神秘的な響きのする"昼神"という地名は、はるか昔の神話に由来している。
日本武尊がこの土地を通ったとき、山の神がいらずらに白鹿に姿を変え道をふさいだ。日本武尊は口に噛んでいた蒜を鹿に投げ付け退治した事から、この道を通るときは蒜を噛むことが風習となり「ヒルガミ」と呼ばれるようになったとか。
南信州の静かな山奥まで来ると、緑の息吹が一段と濃く感じられ、日本古来の神々の存在さえもなぜか親しみを感じてしまうから不思議だ。実際このあたりは、古くから伝えられてきた神々への信仰が色濃く残されている。
一方で「昼神温泉郷」が誕生したのは、昭和42年。トンネル開発中に温泉が湧き出ることがわかり、温泉街として発展していった。温泉郷としての歴史は意外にも浅いのだ。
現在は19軒の温泉宿が軒を連ねている。その中で「日長庵桂月」は昭和62年に産声をあげた。8月下旬の取材時には、4階建ての堂々とした外観から入ると、可憐な青い朝顔とかわいらしい鈴虫の鳴き声が出迎えてくれた。
夏場、桂月の庭を飾ってくれるのは「ヘブンリーブルー」という西洋あさがお、昼神温泉郷全体で花を増やそうと咲かせているそう。そしてロビーの鈴虫は、夏場だけの宿泊特典として宿泊客につがいでプレゼントしている。
そんな演出で出迎えられたロビーは吹き抜けで自然光があふれる広々した空間だ。フロントのほかに、売店や大浴場の入り口がすぐにあり、温泉旅館らしい雰囲気が漂っている。
ロビーには、いくつかの書が飾られていた。よく見てみると書き手は松林桂月(まつばやし けいげつ)。1876年山口県萩生まれで、後に南画界の重鎮となり1958年に文化勲章を受賞した人物である。
実は松林桂月は若いころ、「日長庵桂月」の先代のところで寝泊まりするなどお世話になっていたそうだ。後にその才能が認められてから、先代へ当時のことを懐かしみいくつかの書を贈ったそうだ。館内には、松林桂月の書や先代に宛てた貴重な手紙などが展示されている。
その松林桂月が、伊那谷の風景を読んだ漢詩が「山静かにして太古のごとく日長くして少年に似たり」であった。そこから「日長庵 桂月」という名が生まれたのである。
ちなみに館内には松林桂月の書や画、そして手紙をはじめ、他にも美しい骨董の器などが展示されている。数多くあるため、ロビーだけでなく一部の客室にも展示している。
そういった書などに興味があるお客さんなどはチェックアウトが終わったあと、「他の客室に飾られている書もぜひ見たい」と言い、まるでギャラリーのように館内をまわったそうだ。
「日長庵桂月」の客室は全部で20室。
そのうち4階の「藤野」と「萩野」は、露天風呂付きの特別室となっている。
それぞれほぼ同じ部屋の造りにはなっているが、407号室の「萩野」には本間とは別に2帖ほどのスペースがあり、荷物を置いたり、化粧や身支度をする空間として使える。
客室専用の露天風呂は、24時間いつでも温泉が楽しめるようになっているのが最大の魅力だ。他にシャワーブースも設けられている。
テレビは32インチの液晶が装備されているが、スカイパーフェクTVに加入しているので、映画などが見放題なのも嬉しい。
4階の客室からは昼神温泉郷を眺めることができる。南信州の風を感じながら、のんびりとした街の雰囲気と同じようにゆっくりと流れる時間が楽しめるだろう。
また4階には、露天風呂付き特別室のほかに「時雨野」、「菫野」、「春日野」、「露野」(和室10帖〜12.5帖+2〜3帖のスペース有)と「嵯峨野」、「紫野」(和室10帖〜12帖)と、一般客室が6室備わっている。
それぞれ、同じように純和風の設えとなっており、すべての客室に古代檜を使った内風呂がついている。
支配人である小島嘉治さんも「木の温かさやぬくもりを感じてもらいたい」と語るように、湯舟や館内など随所に木が使われているのが特徴なのだ。
3階には「琴音」、「利休」、「貴船」、「葵」(和室10帖〜12.5帖+2帖〜3帖のスペース有)と「茜」、「織部」(和室10帖〜12帖)の一般客室6室がある。
こちらも同様に古代檜の内風呂が備わっている。
2階には「紫舟」、「京極」、「九重」、「白扇」(和室10帖〜12.5帖+2帖〜3帖のスペース有)と「千鳥」、「苫屋」(和室12帖〜10帖)で古代檜内風呂付の6室となっている。
客室には生花が生けられていたり、部屋によっては松林桂月の書や南画が飾られていることも。松林桂月の作品は、支配人曰く「季節によって架けかえるほど」たくさんのコレクションがあるそうだ。その他、客室には備長炭が置かれていたり、レトロな裁縫箱が置かれていたりと、心地よく宿泊できるように配慮されていた。
一般客室の18室は、無線LAN環境が整っている。ただし、電波の強弱があるので、インターネットを利用したい方は予約時に伝えておくのがいいだろう。
夕食は客室での部屋食か、2階にある中宴会場「四季亭」の個室でいただける。
「四季亭」の個室は1階ロビーの吹き抜け部分に面しているため、夕食時になるとロビーは宴の楽しそうな声で満ち溢れる。
4つあるそれぞれの個室からは吹き抜けを見下ろすように欄干があり、歌舞伎の客席を思わせるような造りになっている。
中は和室だが、座敷として使うのではなく、テーブルと椅子が置かれていた。
長時間座るには楽で居心地がよく、和室にテーブルがあるのも大正時代を彷彿させる、粋な雰囲気だ。
夕食は、月替りで献立が変わる。取材したのは「葉月」の献立。(2008年8月取材)
まず「食前酒」。こちらは長野県産のブルーベリーを使った自家製のブルーベリージュースを白ワインで割ったもの。フルーティーで香り高い。女性に好まれそうな味わいだ。
「先付け」は自家製の卵豆腐、フルーツトマト、そして地元、豊岡村で獲れた松茸を焼いたもの、美味汁。松茸は10月〜11月に旬を迎えるので秋の献立にはたくさん登場するようだ。
次の「前菜」は、目にも鮮やかな一皿。
焼きもろこし、穂高ささげ(いんげんまめ)胡麻よごし、白バイ貝生生姜煮、スモークサーモン黄身寿司、海老利休、紫芋羹、蟹真庄、黒豚竜田揚げ、山女魚のひらきの9品。色鮮やかで、思わずどれから箸をつけようか迷ってしまったほどだ。
「向附」は、信州桜肉花造りと遠山こんにゃく、茗荷妻、生姜。駒ヶ根の馬刺しは脂身が少なく、赤身が多いため食べやすい印象だった。 こちらは事前に希望すれば馬刺しを海鮮の刺身に変更することもできる。
「凌ぎ」は、冷おろし蕎麦、山菜、茸。
せっかくの長野での食事なので、蕎麦はしっかりと堪能しておきたいところ。こちらは飯田市の蕎麦屋から直接仕入れている。
「蒸し物」は、鱧しぐれ煮、たぐり湯葉豆腐、糸雲丹、ゴーヤ、生姜餡。
くずを練り、豆腐にしたものを湯葉でくるんだ一品。地物のゴーヤも美味。
「焼き物」は、地元で仕入れた半養殖の鮎塩焼き。自家製の葉唐辛子。串にさされ火をあてながら運ばれてくる鮎は見た目にも豪華。あつあつの身を思いっきりかぶりつこう。
「焚き合せ」は、冬瓜含め煮、蟹瓜浸し、素麺南京甘煮、焼き唐辛子、茄子麩。繊細なこの一皿。
そして「名物」の信州鯉の甘露煮、牛蒡。南信州、飯田市ではハレの席には欠かせないのが鯉料理であった。小骨が多く少しクセがある鯉だが、甘露煮にすると食べやすい。旨みがしみこんだ牛蒡も美味。
「替わり皿」は、ていざ茄子2色焼き。"ていざ茄子"は大きめの皿でもはみ出しそうなくらい大ぶりで驚いた。
茄子の半分は胡麻味噌でいただくが、もう半分はなんとキーマカレー風でいただく。
意外な組み合わせだが食べてみると、なるほど、茄子のジューシーさも相まってピリっとしたカレー風味が一段と風味豊かに感じられる。
純和風のメニューが続くなか、料理の中盤でこうした変わり種が出てくると、飽きがこなくてちょうど良い。
ちなみに「日長庵桂月」にはカレーにとっておきのエピソードがある。実はその昔、飯田市で初めてカレーを出したのが「桂月」の先代であった。当時は"ハイカラ"だったカレーライスをいち早く飯田市に広めたとして話題になった。
ちなみに、専務の小島嘉之さんも大のカレー好き。個人的に作るカレーは「専務のカレー」としてお得意さんに配ることもあり、大変好評だそうだ。ぜひ「日長庵桂月」の正式なメニューとして登場する日を期待している。
「強肴」は、信州黒毛和牛の石焼き。
ベビーコーン、パプリカ、椎茸、舞茸などの野菜と一緒に濃厚な味わいのお肉をいただく。ジュウジュウと実に威勢のいい音をたてながら運ばれる黒毛和牛。美味しそうな香りはきっと吹き抜けから1階のロビーにまで届くのではと思うほど、部屋はジューシーな香りで満たされた。
最後に「止め椀」としてナメコ汁、長野県産こしひかり、野沢菜漬けが出てくる。
近くにある清内路の峠にある漬物屋さんから仕入れている漬物。店には常時100種類ほど置かれておりお土産としても人気だそう。「日長庵桂月」の売店でも野沢菜漬けなどを販売している。
最後の「水菓」は、季節のフルーツの盛合せ。色とりどりのフルーツと一緒に一切れのレアチーズケーキがあった。果物の酸味に濃厚なレアチーズが絶妙にマッチしているこちら。季節ごとに変わるフルーツと一緒にケーキの内容も変化しているそうだ。秋にはりんごや桃のコンポートも登場する。このケーキを作っているのは飯田市にあるイタリアンレストラン「ピエヌー」のシェフが「日長庵桂月」の料理にあうように作っているそうだ。ちなみに「ピエヌー」は桂月支配人、小島嘉治さんの息子さんがオーナーシェフを務めているそう。
客室の夜食としておにぎりが用意されている。さっぱりとした漬物といただくシンプルな焼きおにぎりは、一風呂浴びたあとにちょうど良いボリュームだ。
また朝食は大宴会場でいただく。 取材日の献立はご飯、味噌汁、サラダ、漬物、じゃこときゅうりの酢の物、高野豆腐の卵とじ、きんぴらごぼう、烏賊刺しとこんにゃくみそ、焼き魚、のり、リンゴしそ巻、お達者豆、冷奴。純和風でボリューム満点の朝食だ。
数多い宿泊プランの中に「グルメプラン」がある。
これは秋限定のプランで、「幻の村沢牛が食べられる」という内容のものだ。村沢牛とは、信州阿智村の村沢勲さんが育てた黒毛和牛のこと。牛にストレスを与えないように畳の上で飼育するなど、変わった方法で育てられた村沢牛は大変な人気となり、現在は京都の一部の食肉業者でしか取り扱いされていない。そのため地元の人間でさえ"幻の牛"と言うほどの高級食材を「日長庵桂月」で味わえるとあって話題になったそうだ。長野県知事も村沢牛を食べにここへ訪れたそう。
"割烹旅館"と言われる「日長庵桂月」。
実はこの旅館の母体は、飯田市にある割烹「旬味処しょうらく」。飯田市では老舗で格式ある名店として多くの人に愛されている。
それゆえ、料理はこの宿の顔のようなものだ。月替りの献立は、季節感に溢れた内容となっている。また全体的に刺身など海鮮類が少ないのも南信州料理の特徴。地元で獲れた山の幸を中心に献立がたてられている。
料理長は松井日出男さん。彼も飯田生まれで、南信州の美味しい食材を知っている料理長だからこその料理、ぜひご堪能あれ。
専務の嘉之さんが「全国でも有数のお湯」と自慢する昼神のお湯は、単純硫黄泉(アルカリ性低張性温泉)。ゆっくりとお湯に使っていると薄いベールが肌を包んでいるかのようになめらかな湯が楽しめる。こちらには露天風呂付の大浴場「青嵐」と「香梅」の2つがあり、チェックインをしてから夜20時を境に男女が入れ替わるようになっている。ロビーから向かって右側にある大浴場には「観月湯」という少し広めの露天風呂があり、脱衣所もこちらの方が少し広くなっている。夜20時から、広めの大浴場が女性用に変わるのは、「男性はチェックインされてからすぐに温泉を楽しむ方が多く、女性はお化粧を落とした夜のほうがゆっくり出来るから」という専務、嘉之さんの計らいでもある。
湯上り後も肌のしっとりとした感触が続く、昼神のお湯。「桂月」の客からは"美人の湯"や"若返りの湯"と呼ばれ親しまれてきた。事実、この温泉に入り続けている専務、嘉之さんは実際の年齢がちょっと想像つきにくいほど、若く見える。昼神の湯が持つ"若返り効果"は専務、嘉之さんを見てご納得いただきたい。ちなみに公式ホームページには「専務の部屋」があり、こちらで専務のプライベート写真が閲覧できる。ご本人曰く「ずいぶん若いときのモノですから」との事。ご参考までに。
「日長庵桂月」の玄関には男性用、女性用、子供用とたくさんの下駄が置かれている。もし時間があれば昼神温泉郷の、のんびりとした雰囲気を浴衣に下駄で散策してみてはいかがだろうか。昼神では温泉街全体で、「できます宣言」なるものを実施している。
この看板が置かれている宿では、お手洗いを貸したり、道案内をしたり、傘を無料で貸出すなど、町を歩く人々に親切に振舞おうという取り組みである。もちろん「日長庵桂月」も参加しており、上記サービスの上にロビーでくつろいでもらえるよう、お冷のサービスしたり、夏場は鈴虫のつがいをプレゼントしている。
その他「星いくつ?」という投票も昼神の街全体で実施している。これは実際に宿泊した客がその宿の評価を星の数で評価するというもの。料理(朝・夕)、接客、部屋、清潔感などの項目に分かれている。集計結果は「昼神温泉観光局」のホームページ内で発表されているので、これから宿泊する人には宿を選ぶ判断材料として活用できるであろう。この情報は不定期に更新されている。こうした宿泊客の声に耳を傾け、満足度の高いサービスを実現できるよう街の取り組みは続いている。
散策をするなら、ぜひオススメしたいのが「朝市広場」だ。これは昼神温泉郷で毎朝、朝市が開催されており、地元で獲れた新鮮な野菜や果物がずらりと並んでいる。他にも手作りのケーキや人気の漬物など、お土産物を探すのにはもってこいだ。ただし、朝市は6時〜8時までの開催(11月〜3月は6:30〜8:00)。早起きすることが必須となるのでご注意を。宿から朝市広場へは近道があるので、フロントで地図をもらってからでかけよう。
またこの宿周辺では、天竜川や伊那谷など美しい自然や見所がたくさんある。少し足を伸ばして、南信州の魅力を思う存分味わってほしい。近辺の情報は「日長庵桂月」のホームページにも一部掲載されているので参考に。これらは専務の小島嘉之さんがまとめたもので、観光情報だけでなく、町の美味しいお蕎麦屋さんや、ラーメン屋さんなど地元ならではの情報も載っているので便利だ。
館内にある売店には信州らしいお土産が揃う。昼神温泉オリジナルの「蒸しきんつば」や、素朴な味わいの「柿づくし」、「招福豆」、「りんごしそ巻」など。野沢菜など漬物は近くの清内路のものが販売されている。
"美人の湯"と言われる昼神温泉の源泉を100%使った「温泉ミスト」も女性へのお土産として喜ばれそうだ。無添加なので肌が弱い人でも安心して使える。
長野県産のワインも、いいお土産になるだろう。長野県には「原産地呼称管理制度」なるものがあり、地物の生産物に対して内容の優れたものだけを認定しているというものである。たとえば長野県産のワインでも、同じワイナリーで、同じ種類であっても出来の良い樽にしか認定がおりないほど厳しいもの。だからこそ、この制度の認定ワインであれば期待を外れることはないであろう。
「日長庵桂月」では客室のアメニティの一つに館内で履くスリッパが含まれている。それは巾着袋に入っており、名前を書く名札付きだ。大浴場など人が多く集まる場所でスリッパを脱ぐと、どれが自分のものだったかわからなくなった事はないだろうか。かと言ってお風呂上りに、知らない人のものを履くのも少し気が引ける。そういった"小さな不便"を解決するべく、名札という工夫を加えたのがこのスリッパだ。使用後は巾着袋に入れて持ち帰ることができる。頑丈に作られたものなので自宅で再利用できるのもうれしい。
そんな小さな心配りが、宿のおもてなしをより豊かに感じさせてくれるのだろうと思った。その他にも館内に生けられた季節の花々や、ロビーに響く鈴虫の声、ここで過ごす時間が季節感で満ち溢れるように、さりげない演出を大切にされているのがよくわかる。
「でも、うちは男所帯みたいなもんなんですよ」と笑うのは専務の小島嘉之さんだ。「日長庵桂月」の細やかな気配りは女性的な視点であるように思われたが、実際に宿を支えているのは専務である嘉之さんと、その兄で社長を務める小島嘉治さんの兄弟なのだ。
もともと支配人の嘉治さんは東京の大学に通っていたがひょんなきっかけで大学を中退し、東京のレストランで洋食のコックとして働いていた。
実は嘉治さんの祖父もまた、明治時代から飯田市で洋食のコックをしていたのだ。その当時は"洋食"というだけで随分ハイカラなものだとされていた。その祖父もまた、派手で粋な趣味を持つ人であったため飯田市で初めてカレーライスを作ったり、手作りのアイスを出したりと何かと地元で話題になる人物であったようだ。名前を嘉紋治(かもんじ)といい、その名前の「嘉」という文字を代々生まれる男子に引き継いできたそうだ。
さて、そんなルーツを持つ嘉治さん。東京でコックをしている時に実家から「飯田市でレストランを始めるから帰ってこい」と言われ、当時おつきあいしていた彼女を連れて帰郷した。最初は飯田市のリンゴ並木の近くで4年間店を持ったが、結婚をし、その仲人をしてくれた人から昼神での旅館経営の話が来た。嘉治さん28歳のときである。
料理を作るのが好きで、レストランをしていたがお店ではお客さんと関われるのは食事をしている2〜3時間だけである、しかし旅館は24時間、食事から客室、温泉とお客さんと関われる時間が圧倒的に長い。満足してもらえるサービスを追求したいと旅館業界へ飛び込んだ。はじめは昼神の別の旅館で経験を積み、昭和62年に「日長庵桂月」を誕生させた。ここからが嘉治さんと、弟の嘉之さんの言わば、二人三脚が始まることになる。
当時はバブル全盛期。何もしなくても団体の客ばかりが途絶えることがなかった。そのため「日長庵桂月」はどうしたら団体客を満足させられるか、という課題ばかり追われていたようだ。しかし時代は変わり、今はほとんどが個人旅行の客にシフトしつつある。今までの団体客用の接客では、満足できるサービスが届かなくなっていった。
旅館の客室、温泉、そして料理と今の時代に必要とされることを考えた結果「和の心で洋の便利さを」と日本ならではの、おもてなしの心はそのままに、お客さんにとっての便利さとは何かを優先するようになった。
また嘉治さんはスタッフに特別な業務マニュアルを持たせていない。それは「マニュアル通りの接客をするのではなく、常に目の前のお客さんの事を考え、自分の言葉でおもてなししなさい」という方針があるからだ。旅館業務の都合を優先するのではなく、お客さん第一の接客を大切にしていることがうかがえる。
その他、407号室、408号室の客室露天風呂に続き、2009年の年初めには3階の客室を改装して貸切風呂を造る予定だ。またロビー周辺も、お客さんが過ごしやすいようにと改装案を練っている。さらに「日長庵桂月」には様々な宿泊プランが用意されている。「美味しいものを食べたい」という方には「グルメプラン」。記念日なので旅行に行きたいという方には「アニバーサリープラン」など、個人のニーズにそった宿泊プランが選べる。
そうして団体客から個人まで、幅広く満足してもらえる「日長庵桂月」へと変貌を遂げながら、社長の嘉治さんは今も3日に1回は自らが宿直室に泊まりこみ、館内の様子を見守っている。そうすることで、宿の個性(強みと弱み)を敏感に把握しているそうだ。「旅館がするべきことは、当たり前にできるように。そして内容、料金ともお客さんに満足してもらえるバランスの良さを目指していきたい」と嘉治さん。ハード面、ソフト面と一歩ずつ、そして確実に「日長庵桂月」は新しいステージに向かって歩みをはじめたようだ。(J/YU)