湯原グランドホテル八景」と改めた。
同時に大規模なリニューアルを敢行する。
特に印象的に変化したのは、ロビー・ラウンジ。
眺望はもともと申し分がなかったが、「もっと寛げる雰囲気を・・・」と考え、木をふんだんに使った、温もりのあるフローリング仕様とした。
暖炉も置き自然の火がゲストを和ませ、調度品やインテリア類もアットホームな設えとした。
日本旅館でもなく、高級ホテルでもなく、我が家のリビングで寛いでいるような雰囲気を創り出したのだ。
この頃より、日本海の海の幸中心だった夕食を、地の食材中心の料理にシフトチェンジする。
約50種の野菜、旭川で捕れたアユやアマゴ、地鶏や地酒などを使った、山里料理は、一躍注目を集めた。
綺麗な空気のもと育てられた“元気な野菜”が特に美味しいと評判になり、リピーターが続出していったのだ。
お客が増える一方で、温泉街の女将たちが開く月1回の勉強会にも必ず出席するようになり、湯原温泉全体の活性化にも努めた。
2000年(平成12年)には、屋号を現在の「八景」とした。
2003年(平成15年)には、屋上露天風呂「空の湯」改装、食事処「花ぐるま」を拡張、カウンターバー改装、露天風呂付特別室も完成させた。
2008年(平成20年)に、「空の湯」を貸切に出来るサービスを開始。
より一層、個人旅行者向けの宿になり、年々人気は増していった。
また、2006年(平成18年)には、ハワイ・オアフ島に料理屋「八景ホノルル」をオープン。
その活動範囲は、ついに海を越えた。
もちろん、料理長など柱となるスタッフは「八景」から派遣している。
ハワイの野菜と、美味しい日本食レストランとして、地元でも人気店となっている。
これを機に、女将の浩子さんは、行列のできるビュッフェ・レストランで有名な「まきの茶屋」の牧野社長と出会う。
「まきの茶屋」は、ハワイの地元新聞で3年連続ベスト・ビュッフェ・レストランに選ばれるほどの人気店。
“ハワイのレストラン王”と呼ばれる牧野社長は、2010年10月に、「マキティ」というビュッフェを新たにオープンさせた。
この「マキティ」はなんと、サンリオの“キティちゃん”と「まきの茶屋」のコラボレーションレストランだ。
そして、この夢のようなレストランの1ブースを、「八景」が担当することとなったのだ。
「まきの茶屋」らしいボリュームたっぷりのビュッフェに、「八景」の料理が彩を添えるのは間違いないだろう。

湯原温泉の「八景」に話を戻そう。
女将の浩子さんは、小柄ながら、とにかくよく働くという印象。
スタッフへの指示も手際よく、洋服にエプロンという装いで、接客も率先して前に出ている。
この規模の旅館になると社長はスタッフの後ろから見守るタイプが多いが、この宿の女将は自ら引っ張っていくタイプのようだ。
この積極性と明るさは、スタッフ全員に良い影響を与えているように感じる。
責任感と個性の強いスタッフが揃っており、いつでも社員募集をしているお宿には羨ましい限りだろう。
クールな正原料理長、ダンディなパティシエの馬越さん、明るいフロントリーダーの二司さん、夜でも明るいナイトフロントリーダーの山西さん、おねえ系の接客で人気の東郷さん、予約係の小林さん、インターネット担当の山本さん、底抜けに元気な仲居さんたち・・・
全てのスタッフが、“上塩浩子イズム”を体現しているようだ。
公式HP上に、多くのスタッフが写真+女将の解説付きで紹介されている。
ちなみに、公式HPの「おかみちゃんのそのまんまブログ」は、人気の女将ブログだ。
宿のブログにありがちな、「こんな花が咲きました」とか、「こんな限定プランあります」といった当たり前のものではなく、旅館業の哲学、田舎暮らし、子育て、政治まで、そのテーマは多岐に渡っている。
しかも、浩子さんらしい素直な視点や、歯に衣着せぬ意見がそこにはあり、単純に読み物として楽しめる。
公式HP上では、お得な宿泊プランも数多く用意している(2011年2月現在)。
まず、「宿のご飯は量が多い」という方のために、「2品すくなめ、ヘルシーな八景八品」プランがある。
平日限定のプランで、お一人様2,100円オトクとなる。その分プラス1,050円で、デザートを豪華にするスイーツ好きが、最近男女問わず増えているという。
また、“子育てを応援する”宿だけに、「赤ちゃん一緒の安心旅行」プランもご用意。
予約特典としては、
1・お部屋に赤ちゃんのおむつバケツ
2・調乳ポット
3・アイス最中券
4.赤ちゃんにガーゼのタオル
5.個室での食事
夕食は、月替わりの会席(スタンダード)・野菜尽くし・山菜たっぷりコース・地鶏と蒜山大根の味噌鍋、以上4つのコースからセレクト可能だ。
また、「お子様さぽーと」と題して、赤ちゃんや小さな子ども連れの旅行を手助けしてくれるサービスは多数ある。
赤ちゃん用の無料サービスは、オムツバケツ、温度調整機能付きポット、ベビーチェア・ハイチェア (お食事用)、ベビーバス(数に限りあり)、加湿器、大浴場のバスチェア、補助便座(数に限りあり)など。有料のサービスでは、手作りの離乳食、赤ちゃん用寝具、オムツなどの用意がある
子ども用の無料サービスは、ハイチェア(お食事用)、各種アニメ・映画などのVHS・DVD(客屋にデッキあり)、トランプ・UNO・かるた・コマなどのおもちゃ(客室にレンタル可)、オセロ、絵本など。有料のものとしては、手作りのお子様会席やお子様ランチ、お子様寝具などがある。

この宿の客層は幅広い。
ロビーでゆったりと浴衣を着て寛いでいる中高年のご夫婦や、小さなお子様連れのファミリー、20代そこそこの若いカップルも見受けられた。
しかも年齢層が違っても、それぞれの客層に満足できるサービスをこの宿は提供しているものと確信した。
館内の一角には、お客と女将と一緒に撮った記念写真が掲示されていた。
じつは毎日のようにお客からお礼の手紙が届き、その中には写真が同封されていることが多いのだという。
これだけ、お客に愛されている宿は、なかなか見たことがない。
この宿の最大の魅力はギャップにある。
この規模の旅館にして、この充実した施設にして、なぜかアットホームな家庭的な匂いのする宿、というギャップなのだ。
少し、人の温かみに触れてみたくなったら、こんな宿の選択もあるんだなと改めて思う。
「八景」が、湯原随一の繁盛宿と言われる理由はここにある。
1998年(平成10年)、社長就任の翌年に離婚した女将・浩子さんでも、3人の子供に恵まれている。
長女は、今では女将のサポート役として宿の裏方を取り仕切っている。
下の弟2人も、元気に学生生活を謳歌しているという。
どこの旅館の女将さんもそうだが、子供がまだ小さいころ、子育てに悩む事が多いと聞く。
浩子さんの場合、お子さんを、実家の兵庫県・芦屋に預けていたので、常にいっしょにいられないという寂しさと戦ってきた。
GWや、夏休みに、家族旅行でこの宿を訪れる客は多い。
その中で、自分の子供と同じくらいのお子さんを見かけると、涙ぐむことも多かったという。
しかし、それ以上に、彼女は忙しい中、時間を見つけては、芦屋に帰り、家族団らんの時間を作った。
そして、宿に訪れるお客に対しても全力投球で接した。
この彼女の頑張りに、スタッフは引っ張られ、現在、繁盛宿として知られるようになったのだ。
その他、彼女は、ここ数年、経営者として大きな苦難も経験し、しかしそれも乗り越え、今の「八景」という宿がある。
子育て、宿の経営と、2つの「大事」をこなす彼女は、笑顔がとても似合う。
その人懐っこい笑顔に、常連客は年々増えていくようだ。
人は、苦労を知れば知るほど、優しくなれるし、強くなれる。
宿も同じで、これからの「八景」の進化も楽しみだ。
浩子さんの兄弟(姉妹)は、彼女を含めて、みんな女の子だった。
亡くなったお父さんは、男性ならば、不動産業を継がせたかもしれないが、それは女性には不向きだと考え、浩子さんには旅館を残してくれたと聞いた。
それを彼女は、父親が残してくれたステージとして考え、仕事をしているかどうかは分からないが、彼女を見ていると、「女将業」が天職のような気もしてくる。
やはり、父は娘の事はよく知っているということか。
そんな家族愛をも感じさせてくれる宿が「八景」なのだ。(J)