首都圏より、伊豆急行線直通の特急「踊り子」で約2時間半。車でも、東名高速道路・小田原・厚木ICより2時間ほどの距離にある熱川温泉は、江戸城を設計した太田道灌により発見されたという開湯伝説が残される、東伊豆の中でも由緒ある温泉地の一つ。温泉街は、なだらかに傾斜していく山肌に沿って形成され、一つの街でありながら表情の異なる山側、内陸部、海側にそれぞれ旅館が林立している。また、豊富な湯量と源泉の温度が100℃に近い高温であることでも知られており、街の至る所にある「源泉やぐら」からは湯煙が立ち昇る情緒溢れる姿が、訪れる観光客の目を楽しませている。
「熱川館」は熱川温泉の海側に位置する7軒のお宿の内の一つ。道路を一本挟んだ向こう側は、夏場には海水浴に訪れる多くの観光客が集まる「熱川YOU湯ビーチ(熱川温泉海水浴場)」がある。また、その脇から伸びる堤防の突端や海水浴場は実は釣りのスポットとして地元では有名で、キス、鯵、平目、鯖などを釣ることができるそうだ。実際、取材日にも多くの釣り客を見受けることができた。
現在、観光だけでなくレジャー目的でも多くの人が集まるこの地に「熱川館」が誕生したのは昭和11年のこと。木造2階建て、4部屋のみの旅館からスタートしたそうだ。残念ながら資料が紛失してしまったそうだが、旅館の創世記には日本人の誰もが知るような文豪が訪れることもあった、熱川温泉の中でも由緒ある旅館の一つに数えられている。
現在の鉄筋コンクリート7階建ての旅館になったのは、先代社長時の平成2年のこと。その建物の7階を2006年に、また、意匠の異なる4つの貸切風呂を2007年12月にリニューアルにより登場させ、現在の姿に至る。
館内に足を踏み入れると、1階、2階を吹き抜けにしてつないだ開放感溢れるロビーラウンジ「花あかり」だ。海側に建つお宿らしく、大きな窓が配されており、どこに座ってもオーシャンビューを楽しむことができる。気象条件が整っていれば、伊豆七島の姿も確認することができる。早めに到着してしまった場合には、ロビーラウンジ「花あかり」の奥にあるコーヒーコーナー「海燕」で一息つくのも良いだろう。
客室は館内に全部で39室ある。どの客室も海側に面しており、そして窓側には椅子とテーブルが配された広縁が設けられている。チェックインして、お茶請けをいただきながら海を眺める。どの客室からであっても、贅沢この上ないひと時を送ることができるだろう。
ここで階層ごとに分けられたタイプ別に客室をご紹介させていただく。
7階には「最上階客室タイプ」の9部屋がある。「旭日」710号室は特別室のため間取りが多少異なるが、それ以外の8つの客室は、和室10帖+広縁に檜の内風呂とトイレが配された間取りに統一されている。とはいえそれぞれの客室にコンセプトを持たせているので、客室内の設えには畳敷きもあれば、琉球畳もある。広縁に設けられた椅子とテーブルも、ソファーであったりログチェアであったり様々だ。なお、客室のコンセプトの詳細や、広縁の姿は「熱川館」の公式ホームページでも紹介されているので、興味のある方は是非チェックしていただきたい。
4、5、6階の客室の間取りは、和室10帖+椅子とテーブルが配された広縁に内風呂とトイレが配された間取り。どの客室の設えも大差はないが、少しでも高い階層のほうが良い景色が眺められることから、予約はやはり上層階から埋まってゆくようだ。
人気の貸切風呂の他にも、館内には露天風呂と内風呂が配された男女別の大浴場がある。内風呂は、湯舟の周囲が180度大窓に囲まれているので、お湯に浸かりながら刻一刻と表情を変える海の姿を見据えることができる。内風呂から外に出ると、そこには岩で周囲を囲まれた野趣溢れる造りの露天風呂がある。心地よい海風が吹き抜ける中、少し熱めのお湯で楽しむ湯浴みも風情があって良い。
これらのお風呂は14:00〜翌朝9:30の間であれば何度でも利用することが出来る。泉質はナトリウム・塩化物硫酸塩泉。源泉の場所が海に近く、少し硬い感じのするお湯を、じっくり浸かって肌にしみ渡らせてほしい。男女別大浴場は源泉掛け流し+循環を併用した温泉、男女別露天風呂は源泉かけ流しだが、源泉の温度が100℃にも達するほどなので、加水による温度調節がなされている。
では、取材時(2008年4月)の夕食をご紹介しよう。
今回いただいたのは「最上階美味選択プラン」の夕食。その名の通り、最上階客室の宿泊客がいただくことになる食事だ。新鮮な海産物をはじめとする伊豆の名産品がふんだんに用いられており、好評を博している。
食前酒は、地元の酒造メーカーに特注で作ってもらっている梅酒。程よい酸味と甘さがあり、非常においしかった。
先付けには、辛味と酸味が一度に味わえる中伊豆名産の「山葵の茎の酢漬け」が出された。お酒を嗜む方ならば、酒のアテに最適だろう。
前菜には、尼鯛の西京漬の網焼き、焼いた帆立にマヨネーズを乗せたもの、細根大根が並んだ。味噌をつけて手づかみでいただく「細根大根」が特に印象に残っている。
お造りに並んだのは、旬の地魚。地アジ、カンパチ、イカ、甘海老が取材日には盛り付けられていた。料理長自らが稲取や河津の河岸に出向き、その目に止まった新鮮な素材しか用いないため、日々種類が変わることを追記しておく。
伊豆に旅行に行った際に最も期待する料理であろう「鮑料理」と「伊勢海老料理」が両方味わえるのが、このプランの特長の一つ。
「鮑料理」は、公式ホームページから予約を取った場合に限り、その調理法を「お刺身」、「バター焼き」、「踊り焼き」の3種類から選択することができる。2人で訪れる場合、別々の調理法で選択すれば、新鮮な鮑を2つの料理で味わうことができる。
同様に「伊勢海老料理」の調理法も、公式ホームページから予約をした場合に限り選択することが可能になる。メニューには「お造り」と「鬼瓦焼き」の2種類あるので、2人で訪れる場合は別々の調理法を選んでほしい。
進肴は、社長の同級生が地元熱川で育てる、希少価値の高い無農薬豚「熱川ポーク」を用いた「豚の角煮」。柔らかいが歯ごたえも残されていて、非常においしかった。なお、部屋食でも暖かい状態で食べられるように、陶板で温めるスタイルがとられているのが嬉しい。
揚げ物は、剥き海老を進上にして、湯葉で包んで揚げた「進上揚げ」。保温器に盛り付けられているので、部屋食でも暖かい状態でいただくことが可能となっていた。
煮物は、伊豆の名物の一つである「金目鯛」を煮付で。金目鯛は、稲取で水揚げされた新鮮なものを用いている。程よい甘辛さの味付けも秀逸。
酢の物は季節によって献立が異なる。取材時は、「目光の南蛮漬」だった。添えられたきゅうりや玉ねぎと一緒にいただきたい。
留椀の「お吸い物」、なすと白菜の「一夜漬け」、お食事の「白米」が一緒に出される。白米に掛けられているのは「山葵のふりかけ」。出される料理を一品ずつ完食してしまっていても、白米をおいしくいただけるように配慮してくれている。
最後の水菓子には料理長の手による自家製デザートが出される。取材日は牛乳とココナッツミルクをカクテルで混ぜ、ブルーベリーソースが掛けられたプリンと、社長の同級生が育てる「紅ほっぺ」という苺が添えられていた。
朝食には、売店で販売されている「夏みかんサワー」、湯豆腐、カレイの陶板焼き、生姜醤油でいただくイカ刺し、イカの塩辛、ひじきと大豆の煮物、蕗味噌、しらすおろし、「プチマリン」という海草の入った大根サラダ、大川の地玉子を用いた温泉玉子、浅利の味噌汁、白米という、非常にバランスの取れた献立だった。
お酒をもう少し嗜みたい方や、グループで盛り上がりたい方には2階にあるバー「カメリア」がおすすめ。少し体を動かしたい方は、同じく2階にある卓球場に足を運びたい。老若男女問わず気軽に楽しめる卓球で一汗かいてからの湯浴みは、至福のひと時になること間違いなし。フロントでの予約が必要になるので、利用する時間帯をあらかじめ決めて、予約を取っておくと良いだろう。また、小さなお子様連れの方は、同じく2階にあるゲームコーナー「コスモス」を訪れると良いだろう。子供と一緒に楽しむスロットマシンは、コミュニケーションの手段として最適だと個人的には思う。
また、歩いて2分ほどでたどり着くことができる熱川の温泉街へ出向くのも良いだろう。「スマートボール」や「射的」など、童心に帰って楽しめるゲームが出来るお店が立ち並んでおり、ご夫婦でもグループでも楽しむことができるだろう。また、居酒屋やカラオケなど、二次会に使用できる店舗もあるので、お酒がたくさん飲みたかったり、大人数で騒ぎたい際には、街へ繰り出すのが最適の手段とも言えよう。
チェックアウト前には、1階にある「おみやげ処」へ立ち寄ることを忘れずに。ここでは、伊豆の銘菓や海産物、伝統工芸品など、どれを購入したら良いのか迷ってしまう程、多くの種類のお土産品が取り揃えられている。お土産を選らぶ際の参考にしたいのが、人気のお土産5品の紹介文。女将さんをはじめ、お宿のスタッフが顔写真付きで商品の解説をしてくれていて、中を見ずともその詳細が分かるようになっているのだ。朝食で出た「夏みかんサワー」やお茶請け菓子の「花とりどり」も人気のお土産。人気のお土産には女将さんをはじめとするスタッフが書いた紹介文が添えられており、思わず手にとって読んでしまう。
現在、旅館の運営を先頭に立って行っているのが、昭和49年生まれの4代目取締役稲葉旨美氏だ。大学卒業後、東京のホテルで働いていた彼が宿へ戻ってきたのは28歳の時だったそうだ。その経験を活かし、純粋な和風旅館にホテルの良いところを取り入れると同時に、スタッフに新しい風を吹き込んでいる。今後、彼の手により生み出されてゆくだろう進化した「熱川館」の姿が、今から楽しみでならない。
熱川館に泊まるならば、最上階の7階客室をおすすめする。相模湾の水平線が曲線を帯びていることが実際に確認できる大パノラマの景色を眺めることができるからだ。このフロアの客室の窓側には、一室一室にデザインの異なる座り心地の良い椅子が配されている。そこに座って、雄大な海と寄せては返す白波を見ていると、大げさに言えば「地球も生きている」ということを、改めて実感することだろう。この目線の高さと海の間近さは、日常生活の中では体験できない眺望であることは確かだが、それが当たり前に備わっているのがこの宿なのだ。晴れた日の穏やかな海だけでなく、雨の日の暗い海や冬の荒れた日に舞い上がる白い波しぶきなど、同じ海とは思えないほど様々な風景が用意されている。
ガラス越しに眺めることができる自然の激しい風景と、考え得る最適のくつろぎ空間が客室に用意されている。仕事に追われる現代人にとって、こういったお宿でリラックスするゆとりある時間こそが、日々の疲れを癒す薬となってくれるはずだ。(J/NS)