北アルプス(飛騨山脈)を中心に、長野県、岐阜県、新潟県、富山県にまたがる中部山岳国立公園は、大雪山、阿寒、日光、阿蘇と並び、1934年に、日本で最初に登録された国立公園だ。富士山、北岳に次いで、日本で3番目の高さを誇る穂高岳(3,190m)や5番目の槍ヶ岳(3,180m)、立山、黒部ダムなどを擁する広大な、かつ圧倒的なパノラマは、日本人だけでなく世界各国多くの人々の心を奪う。
この奥穂高を源流に持つ清流、梓川の上流域、標高1500メートルの地に広がるのが、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)にも指定されている上高地だ。大正池から横尾まで約10キロにわたり広がる堆積平野で、高原にしか見られない豊かな植生と清らかな水・空気、そして間近に迫る穂高連峰という光景が人気を呼び、年間200万人が訪れるという一大観光地だ。同時に、穂高登山の玄関口となることでも知られ、軽装のハイキング客に混じり、大きな荷物を背負った本格的な登山客も多く見られる。
登山という文化のなかった日本にあって、その魅力を伝えたのは明治期に訪れた外国人であった。上高地にその碑が掲げられる宣教師、ウォルター・ウェストンもその一人で、「日本アルプス」の命名者としても知られている。彼が白馬登山をした1905年頃から、海外にもその美しさが知られ始め、逆輸入された形で日本人にもレクリエーション・スポーツとしての登山が広まった。以来、ここ上高地に脚光が集まり、同時に観光地としての道も歩み始めたのである。年々観光客は増加し、昭和50年には混雑緩和と自然保護の名目で、ハイシーズンの7・8月はマイカー規制がなされた。それも平成8年には通年規制となり、開山期にはふもとから観光バスかタクシー、冬の閉山期には徒歩でしか入域できないようになった。
沢渡(さわんど)はマイカー規制開始以来、上高地に最も近い一般駐車場のある、いわばベースキャンプ的な役割を果たしてきた。車で来た場合にはここの駐車場に車を預け、バスやタクシーを利用して上高地へと踏み入る。かつて江戸幕府の御用林であった上高地から、切り出した木材を中継する地としての歴史を持ち、また信州と飛騨を結ぶ宿場街でもあったというこの地。これまでは民宿やペンション、食事処や小さな商店が数軒あるのみの、観光客が通過するだけの小さな集落であったが、平成10年、奥飛騨へ通ずる安房トンネル掘削の際に、約7キロ離れた中の湯からパイプを引き、新しく温泉地として生まれ変わった。現在では駐車場手前は「湯の郷公園」として整備され、無料で利用できる足湯が設けられ、通りすがる旅人に好評を博している。
600台収容が可能な、広大な市営駐車場の外れ、梓川のほとりにぽつんと建つ旅館がある。「渓流荘 しおり絵」と名付けられたこの全8室の小さな湯宿は、平成15年の誕生とまだ新しい。上高地のシーズン(開山期)にはこの駐車場をぐるりと迂回し、川沿いの細い道を抜け専用の駐車場に到達する。門を抜けなだらかな石段を上ると、あたたかみある木の風合いのロビーへと至る。ベンチに腰掛け宿帳に記載していると、女将さん手づくりのクッキーと蕎麦茶がふるまわれた。
全8室ということもあり、コの字型の館内もコンパクトにまとまっている。施設はロビーを中心に、左手にマッサージルーム、男女別大浴場と貸切風呂。右手にフロントと、地元工芸品である深山織(みやまおり)の製品や地元の主婦が製作したというネコグッズ、地元名産の食品などが並ぶ土産物コーナー、そして食事処という構成だ。ロビーや廊下には窓が大きく取られ、中庭からこぼれる明るい陽射しが館内に満ちる様子が感じられるだろう。
特徴的なのが男女別の大浴場。女湯が「長女のぞみの湯」、男湯が「次男つかさの湯」と名付けられたこれら露天風呂は、岩に覆われた洞窟の様相。4〜5メートルあるこのトンネルを抜けると、山の緑が目に美しい露天風呂に至る。男女で左右対称、ほぼ同じ広さで、大人でも10名以上は入れるほど。洗い場とは扉で仕切られており、寒い冬でも安心して身体を洗うことができるのはありがたい。利用時間はチェックイン〜23:00、6:00〜10:00。夜間は施錠され、利用することができない。
客室は、1階の4室が露天風呂付き客室、2階の4室は一般客室となっている。露天風呂以外の間取りは8室ともほぼ同じで、10帖の和室にチェアが2脚置かれる広縁、書斎コーナーと、洗面室、トイレという構成。壁にテレビや金庫、電気ポットやコーヒーメーカーが収納されており、すっきり広々とした印象が清潔感とともに感じられる。「みずばしょう」「にりんそう」「つがざくら」などといった客室名はどれもこの近隣に生える植物からとられており、中庭などにも植えられているという。ゆくゆくはこれらの草花でいっぱいにしたい、と女将は語る。
1階客室には坪庭に露天風呂が付くという利点があるが、2階客室の窓の外には山の緑を正面に見るという清々しさがある。取材は5月の終わり、窓の外に見る山の新緑は鮮やかで美しく、澄み渡った青空との完璧なコンビネーションを見せる。窓を開けると耳に入る梓川の水音と緑の薫りが、日常の喧騒を一気に忘れさせた。
積雪の少ないというこの地だが、しんと静まりかえる冬季などには、ロビー横の図書コーナーから本を持ち込み、滞在中に読破するお客も多いという。部屋にはこたつ(冬季のみ)とごろ寝用枕が用意されていることもあり、のんびりとするにはまたとない環境といえよう。
食事は1階の食事処でいただく。畳敷きの広間に小窓が設けられ、外に坪庭を望む。完全に区切られた個室ではないが、衝立で仕切られたプライベート感のあるブースが並んでいる。
上高地散策や北アルプス登山の入り口ともなっているこの沢渡という立地のみから、山の宿によく見られる“素朴な”料理を期待してはいけない。実に入念に仕込みがなされた献立は、若き三野誠料理長による創意工夫の賜物。大阪の割烹料理で修行を積んだという彼は、実はここで働き出すまで旅館で出す料理というものは作った経験がなく、当初は戸惑うことばかりだったそうだ。それを補うべく、休みの日には自らあちこちの旅館やレストランなどに赴いて食べ歩き、独学で“旅館の食事”を学んできたという。自身の舌で判断し、美味しいと判断したものしか出さない。また、客のアンケートには必ず目を通し、好みや趣向を分析して献立を決定している。食事をいただき、これらのこだわりは確かに活かされていると感じた。
型にとらわれない自由な発想で供される品々は、山の食材の素朴さはそのままに、繊細な味付けが印象的。見た目よりも味わいを重視し、シンプルな佇まいながら人の手の温もりがあるという、この宿の風情を象徴するかのような料理だ。取材時(2008年5月)は、やはり初夏の食材が並ぶ献立。
一品一品実に丹精に手をかけた品々が並ぶ七種盛り。串に刺さっているのは、ほど芋の磯辺焼き。柿の種を砕いてまぶし、揚げたかますの柿餅揚。香りの高いみずのゴマ和え。山葵がのせられたあぼかど豆腐。天魚(アマゴ)の南蛮酢漬け。貝殻の上に載せられている身巻き蛤の黄味焼は、生の蛤を昆布ダシでやわらかくした鱧のすり身で包み込んでバター焼したものを、黄身と塩コショウでロウ焼にしたもの。パプリカとドライパセリを焼き付けて、香ばしさと色合いを加えた。干し無花果チーズのせは、無花果の甘みとしっとりとしたクリームチーズの酸味が絶妙の相性だ。食前酒のカリン酒とよく合う。
おつくりは、中庭の池で遊泳していた大鱒をさばいたもので、新鮮そのもの。引き締まった身の旨みをそのまま、すぐにいただけるのは何とも贅沢といえよう。長いもかんが添えられる。
旬椀には生湯葉金目鯛の澄まし仕立て。木の芽、エビ、蓬豆腐、菖蒲(あやめ)に剥いた山独活、じゅん菜が浮かび、涼しげな印象だ。
焼き物は岩魚の香草焼。地物のセロリやパセリなどのハーブを使い、香ばしく焼き上げたもので、川魚の臭みが苦手な方でもすんなりと楽しめる味に仕上げられている。季節によって柚子香草焼であったり、木の芽焼であったり、梅花焼き、うるか焼など様々なレパートリーを楽しめる。
凌ぎ物には女将の手打ち蕎麦。これはオープン以来続けているという品だ。乗鞍高原のお蕎麦屋で教授してもらったというもので、北アルプスの綺麗な水で育った、旧奈川村のそば粉をブレンドした二・八蕎麦が振舞われる。
地物、信州牛のサーロインステーキは辛コショウ味噌焼き。辛コショウとは地元の方言で、青唐辛子のこと。青唐辛子のさっぱりとした辛味が、肉の濃厚な味を邪魔せず、また量も多くないためすんなりといただける。
小菜には、若菜エンドウのおひたしに数の子の真砂和え。丁子茄子が載せられる。新芽独特の濃厚な香りが口の中に広がる。
揚げ物の山菜の天婦羅は、近所で自生しているものを女将はじめスタッフが自ら山に赴き、摘んでいるという。この日お皿に並んだのは、岩人参、いら草、山椒、にわとこ。山椒をあえた素塩につけていただく。
季節ご飯として、新じゃがとアスパラご飯が出される。塩味と出汁で炊いたご飯にバターを混ぜて塩蒸しした新じゃがとアスパラを混ぜたもので、これを目的に来るお客もいるとか。これまで全体的に少なめの量であったが、おかわりも用意されているこのご飯で空腹を調節できる。また、夜食用にこのご飯でおにぎりを握ってもくれるので、さっぱりとして胃もたれのない、初夏を感じさせるさわやかな味わいをたっぷりと堪能できる。もちろん季節によって具材は異なり、レパートリーも数多く用意しているというから、ご飯にうるさい日本人でもきっと満足のいくものをいただくことができるだろう。
甘味物としては、冷やしぜんざいと本日の果実。バニラアイスと小豆、そしてそば煎餅という和風のいでたちだ。フルーツはこの日、オレンジとイチゴという甘みと酸味のバランスよいものが出された。
上品に盛り付けがなされた品々が並ぶ朝食も、手が込んだものだ。
卵料理は、温泉卵、卵焼き、ゆで卵、生卵から選ぶことができる。
虹鱒の焼真丈、これはしょうがや青ネギなどを混ぜたもので、よく絡み合う信州味噌にニラの香ばしさが加わる。各部屋ごとに土鍋で炊いた炊きたてのご飯は、信州松本平産のコシヒカリ。乾燥の際に機械を使用しない天然仕上げされたものだ。味噌汁には旬の独活、ワカメ、葱が入る。
じゃこ煮、山クラゲのおかか和え、塩鮭、ワラビトロロと長いもトロロの二層仕立てのもの、醤油で乾煎りしたピリ辛のコンニャクが長皿に並ぶ。その他にも、エゴマ豆腐の湯葉あんかけ。若鶏、茄子、男爵薯、パプリカの南蛮煮。これらに、野菜ジュース、オレンジが添えられる。
風光明媚、かつ静かな立地。都会の喧騒や洗練とは対極にあるこの地にあって、このお宿の醸し出す雰囲気は必ずしも、“素朴さ”、“田舎らしさ”という言葉に形容されるものばかりではない。三野料理長による料理に代表されるように、原材料は山のものながらそれ一辺倒でなく、口に入れて初めて分かる洗練された味わい。スタッフの対応も、山の宿によく見られる素っ気無さはなく、かといってベッタリとした至れり尽くせりスタイルでもなく、さりげなく客の意向を汲みとる控えめな配慮が際立つ。この宿に通底しているのは、人の手が加えられた事によるあたたかみである。
宿のイメージづくりを主導する女将と、それをサポートするスタッフ、彼らひとりひとりの手によって、一針一針紡がれるようにして大切に作られたこのお宿。各客室に置かれる、当日のテレビ番組表の裏にプリントアウトされた現地の天気予報。女将によるイラストが描かれているお品書き。食事中に行われる布団の上げ下ろしの際には、手書きのメッセージが部屋に残され、朝食から部屋に戻るとモーニングコーヒーがセットされている。チェックアウトの際には、手づくりの押し花しおりを宿泊の記念にプレゼントしてくれる。宿泊中に至るところで感じられるスタッフの息遣いは心地よく、それはリピーターの多さに表れているといえよう。
公式ホームページを見るとわかるが、実に手づくり感あふれる構成となっている。この宿を気に入ったリピーター客の一人から、タダでもいいから作らせて欲しいという申し出もあったそうだが、それでも女将は、「大変に有り難いことですし、それに金をかければ見た目も良くやってくれるところはいくらでもあるけれど、自分たちの宿を伝えるものだから、自分たちの手で作っていきたいんです」と語る。あえて華美に見せることもない、手の込んだ演出も狙わないこのホームページは、やはりこのお宿の佇まいを端的に現す、象徴的なものといえるかもしれない。
たしかにここ沢渡は、上高地見学には絶好の立地にある。だが、上高地のことも知らずにここへ訪れるという宿泊客も多くいるという。これは女将もまったく予期していなかったことだそうだ。オープン当初はさほど宣伝もせず、人づて、口づてに宿のうわさが広まり、地元誌に紹介され、全国誌にも取り上げられるようになり、徐々に客室稼動率も上がってきたという。
この宿は、女将のキャラクター通りに、真面目さが全面に出ていて、それが宿のキャラクターになっているような気がする。長い歴史を誇る老舗旅館のような、重厚な雰囲気はもちろんないが、フレッシュな空間と閑静な環境は、それ以上に魅力的だ。惜しむらくは、もう少し艶っぽさが欲しいくらいで、しかしながら、温泉、料理、客室とも相当なポテンシャルを内包していると感じる。そして、この宿の印象的なところは、宿全体に感じる清潔感である。とにかく掃除が行き届いている。ロビーの床も光り輝いている。そんなところからも、女将のポリシーを垣間見れる。それは客への”優しさ”として伝わってくる。上高地のすぐ近くの山里に、こんなに“優しい”宿があったのかと、嬉しくなってしまった。上高地観光が目的でないならば、私個人としては静かな冬の季節をお薦めする。なぜなら、冬の厳しい季節だからこそ、この宿の”優しさ”が骨身にしみることが実感できそうだから。
「しおり絵」は、険しい山峡の地にやっと見つけた、オアシスのような湯宿であっ
た。(J/eb)