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貸切露天露天風呂付き部屋離れ貸切日帰り24時間利用食事食事エステ高速インターネットDVDサウナバリアフリーペット100%かけ流しかけ流し+加水かけ流し+循環囲炉裏混浴岩盤浴
各界の著名人、文人墨客に愛された信州一の古湯の宿
臨泉楼 柏屋別荘
りんせんろう かしわやべっそう
Rinsenrou Kashiwaya-Bessou
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臨泉楼 柏屋別荘

臨泉楼 柏屋別荘
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臨泉楼 柏屋別荘
住所:〒386-1431 長野県上田市別所温泉1640
TEL : 0268-38-2345 ※MAPで宿を確認
宿の公式ホームページへ
http://www.rinsenro.com
※予約問合せの際は、必ず「貸切温泉どっとこむ」を見たと言ってください。

創業:明治43年  改築:平成9年
部屋数:20 室
貸切露天風呂 ×0
貸切の内風呂 ×3
部屋付きの露天風呂 ×1
部屋付きの豪華内風呂 ×1
オススメの客層 〜20代 30〜40代 50代〜 ファミリー 女性客 お忍び系
(S)きよすみ ★★★ ★★★ - ★★ ★★
(S)素檗庵 ★★★ ★★★ ★★ ★★★
(S)対山亭 ★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★ ★★★
A〜Cタイプ ★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★
Dタイプ ★★★ ★★ ★★ ★★ ★★ -
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ 客室の画像はコチラ 料理の画像はコチラ お土産&その他の画像はコチラ
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この宿の総括(エピローグ)を見る

 この宿のキーワード ■各界の著名人に支持されている名宿
■硫黄の香り漂う大正ロマン貸切風呂 ■江戸時代築の建物も現存する老舗宿
■4000坪の敷地に2600株のつつじ庭 ■信州の食材にこだわった上品な料理

貸切&客室露天風呂の画像はコチラ
大正ロマンを感じさせる貸切風呂
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ
美肌効果抜群の単純硫黄泉かけ流し
「臨泉楼 柏屋別荘」の貸切風呂は、全部で3つ。
いずれも内風呂となるが、個性的な造りとなっている。

まず、家族風呂「壱」と「弐」は、丸い湯舟が特徴で、壁のタイルが印象的。
大正ロマンを感じさせるノスタルジックな内装が、この宿に非常にマッチしている。
湯舟も、大人2人が同時に入っても余裕の広さを確保している。

家族風呂「参」は、一番コンパクトな湯舟だが、こちらは男女別大浴場と同様に、洗い場が畳敷きとなっていた。
この畳敷きの洗い場は、水はけもよく、ジメジメ感がない。
柔らかいということは、赤ちゃんと入浴する際、寝かせることもできるという事だ。

宿の公式ホームページへ これらのお風呂すべてが、若干の硫黄臭がするアルカリ性の単純硫黄泉のお風呂。
源泉かけ流しで湯舟に注がれているため、美肌効果が期待できる泉質となっている。
湯温は、注がれる温泉の量で調節している。

これら貸切風呂は、露天ではなく、内風呂なので眺望はない。
しかし、その泉質の良さが眺望の分をカバーしているかのようだ。
古(いにしえ)からこんこんと湧き出る別所の湯を、めい想しながらゆったりと湯に身を委ねるのもいいだろう。

利用方法は、フロントに予約し、1組2,100円(45分)で、7:00〜23:00までの利用となる。
また、この貸切風呂は日帰り客も利用できるが、入浴料として別途一人1,050円が必要。
日帰り客の利用可能時間は、11:00〜21:00までとなる。
さらには、食事付きの日帰り貸切風呂プラン(11:30〜14:20/4,775円〜)もある。
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 画像その@
この宿の公式HP

宿泊情報 ※料金は1室2名様宿泊時の1名様分 (サービス料込税込)※入湯税150円
■公式HP
ネット予約特典
@貸切風呂(通常2,100円/45分)が、50%OFFの1,050円
A「骨盤エクササイズチェア」のレンタル(通常1,050円/要予約)が、50%OFFの525円
B外湯券お一人様1枚(150円×ご宿泊人数分)プレゼント
■Dタイプ
(定員2〜3名)
¥13,650〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※客室は、「紅雲亭」2階の225号室「きりん」と1階の114号室「みやま」(いずれも明治時代築)の2室。
 ※間取り・・・「きりん」8帖+BT(和室)/「みやま」8帖+T。
■Cタイプ
(定員2〜4名)
¥23,100〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※客室は、「本館」2階の123号室「さきしま」(昭和2年築)と、「紅雲亭」2階の224号室「さいごく」(江戸時代末期築)、1階の115号室「ごよう」(明治時代築)の3室。
※間取り・・・8帖+広縁+BT(和室)。
■Bタイプ
(定員2〜4名)
¥26,250〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※客室は、全7室・・・「本館」2階の121号室「あかやしろ」(江戸時代末期築)/3階の131号室「あずま」/3階の132号室「ふじ」(いずれも昭和2年築)と、「紅雲亭」1階の112号室「れんげ」/2階の223号室の「とうごく」/2階の222号室「みつば」(いずれも江戸時代末期築)/2階の226号室「さおとめ」(明治時代築)
※間取り・・・10帖+広縁+BT(和室)。
■Aタイプ
(定員2〜5名)
(定員2〜6名)
(定員2〜7名)
¥29,400〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※客室は、全4室・・・「本館」2階の124号室「おおむらさき」(昭和2年築)と、122号室「こうざん」(江戸時代末期築)/「紅雲亭」2階の221号室「まつかがみ」(昭和初期築)/1階の113号室「あけぼの」(江戸時代末期築)。
※「おおむらさき」の間取りは、8帖+6帖+広縁+ユニットバス(和室)。定員2〜6名(冬)、2〜7名(夏)。
※「こうざん」の間取りは、10帖+6帖+広縁+ユニットバス(和室)。定員2〜6名(冬)、2〜7名(夏)。
※「まつかがみ」の間取りは、12帖+4.5帖+BT(和室)。定員2〜5名。
※「あけぼの」の間取りは、10帖+6帖+BT(和室)。定員2〜6名(冬)、2〜7名(夏)。
■Sタイプ準特別室「さくら」(321号室)
(定員2〜7名)
¥32,550〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※昭和35年(1960年)に造られた「対山亭」の準特別室(フロントからは3階)。
※真空管アンプのCDプレーヤーあり。
※間取りは、踏込4帖+12.5帖+広縁+BT(和室)。
■Sタイプ準特別室「はなぐるま」(322号室)
(定員2〜8名)
¥32,550〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※昭和35年(1960年)に造られた「対山亭」の準特別室(フロントからは3階)。
※真空管アンプのCDプレーヤーあり。
※間取りは、踏込7帖+12.5帖+6帖+広縁+BT(和室)。
■Sタイプ 離れ「素檗(そばく)庵」(211号室)
(定員2〜5名)
¥32,550〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※江戸幕府11代将軍・徳川家斉(1787〜1837年)の治世の頃、文化6年(1809年)に建てられた離れ。
※真空管アンプのCDプレーヤーあり。
※間取りは、8帖+6帖(茶室)+縁側+畳敷き内風呂(温泉ではない)+T(和室)。
■Sタイプ特別室「きよすみ」(227号室)
(定員2〜4名)
¥32,550〜 休前日アップ料金 ¥2,100
※江戸時代末期に建てられた特別室。川端康成(1899〜1972年)が、この部屋で「花のワルツ」を執筆(1936年に発表)した。露天風呂(水道水)付きの客室。
※真空管アンプのCDプレーヤーあり。
※間取りは、8帖+8帖+畳の廊下+露天風呂+檜内風呂+T(和室)。
※中学生未満のお子様はご利用できません。
■IN→ 14:00 ■OUT→ 11:00 ■カード使用
■部屋の眺望 ■部屋食 一部あり (離れ「素檗庵」や、「本館」の客室の一部)
■夕食の内容 季節の旬の食材を使用した和食膳
■朝食の内容 和食

施設&大浴場の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ
歴史と伝統を感じさせる暖簾 硫黄の香り漂う畳敷きの大浴場
長野県上田市は、県の中央からやや東北に位置し、県庁所在地である長野市とはおよそ40km、首都圏からは190kmほどのアクセスとなる。
地形・気候とも穏やかなエリアで、県内第3位の人口(約16万人)を誇る。
市は、中心部を流れる千曲(ちくま)川によって2分される。
ちなみに“千曲川”は、新潟県から長野県にかけて流れる、日本一長い信濃川の別称。
実は、信濃川と呼ばれているのは新潟県域のみで、長野県では“千曲川”と呼称が変わるのだ。
厳密に言えば、河川法上においては、千曲川を含めた信濃川水系の本流を信濃川と規定されている。

その千曲川の北部に広がる上田地区は、戦国時代、武田信玄の家臣だった真田幸隆の三男・昌幸が築城した、堅城の誉れ高い上田城があった地域。
1582年(天正10年)、この地を治めていた武田氏が滅び、次に後ろ盾となった織田信長が本能寺の変で討たれるなど、まさに戦国の真っ只中に大名となったのは、その真田昌幸(幸村の父)なのだ。
越後の上杉氏からの圧力に抵抗するため、次の主家となった徳川家康の許しを得て築城したのが上田城である。
しかし、豊臣秀吉から「表裏比興の者」と評された昌幸は、その後もめまぐるしく主家を変えていった。
そして、結果的に家康の怒りを買うこととなり、1585年に7千〜8千もの大軍で城を攻められた(第一次上田合戦)。
しかしこれを真田軍は、たった2千の兵で撃退したのだ。
築城を許可した家康にとっては、これ以上ない皮肉な話である。
その後、1600年の第二次上田合戦では、真田昌幸・信繁(幸村)親子が、上田城にて、後に徳川二代将軍となる秀忠軍を足止めし、天下分け目の合戦に、遅参させた話も有名だ。
この時も、3万とも言われる大軍を、わずか数千の兵で退けたという。
天下を獲った徳川の軍勢を、ニ度も退けた上田城と真田一族は、全国にその名を知らしめた。
真田のシンボルである六文銭の家紋は、今もこの地域の様々な場所で発見することができる。

戦国の世に上田城が築城されるまでは、千曲川の南に広がる塩田地区がこの地の中心だった。
別所温泉もこの地にある。
塩田平と呼ばれる盆地が広がる地域には、わが国最古の神社形式を保つといわれる生島足島神社が今に残る。
生島神・足島神という二柱の「国魂の神」を祀っていることから、古代信濃の国の国造(今でいえば県知事に当る)が居たところであろうと推定されている。

そんな歴史がある塩田平は、鎌倉幕府を創立した源頼朝も、腹心の島津忠久を地頭としたくらいである。
源氏にかわって幕府の権力を握った北条氏も、また同じようにこの地を大切にした。
宝治年間(1247〜1249年)、鎌倉幕府三代の執権・北条泰時は、弟の重時に命じ、ここ塩田平を幕府安泰の目的に第ニの鎌倉を造らんと図った。
重時はこの地に塩田城を造り、鎌倉と塩田の間を鎌倉街道によって結び、常に「いざ鎌倉」の時に備えていた。
その後、塩田城は重時の子義政、その子国時へと引き継がれた。
その50数年間、鎌倉幕府の華が咲き誇ったといわれている。

元弘3年(1333年)、足利尊氏、新田義貞らが鎌倉幕府に叛旗をひるがえし、各地に反幕府の軍が起こった。
「いざ鎌倉」と、国時は、その子俊時ともども一族が、鎌倉幕府をひた走って鎌倉にはせ向かった。
鎌倉へ到着するや、ただちに武蔵の国の分倍河原に出陣し、一度は新田の軍を破ったもの、鎌倉に退いた。
稲村ヶ崎から新田義貞が鎌倉を急襲するに及び、北条一族は東勝寺に立てこもる。
鎌倉街道には関八州の反乱の兵が満ち、将軍、執権を塩田城に迎え、再起を図る望みも絶たれ、国時は黒煙のうずまく中、その子俊時もいっしょに、自刃して果てた。
執権・北条高時以下870余人も、ことこどく自害、鎌倉幕府はここに悲惨な終焉を告げたのである。

国時、俊時が遂に再び戻ることのなかった塩田の地には、華やかなりし鎌倉文化の夢の形見が残されている。
その後、戦火を受けることもなく、今日まで当時の姿をそのままにとどめているのは奇跡と言ってもいいだろう。
日本で一つしかない八角三重塔(安楽寺・国宝)、中部日本で最古の建築物といわれる中禅寺薬師堂、常楽寺の多宝塔、長福寺の夢殿観音、前山寺の三重塔(以上が重要文化財)、舞田の五輪塔、西光寺の阿弥陀堂、東前山の塩田城跡・・・・・など、歴史的に極めて重要な文化財の宝庫となっているのだ。
だからこそ、この地を“信州の鎌倉”と称されるのだ。

塩田地区にある別所温泉は、信州一の古湯。
平安時代中期に編纂された清少納言の随筆「枕草子」において、「湯は七久里、有馬の湯(兵庫県)、玉造の湯(島根県)」と、3ヶ所の温泉を絶賛しているが、この「七久里」が、別所温泉のことを指すという説がある(三重県・榊原温泉という説もあるが)。

少なくとも、鎌倉時代から、庶民の療養と安息の場として栄え、各所から湧き出す温泉を使用した共同浴場があったようだ。
前述の真田一族も、この別所の湯で刀傷を癒していたことが容易に推測される。
この地に湧く硫黄泉は、非常に切り傷に効くからだ。

往古繁栄を誇ったこの地に調和する、木造4階建ての趣き深い宿が「臨泉楼 柏屋別荘」だ。
真田幸村ゆかりの共同浴場「石湯」の隣に位置する。
前身は江戸時代、上田藩の出屋敷だったという。
その後、本格的に旅館業を営み始めた明治43年(1910年)頃からは、川端康成、有島武郎、北原白秋など多くの文人が、湯治や執筆活動に訪れた、歴史ある老舗旅館なのである。

宿の公式ホームページへ スタジオジブリの映画「千と千尋の神隠し」に出てくる湯宿のモデルと言われるものは、全国にいくつかあるが、「柏屋別荘」もそのひとつと噂されており、情緒溢れる景観は、別所温泉のシンボル的存在となっている。
いくつかの改装を重ねながらも、自然に囲まれ、歴史が凝縮しているこの地に非常に調和していることから、1999年には、上田市から「都市景観賞」も受賞している。

裏山を覆うように5月中旬から下旬にかけて、43種2,600株あまりのツツジがいっせいに咲き誇るという。傾斜地にあるため、見渡せるようにツツジが見られる。
建物は、そのツツジ庭を取り囲むように、木造の本館や紅雲亭、対山亭などが建ち並び、一瞬タイムスリップをしてしまったかのような錯覚を感じるほどの空間が存在する。

ロビーは、平成9年(1997年)に大掛かりな改装を施す。
それまでの伝統的な和風建築の雰囲気を壊さず、モダンなテイストを加味させた。畳敷きが素足に心地いい。
そのロビーには、由緒ある木の看板が飾られていた。
明治19年(1886年)、近代南画として著名な3名が揃って立ち寄り、児玉果亭(かてい)(1841〜1913年)が提唱して、「臨」の字を加藤半渓(はんけい)(1841〜1905年)が、「泉」の字を児玉果亭が、「楼」の字を長井雲坪(うんぺい)(1833〜1899年)が、それぞれ一字ずつ書いたものという。
平成9年には、屋号にこの文字を加え、「臨泉楼 柏屋別荘」とした。

また、ロビーの一角には「やまつつじ」という喫茶スペースがある。
コーヒー、紅茶の他、信州らしく、ブルーベリー、きいちご、巨峰、山ぶどう、りんごなどの生ジュースなどがいただける。そばの実アイスも好評。生ビールも頼める。

特筆すべきは、館内の廊下やパブリックスペースのほとんどが畳敷きとなっている点。
スリッパを使わず素足で歩くことになるが、客室には足袋も用意されている。

温泉は、現在、「別所温泉温泉財産区」が源泉を管理している。
つまり、別所温泉の源泉は、市の集中管理となるわけだが、2010年現在、17軒の湯宿に配湯しているという。
ただ、「臨泉楼 柏屋別荘」だけは、自家源泉を持っているので、他の宿からすれば羨ましい限りだろう。
毎分69リットルの湯量が、温泉タンクに貯められるというが、そのうち25リットルは自家源泉との事。

泉質は「単純硫黄泉」。
硫黄泉には、「硫化水素イオン」が主成分の「硫黄型」と、「遊離硫化水素」が主成分の「硫化水素型」の2種類がある。
このお湯は「硫黄型」で、卵が腐ったような香りのする、温泉通には堪えられない泉質なのだ。

硫黄成分は、ニキビ用クリームに使われている通り、余分な皮脂を取り除く作用がある。
オイリースキンの方にも、しっくりくる温泉のようだ。
また、古くなった皮膚の角質層に含まれるメラニンを落とす作用もあり、シミが薄くなり、肌が白くなったようにも感じられるという。

さらに、pH(ペーハー)8.8のアルカリ性となっており、皮膚表面の古い角質をふやけさせて落としやすくする作用もある。お湯の色も無色透明となっている。
つまり、アルカリ性の単純硫黄泉は、典型的な「美肌の湯」と言えるものなのだ。
ただ、硫黄を含む泉質のため、貴金属類は変色のおそれがあるため、入浴時には身につけない事。

浴用の適応症は、糖尿病、慢性婦人病、慢性皮膚病、切り傷など。
飲用でも効果を発揮し、糖尿病、痛風、慢性便秘などにいいとされる。

その極上の温泉は、男女別浴場と露天風呂、そして3つの貸切風呂に注がれている。
基本的には、温泉の使用方法は「源泉かけ流し」だが、男女別浴場の内風呂だけは、循環ろ過装置を使っている。
男女別露天風呂に関しては、浴槽内循環というべきか、冬場は湯温を上げるために、いったん浴槽の湯をパイプで吸い取り、それを加熱して、再び湯舟に戻す方法を取っている。ここでは、温泉成分を殺すと言われる塩素消毒は行っていないとの事。
もちろん、浴槽の上部にある湯口からは、新鮮な源泉(湯温50.9℃)が注がれている。

男湯女湯の内風呂の洗い場は、廊下などと同様、畳敷きとなっていた。
ただ、ここでは畳といってもイグサではなく、特殊加工を施した繊維で編まれているもので、湯は畳の中に吸い込まれ、排水性も抜群。ジメジメとした感触は無い。

露天風呂は塀で囲まれているため、視界は広がっていないが、それでも、この素晴らしい泉質がカバーしている。
できるかぎり浸かっていたいと思える湯なのだ。
施設&大浴場の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA
この宿の公式HP

客室の画像はコチラ 客室の画像はコチラ
川端康成、北原白秋も利用した特別室 江戸時代末期〜昭和初期の歴史溢れる客室
「臨泉楼 柏屋別荘」の客室は全20室。
昭和2年(1929年)に建てられた、木造4階建ての本館の4階(宴会場)は、現在は使われていないが、3階と2階は今でも客室として利用されている。
その他、客室は、つつじ庭を取り囲むように、「本館」、「紅雲亭」(こううんてい)、「対山亭」(たいざんてい)、離れの「素檗庵」(そばくあん)と合計4棟に分かれている。
すべてが和室となっており、館内は畳敷きの廊下が広がり、初めての人は迷路と思われるかもしれないほど、入り組んでいる印象。
客室は、すべて歴史的建造物ゆえ、古いことは間違いないが、清掃がきめ細かくされているせいで、逆に木造建築の良さ、温かみのある雰囲気を醸し出し、快適な空間となっている。

そして、それぞれが、意匠が異なる造りとなっているので、間取りもバラバラだが、料金別にグレードを分けると、Sタイプ、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプ、Dタイプ・・・の5段階となる。
共通しているのは、茶香炉が備わっている点。
いつでも、部屋中に茶の香りが漂い、とてもリラックスできる。

一番高級なSタイプからご紹介すると、全部で4部屋ある。
これらの部屋には、真空管アンプ付きのCDプレーヤーが置かれていた。

まず、「紅雲亭」にある特別室「きよすみ」だが、「紅雲亭」二階の廊下の表札がない扉を開け、急な階段を昇ると、そこには昔の「柏屋別荘」が存在していた。
この部屋は、改装の手が加えられておらず、江戸時代末期に建てられたというから、上田藩の代官出張所としての役割を持っていたころの名残を未だに残している。
木枠のガラス窓も昔のままだ。手作りというガラスは、少し歪んでいるようで、そのレトロっぽさがまたいい。
窓からは、つつじ庭を眺めることができる。
また、この部屋は、その昔、北原白秋など多くの文人に愛された由緒ある客室となっており、特に川端康成(1899〜1972年)は、この部屋で「花のワルツ」を執筆(1936年に発表)したという。
本京間の8畳ニ間の和室と、長い畳の廊下の奥には、専用の客室露天風呂(沸かし湯)とトイレがある。
その露天風呂は、「思恩の湯」と呼ばれているが、檜の内風呂ともども、残念ながら温泉は使われていない。
しかし、その佇まいは充分に温泉情緒を感じさせてくれる。

2つめのSタイプ客室は、離れ「素檗(そばく)庵」だ。
江戸幕府11代将軍・徳川家斉(1787〜1837年)の治世の頃、文化6年(1809年)に建てられたという、この宿最古の建築物となる。
もちろん、数多く手を加えてはあるが、当時の面影を残してはいる。
離れ形式の建物には、畳敷きの洗い場のある内風呂も備わる。
以前、三笠宮寛仁さま(寛仁親王)もお泊りになられた。
「素檗庵」の名称は、松尾芭蕉の流れをくむ信濃・上諏訪出身の俳人・藤森素檗(1758〜1821年)から取った。素檗(そばく)は、諏訪にて油商を営みながら、俳句だけでなくユーモア溢れる俳画も残している。
間取りは、8帖+6帖(茶室)+縁側+畳敷き内風呂(温泉ではない)+T(和室)。

そしてSタイプには、「対山亭」に「はなぐるま」と「さくら」という客室がある。
昭和35年(1960年)に造られた準特別室扱いとなっている。
→「対山亭」としては2階だが、傾斜地に建つこの宿のフロントからは3階に位置するが、斜面に建っているため1階ともいえる。
両室とも、窓からは夫神岳(おがみだけ/標高1250m)が見える。
「はなぐるま」の間取りは、踏込7帖+12.5帖+6帖+広縁+BT。
「さくら」の間取りは、踏込4帖+12.5帖+広縁+BT。

宿の公式ホームページへ 次のグレードは、Aタイプ客室(全4室)。
昭和2年築の「本館」124号室の「おおむらさき」は、2階(ロビー階の上)の客室。
5月中旬から下旬にかけては、窓から見える庭のつつじが見事だ。
同じグレードで、「紅雲亭」の客室221号室「まつかがみ」も、窓から、つつじ庭の他に、樹齢50年以上の銀杏の大木が見える。
この客室は、昭和初期に建てられたものという。
他にAタイプは、「本館」2階の122号室「こうざん」(江戸時代末期築)、「紅雲亭」1階の113号室「あけぼの」(江戸時代末期築)がある。

次が、Bタイプ客室(全7室)。
「紅雲亭」223号室の「とうごく」は、江戸時代末期に建てられた2階の客室。
窓からは、つつじ庭がよく見える。
間取りは、10帖+広縁+BT。
他にBタイプは、「本館」2階の121号室「あかやしろ」(江戸時代末期築)、3階の131号室「あずま」、132号室「ふじ」(いずれも昭和2年築)、「紅雲亭」1階の112号室「れんげ」(江戸時代末期築)、2階の222号室「みつば」(江戸時代末期築)、226号室「さおとめ」(明治時代築)がある。
なお「さおとめ」には、北原白秋(1885〜1942年)が一週間ほど逗留している記録が残っている。

次が、Cタイプ客室(全3室)。
「紅雲亭」224号室の「さいごく」は、江戸時代末期に建てられた2階の客室。
窓からは、杉の大木が見える。
間取りは、8帖+広縁+BT。定員2〜4名。
他にCタイプは、「本館」2階の123号室「さきしま」(昭和2年築)、「紅雲亭」1階の115号室「ごよう」(明治時代築)がある。

そして、最後にDタイプ客室(全2室)。
「紅雲亭」の客室225号室「きりん」は、明治時代に建てられた2階の客室。
窓からは、竹やぶが見える。
間取りは、8帖+BT。定員2〜3名。
他にDタイプは、114号室「みやま」(明治時代築)がある。ただし「みやま」にはお風呂は付いていない。

以上のようなラインナップだが、客室の築年数も、江戸時代から昭和の時代まで幅広く網羅しているところが、この宿の面白さ。
信州一の古湯とともに、客室もノスタルジックで、ゆったりと過ごせることは間違いない。
客室の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA 画像そのB
この宿の公式HP

料理の画像はコチラ 料理の画像はコチラ
絶品の鰻と山芋ふわふわ蒸し 信州牛のじんわり焼きは岩塩でいただく
夕食、朝食とも、基本的には、平成9年(1997年)に改装された「御食事処こもれび」でいただくことになる。
廊下は間接照明を上手く取り入れて、なおかつ和モダンの装い。個室の食事部屋は、落ち着いた造りで、掘りゴタツスタイルのお座敷になっていた。
他に、広間「うぐいす」では、中央でパーテーションを仕切って、個室の食事処としている。畳の上にイス・テーブルというのは、ご年配のお客に好評との事。

今回取材した夕食は、冬のバージョンの相染膳(Bタイプ)の献立(2009年12月中旬取材)。
献立は2ヶ月おきぐらいに大きく変えていくとの事。

食前酒は、山ぶどうのカクテル。山葡萄ジュースと赤ワインを、ソーダ水で割ったアルコール控えめの飲物。
前菜は、中張り胡麻流し(胡麻豆腐を柔らかく作ったもので、スプーンでいただく)、鴨ロース(塩味+醤油ベースの出し汁がよく効いていて、フライパンで表面を焼いて油分を取っている)、公魚(ワカサギ)の南蛮漬け(諏訪湖で獲れたもの)、紅芋金時の茶巾絞り(地元でとれた芋を蒸かして砂糖と塩で味付け)、手綱巻(ミョウガ・錦糸玉子のお寿司)の五点盛り。
様々な味のバリエーションが楽しめ、次の献立をさらに期待させてくれるものであった。

お椀物は、清澄仕立ての湯とうふ。清澄仕立てとは、いわゆる“すまし汁”の事で、豆乳と湯葉をくず粉で固めて豆腐とした上には、ニンジン、小松菜、そしてゆずが載っていた。とても上品な味わいであった。

お造りは、岩魚の姿造り。水がきれいな安曇野で養殖されたイワナを取り寄せての一品だ。生臭さがなく、甘味も感じさせるお刺身であった。

替り鉢は、鰻と山芋ふわふわ蒸し。素焼きされた鰻は千曲川で育ったもの。地元・上田で収穫された山芋をメレンゲと合わせ、醤油ベースの銀餡に仕立てて、その鰻にかけた。三つ葉と安曇野の山葵が、味をさらに引き締めてくれる。

蓋物は、風呂吹き大根 敷き味噌。味噌は、自家製の「臨泉みそ」を使用。信州味噌に赤味噌、辛ピーマン、そして茹でたもち豚で作られる。大根の上には、海老、インゲン、周りにはシメジが添えられてあった。

台の物は、信州牛のじんわり焼き。いわゆるローストビーフの事だが、肉質も柔らかく美味しくいただけた。岩塩がかけられていて、肉本来の味を堪能する事ができた。カブ、ししとう、ミニトマトも添えられていた。

締めのご飯は、地元塩田平の下之郷でとれた無農薬米を、贅沢にお釜で炊き上げていただく。留椀は信州味噌と白味噌の合わせ味噌仕立て。ワカメとワケギが具材。香の物は三種盛り(野沢菜、沢庵、柴漬)。

デザートは、ブラマンジェ。アーモンドのローストを牛乳で浸し、ミキサーにかけてゼリーにしたもの。いわば“洋風杏仁豆腐”といったところか。凍ったラズベリーとミントが載せられていた。

宿の公式ホームページへ 夕食にいっしょにいただきたいのが、やはりお酒。
できれば、おいしい日本酒がないかとスタッフに尋ねると、柏屋別荘オリジナル日本酒を案内してくれた。
お土産処「くるみ」のサーマルタンクで貯蔵しているオリジナル生原酒の「言葉酒」はアルコール分17度でありながらフルーティな香りで女性に人気のもの(地元・上田市の酒蔵)。杯がすすむとさすがに腹にずしんと落ちてくる。オンザロックもオススメだ。
「言葉酒」というネーミングはお客様のお好きな言葉をラベルに書いて世界でたった一つのお酒にと考えたものだそうだ。

2009年12月現在、料理長は本田剛さん。
長崎出身の方で、地元、大阪、そして縁あって2004年からこの宿で腕をふるっている。
信州産の食材をメインで使った料理は、上品で繊細な味わい。
山の宿ゆえ、お造りも川魚のみを使っているのも、こだわりが見えた。
この宿の人気の要因のひとつが、料理であることを確信させてくれた夕食であった。


朝食も手抜きを感じさせない豪華な献立であった。
以下のメニューは取材時のもの(2009年12月中旬)。
鮎の甘露煮、雲丹椎茸、大根のポタージュ、きのこの茶碗蒸し、湯豆腐の他に、大きな四角い皿には、かまぼこ、明太子、松茸の佃煮、湯葉こんにゃく、海苔、切干大根、醤油豆(売店でも販売中)が並んでいた。
ご飯は、茶粥か、麦とろご飯の選択制となっている。
大根と三つ葉の味噌汁と香の物(梅干と白菜)も付く。
無添加の100%りんごジュースも付いた。
味付けも見事だが、ボリュームもたっぷりであった。
山の湯宿らしく、素朴ながら、カラダにいいものをいただいたという印象。
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この宿の公式HP

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「信州の鎌倉」別所温泉のシンボル「北向観音」 丈夫で装飾にも使える「真田ひも」が大人気
ロビー横には、「ギャラリー」 があった。最近まで、「花月文庫」と呼ばれたスペースだ。
上田出身の銀行家・飯島花月氏(1863〜1931年)が収集した、江戸後期の読本作者、曲亭馬琴の作で、浮世絵師の葛飾北斎が挿絵を描いた小説「標柱 園の雪」など、江戸時代の庶民の生活風習が解る貴重な文献が保存されていた。
花月氏は、八十二銀行の創立に尽力した第十九銀行の最後の頭取。
花月氏の死後、コレクションの分散を防ぐため、昭和26〜28年頃、上田市と、「柏屋別荘」の当時の社長・齋藤房雄氏(現社長・三雄氏の父)が一部を買い取った。
その後、「柏屋別荘」は、「花月文庫」として展示していたのだ。
しかし、湿気やカビで保管に苦労していたという事と、本格的な旅館として100周年を迎える機会という事で、2009年から2010年にかけて上田市(上田図書館)に寄付する事になった。

現在は、このスペースは「ギャラリー」「談話室」と使われているが、壁一面には、著名人のサイン色紙が、所狭しと掲示されている。
以下、敬称略とさせていただく。
北原白秋、川端康成、池波正太郎、斎藤茂吉、西條八十、椋鳩十、池田満寿夫、川上宗薫、長嶋茂雄、千代の富士、加藤登紀子、山田五十鈴、山本直純、山下清、古関裕而、スパイク・リー、谷啓、宇野重吉、ジャンヌ・モロー、平幹二朗、中村梅之助、森重久弥、榎本健一、團伊玖磨、大山のぶ代、杉村春子、大島渚、三国連太郎、秋吉久美子、池内淳子、北大路欣也、菅原文太、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ、米倉斉加年、灰谷健次郎、左とん平、永六輔、北村和夫、林隆三、江戸家猫八、樫山文枝、犬塚弘、八千草薫、奈良岡朋子、津川雅彦、高橋英樹、伊佐山ひろ子、五所平之助・・・など錚々たる顔ぶれである。
三笠宮寛仁さまの色紙も飾られていた。
「柏屋別荘」が、各界の第一人者にどれだけ支持されたか、これを見るだけで分かる。
サインはないが、黒澤明(映画監督)、手塚治虫(漫画家)も訪れている。
最近では、バレエダンサーの熊川哲也も宿泊したという。

池波正太郎(1923〜1990年)は、戦後を代表する時代・歴史小説家で、代表作に「鬼平犯科帳」や「剣客商売」などがある。
真田一族と配下の忍者たちの活躍を描いた「真田太平記」では、別所温泉もたびたび登場している。
池波氏直筆の「柏屋別荘」社長の似顔絵もサインとともに飾られていた。

日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成(大阪府出身、1899〜1972年)の直筆の年賀状が飾られている。川端康成と言えば、「伊豆の踊り子」など伊豆のイメージが強いが、軽井沢に別荘を持つなど、信州にも縁が深い。川端がこの宿に長期滞在し、執筆した作品が「花のワルツ」だ。

北原白秋(熊本県出身、1885〜1942年)は、近代日本を代表する詩人。
歌人、童謡作家でもあり、「待ちぼうけ」など今も歌い継がれる童謡や、新民謡(「松島音頭」・「ちゃっきり節」等)の分野でも傑作を数多く残している。
「柏屋別荘」では、アララギ派の歌人・斎藤茂吉や、童謡詩人・西条八十(やそ)らと酒を酌み交わしたという。

斎藤茂吉(1882〜1953年)は、山形県出身の歌人で、精神科医でもある。
大正から昭和前期にかけてアララギ派の中心として活躍。次男は小説家・エッセイストの北杜夫。
生涯に全17冊の歌集を発表し、全17907首の歌を詠んだと言われている。
サインにも自作の歌が描かれている。

西條八十(1892〜1970年)は、東京出身の象徴詩で有名な詩人。
歌謡曲の作詞家としても有名になり、「東京行進曲」、「青い山脈」、村田英雄の「王将」となど、無数のヒット曲を手がけた。

「裸の大将」で有名な、画家の山下清(1922〜1971年)の絵入りサインもあった。
2007年に塚地武雅主演のテレビドラマ版では、実際に山下清本人が泊まったことがある「柏屋別荘」がロケ地になった。
ドラマ版では、旅先で絵を描き、感動を残すエピソードが多いが、実際には、実家や学園に戻ってから、様々な場所で見た風景を、驚異的な記憶力で描いていたのが殆んどだったという。
彼の日記にもそのことが触れられており、「絵を描くために歩き回っているのではなく、きれいな景色やめずらしい物を見るのが好きで歩いている。貼絵は帰ってから、ゆっくり思い出して描くことができた」と記されている。

「日本の喜劇王」と称された榎本健一(1904〜1970年)は、第二次世界大戦の前後に活躍。
暗い時代を明るく照らして“エノケン”の愛称で親しまれた。

五所平之助(1902〜1981年)は、東京都神田出身の映画監督。
日本初のトーキー映画「マダムと女房」の監督として知られ、戦前から戦後にかけて活躍した。
他に代表作は、ベルリン映画祭国際平和賞を受賞した「煙突の見える場所(主演:上原謙/田中絹代)」、「大阪の宿(主演:乙羽信子)」など。

映画監督・大島渚(1932年〜)と俳優・三國連太郎(1923年〜)の珍しい二人の連名サイン。
1961年(昭和36年)、大島渚が監督した映画「飼育(主演:ヒュー・ハード/三國連太郎)」が公開する数週間前に訪れている。

平成21年、96歳で大往生した名優・森繁久弥(1913〜2009年)のサインは、自作の歌が書されている。
映画俳優として「三等重役」「夫婦善哉(めおとぜんざい)」、「社長シリーズ」などで活躍。
ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」の主演も印象深い。
歌手としても「知床旅情」を自ら作詞・作曲・歌唱して、大ヒットさせている。

古関裕而(1909〜1989年)は、福島市出身のクラシックからポピュラーまで幅広いジャンルの作曲家。
慶応大学、早稲田大学などの応援歌のほか、東京五輪のオリンピックマーチ、読売ジャイアンツの応援歌「巨人軍の歌(闘魂こめて)」など、多くの応援歌、行進曲を手がけた。ザ・ピーナッツが歌った「モスラの歌」も彼の作。

團伊玖磨(1924〜2001年)は、日本を代表するクラシック音楽の作曲家であり、エッセイスト。
交響曲、オペラから、歌曲、映画音楽、童謡と、幅広いジャンルで活躍した。

灰谷健次郎(1934〜2006年)は、兵庫県神戸市出身の児童文学作家。
デビュー作の「兎の眼(1974年刊行)」は、日本児童文学者協会新人賞を受賞。いきなりのミリオンセラーとなり、テレビドラマや映画化もされた。ほかに代表作は「太陽の子」など。

池田満寿夫(1934〜1997年)は、版画家、画家、彫刻家、陶芸家、芥川賞作家、エッセイスト、映画監督など多彩な顔を持つ芸術家。1983年5月31日に訪れている。

ジャンヌ・モロー(1928年〜)は、フランスの女優・歌手で、昭和60年(1985年)に訪れている。
ルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダールなど、ヌーヴェルヴァーグ時代の監督たちの作品でたびたび主演を務めた。ピーター・ブルック監督「雨のしのび逢い」にて、ジャン=ポール・ベルモンドと共演し、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞している。

俳優・演出家の平幹二朗(1933年〜)は、昭和42年(1967年)に訪れているが、この頃はテレビ時代劇「三匹の侍」に出演中で、人気絶頂だった。その後、1970年に女優の佐久間良子と結婚したが、1984年に離婚している。最近は、大物俳優として存在感を増している。

戦前・戦後を通して時代劇映画のスターだった市川右太衛門の次男で、少年時代に銀幕デビューしている北大路欣也(1943年〜)。日本アカデミー賞では優秀主演男優賞を3度受賞。
近年、ソフトバンクモバイルのCMで、犬のお父さんの声優として若い人たちに人気となった。

女優・八千草薫(1931年〜)は、平成13年(2001年)に訪れている。映画「サトラレ」やドラマ「長崎ぶらぶら節」に出演されていた頃だ。

日活映画「激流に生きる男」で、17歳でデビューした俳優・タレントの高橋英樹(1944年〜)。
昭和41年(1966年)、鈴木清順監督「けんかえれじい」に主演した頃のサインが飾られていた。

黒人文化を世界に知らしめた映画監督、スパイク・リー(1957年〜)。彼の出世作である「マルコムX」が日本で公開された、平成5年(1993年)に宿に訪れている。

宿の公式ホームページへ 昭和を代表する国民的スーパースターで、プロ野球・巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(1936年〜)は、第一期の巨人軍監督辞任後の解説者時代に「柏屋別荘」に訪れている。ちなみに残された色紙には「洗心」と書かれているが、選手時代は「快打洗心」と書いていた。第二期の巨人軍監督勇退後は、「野球とは人生そのものだ」となった。

現役時代ウルフの愛称で大人気を誇った、第58代横綱の千代の富士(現・年寄九重)(1955年〜)は、何度もこの宿を訪れている。 今では家族同然のお付き合いということで、以前は別所温泉駅の送迎の運転手をかってでた事もあるという。乗っていたお客さんは、さぞ驚いた事だろう。

大正6年(1917年)の宿泊者名簿も展示されていた。
そこには、キリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者の内村鑑三(1861〜1930年)、東急グループ創業者の五島慶太(1882〜1959年)の名もあった。
さらに、白樺派の文豪・有島武郎(1878〜1923年)の名もあり、宿に宛てた手紙も公開されていた。
有島武郎は、後に発表した「信濃日記」で、「柏屋別荘」で過ごした時間を書いている。
後に有島は、小説家・舟橋聖一(1904〜1976年)もこの宿に連れてきている。
舟橋は、ここ「柏屋別荘」で「木石」(1938年発表)を執筆している。戦後には「花の生涯」などNHK大河ドラマの原作となった歴史小説も手がけた。

このように「柏屋別荘」の歴史を彩る貴重な品々が飾られている「ギャラリー」は、図書室や談話室としても機能している。他に絵画作品なども展示されていた。

現在の「柏屋別荘」は、古くから多くの人たちに支えられて今があるわけだが、ゲストを迎え入れる各種サービスも、大いに評判を呼んでいる。
まず、チェックインすると、ロビーでお茶とウェルカムスイーツをいただける。
取材時(2009年12月)は、南瓜の羊かんと、大根の味噌漬が出された。
そして、女性には、カラフルな浴衣を選んでいただく。20〜30種類の無料の色浴衣の他に約10種のデザイナーズブランド浴衣も(有料1,575円)ある。
部屋に通されると、温かみのある、いい香りが漂っている。
見ると、茶香炉に火が灯っていた。
これは、全室に用意されているという。

座椅子タイプの「骨盤エクササイズチェア」も、1,050円でレンタルされている。
カラダの歪みに注目したストレッチチェアで、座っているだけで、気になるウエスト〜ヒップラインをシェイプアップしてくれるという。客室でゆっくり利用ができるのがいい。

「柏屋別荘」の周辺は、まさに歴史建造物の密集地。
よくぞ、ここまでの歴史遺産が、現代まで残っていた事は奇跡とも言える。
まずは、宿から歩いて2〜3分の「北向(きたむき)観音堂」。
厄除の観音様として古くから親しまれている「北向観音」は、天長2年(825年)に創建された。
「常楽寺」背後の山が激しい鳴動を続けた時、慈覚大師が観音菩薩像を遷座供養したと伝えられている。
北斗星が暗夜の指針となるように、本尊の千手観音菩薩が“北向き”となっているのがその名の由来。
創建1400年の古刹「善光寺」が南に向いていることから、「北向観音」とのご利益は一体とされており、その一つを欠けば“片詣り”であると言われている。

その境内には、あの「愛染カツラ」がそびえ立つ。
高さ約22m、周囲約5.5m、枝張り約14m、県の天然記念物に指定され、「北向観音」の霊木としてあがめられ信仰されてきた。天長2年(825年)の大火の際、どこからともなく現れた千手観音が、このカツラの樹の上で、多くの避難民を救ったという伝説が伝わっている。
今では、男女の縁結びの霊木として、ご夫婦やカップルに親しまれている。

その他、国宝の「八角三重の塔」、重要文化財の「安楽寺」、「常楽寺」、「石造多宝塔」など、見るべきものが多い。

別所温泉は、「石湯」「大師湯」「大湯」と3つの共同浴場が存在する。
特に「石湯」は、「柏屋別荘」の隣りにあり、唐破風造りの外観が特徴。
岩の間から湯が湧き出していたことから「石湯」と呼ばれているようになったという。
池波正太郎著「真田太平記」にもたびたび登場し、若き真田幸村と向井佐平次との出会いや、女忍のお江と結ばれたのも、この浴場がモデルとなっている。
入り口には、池波正太郎氏筆の「真田幸村公 隠しの湯」という標石もあった。
観光客の人気が高いためか、衛生上の都合で、温泉かけ流しと循環を併用しているようだ。
入浴料は、大人から子どもまで、お一人様150円。

「柏屋別荘」玄関前にある、おみやげ処「くるみ」も見どころ満載だ。
この地ならではの名産品はもちろん、宿オリジナルの商品も並び、見るだけでも楽しい。

本田剛料理長手作りの「臨泉みそ」、「根生姜の佃煮」、「しょう油豆」の3点は、その中でも人気だ。
「臨泉みそ」は、そのまま白いご飯の上にのせていただいたり、このみそを利用して味噌カツソースを作ったり、鶏肉とナスの味噌炒めの味付けに使ったりと、利用範囲は広い。

時期にもよるが、お米も販売されていた。
地元・上田市下之郷の村山耕一さんが丹精込めて育てた、天日干しのコシヒカリだ。
このお米は、「柏屋別荘」の食事で使われているものと同じものだ。

「言葉酒」という日本酒があった。
これは、自分好みの瓶(アンティークボトルか透明ボトル)を選び、貯蔵タンクから日本酒をそこに注ぎ、オリジナルラベルを貼るというものだ。
白紙のラベルもあるので、自分で名前を入れることもできる。

最近注目を浴びているのは「真田紐(さなだひも)」。
名前は、戦国武将・真田幸村が、刀の下げ緒に使用していた事に由来するという。
紐といっても、織物。世界で一番幅の狭い織物とも言える。
丈夫だからこそ、茶道具の釜などの重たいものを運ぶ時などに使われている。
実用的だからこそ、大正時代くらいまでは、一般の家ではこの紐を常備していたものらしい。
今のナイロン製の梱包用の紐とは全く間逆の紐で、何度でも使える、いわゆるエコ商品なのかもしれない。
京都では、現在でも「真田紐屋」が存在するらしいが、着物の帯留を使うときの帯締めや、贈り物のリボン代わりに重宝する。
「柏屋別荘」のおみやげ処で取り扱い始めたところ、戦国武将ブームの昨今、この「真田紐」がよく売れているのは言うまでもない。
発展型で、携帯ストラップも販売されていた。

そして、ユニークなのは、「柏屋別荘」の専務・齋藤善哉さんをそのままキャラクター化したオリジナル商品。
「よしやちゃんグッズ」と呼ばれるアイテムは、手ぬぐい、巾着、携帯ストラップ、ゴルフボール、そして貯金箱と多岐に渡る。

その他、お菓子類も種類が豊富に揃っている。
部屋で提供している「そばまんじゅう」や、食事に出された佃煮の「うに椎茸」などを求めることができる。
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 「臨泉楼 柏屋別荘」は、いつからか「開運の宿」もしくは「幸福の宿」とも呼ばれるようになった。
多くの著名人が訪れる所以なのかもしれないが、事実、様々な“出世物語”が起きている。
川端康成は、この宿で別所温泉を舞台にした 「花のワルツ」 を完成後、ノーベル文学賞を受賞する。
若かりし黒澤明は、「柏屋別荘」を拠点に処女作 「姿三四郎」 を制作後、その後、世界的な映画監督になった。ちなみに、黒澤明監督の出生年は、この宿の創業年と同じ。
また、大相撲の千代の富士は、宿泊後の場所で初優勝を果たし、その後、横綱まで登りつめた。
これ以外にも、一般の方も、このような“恩恵”にあずかる人が多いという。

現在のこの宿の実質的経営者は、代表取締役専務の齋藤善哉さん(昭和37年2月生まれ)。
宿が、半農半商の頃から数えると20代目にあたるという。
赤いメガネと着物姿が印象的な専務は、祖父・房雄氏、そして父(現・社長)・三雄氏から、脈々と受け継がれてきた伝統と格式を、現代風のおもてなしと調和させ、信州一の古湯の宿を守っている。
専務は、アイディアマンとして知られ、平成9年に行われた、ロビーや畳敷きのお風呂などの大改装も、彼の発案によるものだ。
昔の湯宿の面影を残しつつ、現代人の求める癒しと快適な空間作りの両立を見事に果たした。
別所温泉旅館組合の副組合長を長年務め、地域振興にも貢献している。
そして、「よしやちゃんグッズ」と呼ばれる、彼自身をキャラクターにしたお土産品も世に送り出した。
手ぬぐい、携帯ストラップ、ゴルフボール、貯金箱などがそうだ。
ちなみに、専務が着物姿になったのは、2002年頃から。
和の宿の主人ということで、作務衣から始まり、袴、そして着物となったわけだが、取材時(2009年12月)に身につけていた着物は、あのTOKIOの長瀬智也がTBSドラマ「タイガー&ドラゴン」(2005年放送)で着ていたものだという。よく行く銀座の呉服屋さんで、偶然見つけ購入されたとの事。

男性のスタッフも、袴姿で、きびきびと動いている。
女性スタッフも着物姿で、やはりこの宿にピッタリ似合う。
比較的、若い従業員が多いように見受けられたが、そこは老舗旅館の歴史がそうさせるのか、宿全体に重厚な雰囲気が漂いながらも、接客姿は自然体で素晴らしい。
「自分の家に、大切な人を迎え入れる気持ち。」・・・これが、「柏屋別荘」の接客スタイルの基本。
お客は何を欲しているか、何をすれば喜んでいただけるか、を常に考えながら行動している姿が垣間見えた。

話は変わるが、同じ別所温泉に「かしわや本店」という宿がある。
実は、経営者はまったく別の方で、血のつながりもないという。
もともと、「柏屋別荘」の「本店」も齋藤氏が経営していたが、「柏屋別荘」の方に経営を集中しようと、親戚に「本店」の経営を任せたという。
その後、その親戚は大阪の方に売却し、新しい経営者も「柏屋」の屋号も引き続き使用したいということになり、「かしわや本店」としたという。
しかし、その歴史と伝統は、「柏屋別荘」の比ではない。
「柏屋別荘」は、明治の後半から、昭和にかけては、川端康成、北原白秋、西条八十、有島武郎、舟橋聖一などの文人墨客からも愛され、その後も各界の著名人に支持されたことでも、お分かりになるだろう。

「柏屋別荘」には、戦前こんな事件があった。
山本宣治(1889〜1929年)は、京都府宇治の花屋敷という旅館の出身の政治家で、性科学・生物学者。山宣(やません)の愛称で大衆に慕われた人物だが、彼の記念碑跡なるものが、宿の敷地内にあった。
山宣は、日本最初の性教育学者と言われている。当時の政府は、戦争に備えるための一つの政策として、“産めよ、増やせよ”をスローガンに、天皇の子を産むことが国民の義務としていた。この国策に反し、産児制限を主張する宣治は、権力から反体制分子として捉えられてしまう。
その後は、労働農民党の京都府連合会委員長に就任し、被差別部落と交流を深めるなど、常に社会的弱者の味方であり続けた。
昭和4年(1929年)、治安維持法改正に対し、衆議院で反対討論を行う予定だったが、強行採決されてしまう。その日の夜、東京の旅館で、右翼団体の一員に刺殺された。
翌年、上小(上田・小県)農民組合連合と山宣の親戚タカクラ・テル(文学者、日本共産党議員)は、抗議の意を秘めてタカクラの借家に記念碑を建立した。
その後、昭和8年(1933年)、長野県で若い教師たちが230名検挙された「2・4事件」という弾圧が起こる。
この時、タカクラ・テルも逮捕され、家族も県外追放となる。
警察は家主だった「柏屋別荘」の館主・斎藤房雄氏(先々代)に、記念碑の取り壊しを命じた。しかし、齋藤氏は碑を密やかに自宅の庭(「柏屋別荘の敷地内」)に埋め、その後38年に渡り、守り通したという。
昭和46年(1971年)には、別所温泉内の安楽寺(国宝 八角三重の塔)の近くに、「山せん碑」が再建された。
戦前、治安維持法にただ一人反対し、日本の民主主義運動の象徴として活躍した山本宣治の事は、地元の人たちは忘れない。

このように、「柏屋別荘」には、エピソードは事欠かない。
それは、この宿の放つ、目に見えないパワーのせいなのかもしれない。
それでいて、高級感溢れる格式高い宿かと思いきや、意外と敷居が低い宿でもある。
「裸の大将」こと山下清はじめ、芸術家の交流が多いのも、「柏屋別荘」歴代のオーナーの温かみのある人柄にも起因しているのであろう。
宿泊料金に関しても、高級なものから、1万円台で利用できる客室まで幅広い。
微かな硫黄の香りがする温泉は、この宿の大いなる力の源と言えなくもない。
アルカリ性の温泉は正真正銘の「美肌の湯」。それでいて、「枕草子」にうたわれた信州一の古湯。
それらを源泉かけ流しで体感できる露天風呂や、家族風呂まで揃っている。
温泉の色は無色透明だが、急激な湯温低下により温泉成分が凝固し、多量の酸素と湯が混じり酸化することにより、白濁湯に変化することもある神秘的なお湯なのだ。

「柏屋別荘」の客層としては、中高年のご夫婦の方が圧倒的に多いと予想していたが、ファミリー客、女性客、若いカップル客など幅広いことにも驚かされた。
これも、この宿の多面的な魅力のおかげなのだろう。
中年オヤジ達のグループ客も、違和感無く迎え入れてくれる懐の深さも感じさせるのだ。
ただここは、個人旅行客中心の宿。
大型バスで乗り付けるような、団体旅行客はほとんど受け付けない宿である事は確かだ。

最近はアクセスも便利になってきた。
首都圏からは別所温泉行きの池袋駅発の直行バス(西武バスと千曲バス)が運行しているのだ。
片道3,780円、往復で6,800円というから、JRで行くより格段にお安い。

海抜650mの高原でもある「別所温泉」が佇む塩田平は、「信州の鎌倉」といわれ、国宝や重要文化財の寺院、北向観音、無言館などが密集して建ち、まさに歴史の宝庫のような場所。
温泉街の賑わいは望まない方が賢明だが、ゆっくりと時間の流れに身を委ねたい人たちにとっては、オアシス的なところでもある。
時間に余裕があるのであれば、松本市、上田市を観光に組み入れるのもいいだろう。

宿の公式ホームページへ 「臨泉楼 柏屋別荘」は、明治43年(1910年)に、造り酒屋を譲り受けて宿としたのが始まり。
当時は、敷地4000坪、母屋、土蔵2棟と、四階建ての棟があった。
四階建ての建物の一部が、元上田藩の出屋敷で、茅葺き屋根の十畳二間だったが、一間は通し棹の天井で、俗に切腹の間、上位の間だったという。
その後、湯治客が増え、相染川に沿って集落が広まってきた。

この宿の現存する建物の主なものは、創業者と二代目の時代のお抱え大工・手塚長平(明治36年生まれで、昭和35年、80歳まで宿に住み込んでいた)が、次々に普請して、建物を4000坪の敷地に広げていった。

今や、別所温泉のシンボルともなった木造四階建は、昭和2年(1927年)に増築され、高台に威容を放っている。
平成9年(1997年)には、さすがに老朽化が目立つようになり、一部改装を施したが、手塚長平の匠の技による木の温もりは、当時のままである。

しかしながら、「臨泉楼 柏屋別荘」は、これだけの歴史と伝統がある湯宿であるにも関わらず、新しい流行を上手くアレンジして取り入れ、快適な温泉宿のスタイルを築き上げてしまった事が驚きと言える。
現代のトレンド風に、和モダン一辺倒にすれば、新規のお客が開拓できるが、古くからの常連客を逃がしてしまうことにもなる。
その新規客と、昔なじみの常連客とも両方に対して、同じ方向性を持つのは、実は老舗旅館ほど難しい。

最近、外資系のファンドが日本旅館に入ってきて、彼らなりの「リゾート」を和の空間に押し込めようと、デザインを施し、「温泉」を「SPA」と言い換え、洗練されたイメージで旅館を改造し、アピールしている。
それをまたマスコミが多く取り上げるようになってきた。

しかし、それは100年続くものなのか、もしくは、たった5年ほどの賞味期限で終わってしまうのか、興味あることだが・・・。
大事なのは、ここはヨーロッパでもなくて、アジアの新興リゾートでもなくて、ましてや、ドバイのラグジュアリーリゾートでもないという事。
“日本”という大地に建ち、自然の恵みである「温泉」を体感する場所だという事を、決して忘れてはならない。
それらを絶妙のバランスで運営している点が、この宿が長期間に渡って、繁盛している最大の理由なのかもしれない。

多くの歴史遺産を持つ塩田平と別所温泉、そして「臨泉楼 柏屋別荘」は、これからも多くのゲストを迎え入れる魅力が満載のように感じる。
だからこそ、この宿は、周辺の散策を含めて、最低でも2泊3日の日程で過ごしたいものだ。
古い温泉地であればこそ、常に新しい発見ができるはずだから。
この土地の歴史を知れば知るほど、時空を超えて、タイムトラベラーになりたいと思えてくるのは私だけであろうか。(J)

貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ 客室の画像はコチラ 料理の画像はコチラ お土産&その他の画像はコチラ
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この宿の公式HP

貸し切り情報
■貸切料金 宿泊の場合 \2,100/45分
■利用時間 7:30〜23:00 ※宿泊客の休前日(繁忙日)の貸切:可
■予約方法 事前予約(宿泊予約時)・チェックイン時

風呂施設情報
■貸切風呂 部屋付き貸切風呂:内湯共同の貸切風呂(時間制)
■貸切風呂の眺望 庭園
■その他のお風呂 男女別露天風呂、男女別風呂 ※入れ替え無し

施設情報
■部屋数 全20室
和20室(露天風呂付き部屋1室・バストイレ付18室・トイレ付1室)
■収容人数 68名 ■駐車場 35台
■ペット 不可 ■バリアフリー 非対応
エステ・マッサージ エステ:無し
マッサージ:無し
■インターネット (ロビー)無線LAN
■DVD 無し(Sタイプ客室には、真空管アンプ付きCDプレーヤーあり)
■TVチャンネル NHK2局、民放4局
■施設 ラウンジ・喫茶室・談話室・売店

こだわり情報
■冷蔵庫のシステム ドリンクが入っていない(持ち込みのドリンクを入れるスペース豊富/持ち込み専用)冷蔵庫あり
■冷凍室 利用不可
■冷蔵庫のドリンク 自家製漬物入り
■オススメお土産 臨泉みそ(¥630)※宿のオリジナル
■自動販売機 ジュース:\120 ■携帯アンテナ docomo 3本
au 3本
ソフトバンク 2本
ウィルコム 不可
■売店 あり
■近くのコンビニ 車で3分
■アメニティ 
浴衣 バスタオル タオル 置いてない 石鹸
ボディソープ シャンプー リンス 置いてない リンスinシャンプー
歯ブラシ シャワーキャップ ドライヤー ブラシ・くし
カミソリ 綿棒 置いてない ウォッシュトイレ    
…常備  有料で用意…有料で用意  一部常備…一部常備  置いてない…置いてない
その他の情報
■主なレンタルサービス カラフル浴衣(一部有料)/CDソフト/囲碁・将棋・麻雀
■車イス 階段、通路手すり
■お子様 子ども用浴衣/子ども用食器
■外国語 英語

近隣情報
■周辺観光スポット 北向観音、安楽寺、常楽寺など
■レクリエーション
(観光農園、公園など)
森林公園、いちご・ぶどうなどの観光農園
■スポーツ スキー、マレットゴルフ

■臨泉楼 柏屋別荘:専務 齋藤善哉さんからのコメント  
おかげさまで、2010年で創業100周年を迎えることができました。
信州一の古湯と、木造りの宿の情緒、美肌効果の硫黄泉、そして地元の食材にこだわった料理などで、皆様のお越しをお待ちしております。
臨泉楼 柏屋別荘:専務 齋藤善哉さん

貸切日帰り情報
■料 金 入館料金:1人¥1,050+貸切料¥2,100/45分
■利用時間 14:00〜20:00
※個室休憩部屋〜無し
食事付きプラン(要予約)
■料 金 @貸切風呂+松花堂弁当コース・・・¥2,100(貸切風呂)+¥3,675(松花堂弁当)+¥50(入湯税) ※松茸シーズン ¥2,100+¥4,200+¥50
A貸切風呂+ミニ会席コース・・・¥2,100(貸切風呂)+¥5,250(ミニ会席)+¥50(入湯税) ※松茸シーズン ¥2,100+¥5,775+¥50
B貸切風呂+会席コース・・・¥2,100(貸切風呂)+¥8,400(会席)+¥50(入湯税) ※松茸シーズン ¥2,100+¥8,925+¥50
○5月中旬に料金アップ時期あり
■設定日 繁忙期を除く毎日 ■受付時間 11:30〜14:20
■その他 ※個室の食事処にてご提供
※個室休憩部屋あり:\1,000/60分

泉質/効能
■泉質 単純硫黄泉 (低張性 アルカリ性 高温泉)
■源泉の温度 50.9℃
■湧出量 59リットル/分 ■水素イオン pH 8.8
■源泉の湧出状況 ※自家源泉の本数: 1本
・自家源泉で動力泉(ボーリングによってくみ上げる源泉)、別所温泉財産区からの配湯(掘削深度350m、引湯パイプで370m)・・・の2つの源泉を使用
■加水/循環ろ過 ●男女別大浴場・・・源泉かけ流しだが、循環ろ過装置を使って、温度調節をしている。
●男女別露天風呂・・・加水をしない源泉100%かけ流し。ただし、温度調節のため温泉を一度吸い込み加温して再び浴槽に戻している(追い炊き)。
●家族風呂(貸切風呂)・・・加水をしない源泉100%かけ流し。
●特別室「きよすみ」の客室露天風呂、内風呂・・・水道水を使用。
■加温 あり(詳細:男女別大浴場・露天風呂の温度調節のため)
■消毒 なし
■浴槽の掃除の回数 1日1回(2:00〜4:00)
■入浴剤 未使用
■適応症 糖尿病、慢性婦人病、慢性皮膚病、切り傷(他にも、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進など)
■湯の色 無色透明
■飲用 ■飲用の適応症 あり(詳細: 糖尿病、痛風、慢性便秘など)
■におい/味 微かな硫黄臭

アクセス情報 ※Googleマップを見る
■電 車 「別所温泉駅」下車徒歩13分
■送 迎 あり
■クルマ 上信越自動車道上田ICより30分(別所温泉方面)
■バス JR池袋駅から別所温泉行きの直行バスあり(西武バス/千曲バス)

 上記のデータは 2009/12/17現在のものです。
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