「あらや滔々庵」は石川県、山代温泉にある老舗旅館。1639年、加賀藩の支藩である大聖寺藩の初代藩主・前田利治から殿様の湯壺の鍵を預かる湯番頭の役目を与えられたのが、「あらや」の初代館主・荒屋源右衛門。代々受け継がれ、現在の館主は18代目となる。
そしてこの宿と切っても切れない関係にあったのが、あの北大路魯山人(1883-1959年)。篆刻から書画、料理など様々なテリトリーで才能を発揮した異能人であり芸術家。彼がまだ無名の30代の頃(大正初期)、山代温泉の陶芸作家・須田菁華(せいか)から手ほどきを受け陶芸の世界にも入り、1年ほど山代温泉に滞在した。その時、当時の「あらや」15代館主は、他の旅館にも声をかけ書画や看板を魯山人に発注し生活を支えたというのだ。現在でもこの宿には魯山人の初期の陶芸作品がいくつか展示されている。またフロントには魯山人作の「あらや」の看板も飾られている。その他、与謝野晶子、泉鏡花などもこの宿に滞在したという。
山代温泉の開湯は神亀二年(725年)と言われているが、そのお湯は現在も「あらや」の源泉として使われている。その泉質は「ナトリウム・カルシウム−硫酸塩泉・塩化物泉」。現在は源泉を温泉組合で集中管理しているが、この宿は元々自家源泉を所有していたこともあり、山代随一の湯量の割り当てを誇っている。
館内の大浴場や客室の露天風呂はすべて源泉100%かけ流し方式となっていて、実はこの宿は山代温泉の中でも非常に貴重な源泉の湯宿なのである。
湯温は64度で、飲用でも効能豊か言われており、玄関前の飲泉所では常に人が絶えない。また、ここでは「あらや滔々庵」名物の「源泉たまご」(温泉玉子)を作っている。お土産に大人気という。
玄関からロビーにあがって客室まで廊下はすべて畳敷きだ。客室も和の情緒が溢れ、落ち着いた雰囲気の数寄屋造りの部屋が用意されている。また代々の大聖寺藩主ゆかりの「御陣(おちん)の間」は北大路魯山人も逗留したとの事。朱色の壁と漆の柱が見事なコントラストを表現している。そして9室の露天風呂付き客室も見事だ。和の要素だけでなく、2間続きの客室の1つにはローベッドを配し、テラスにはロン・アラッドやフィリップ・スタルクなどの趣味のいいチェアーも置かれていた。浴槽は吉野檜で源泉の良さも相まって至福の湯浴みを体感できる。
料理も評判どおりのお味であった。取材時(2007年8月)に出されたのは、食前酒は地酒「夢醸」の氷室仕立て。付出しは海老ととんぶりをのせた枝豆豆腐と南瓜のスープにタピオカをのせた冷し南京すりながし。酒菜は岩蛸の柔らか煮、泥鰌の蒲焼き、えびす(玉子を寒天で固めたもの)、夏鴨ロース煮、白瓜の昆布〆、イカのうるか(鮎の内臓)和え。お椀は鱧葛打ちで中に加賀太胡瓜、じゅん菜、独活、木の芽が入る。お造りは橋立港であがったもの。がさ海老、平目浅葱巻き、甘鯛昆布〆、槍烏賊、梅貝・・・を能登の天然塩でいただく。蒸し物は小坂蓮根のはす蒸し。鰻、海老、百合根、銀杏に山葵あんをのせて。焼き物はのど黒焼きで、甘長しし唐、山葵葉醤油漬けが付いた。強肴は絶品の岩牡蠣。揚げ物はとうもろこしと貝柱のかき揚げで海老と枝豆も入る。これを抹茶塩でいただく。焜炉では鮑の炭火焼きだ。アボガドと大根といっしょに肝ソースで味付けられていた。酢の物は地の毛蟹。針茗荷と金時草、加賀負太胡瓜、土佐酢ゼリーも添えられていた。最後に鰻ひつまぶし。デザートは抹茶アイスクリーム、五郎島金時の羊羹とフルーツだった。山代の地の利を生かした山、川、海の旬の素材を見事にアレンジしてくれた。これが11月を過ぎると北陸はカニのシーズンとなる。この宿もその例にもれず、極上の日本海のカニを堪能できるのであるが、現館主はワインにも造詣が深く、宿には想像以上の種類の銘柄が揃っている。ブルゴーニュ、ボルドーの赤ワイン、シャンパン、シャブリ・・・。その時の料理に合わせてワインを選ぶのは楽しい。
夕食後、お酒が飲み足りないなと思ったら、本館から渡り廊下を通っていく「BAR有栖川山荘」に行けばいい。以前は平屋の離れ座敷だったとの事。これをお酒が飲めるスペースにしてしまったのだ。カウンターはあるが、京都の裏路地で見かけるような“和”のお座敷バーの様相。ここでカクテルやワインをいただくのもいい。薄暗い照明がまたいい雰囲気を作ってくれていた。
玄関横には九谷焼の地元作家の作品が所狭しと並べられ、お土産にも人気となっている。またさらに宿の近くに「うつわ蔵」も開店した。これは明治期の土蔵を改装した店内に九谷焼と山中塗りの地元作家の作品を中心に北大路魯山人写しの器なども取り揃えていた。
「あらや滔々庵」の現館主はまだ30代の若さながら、古くからの伝統と、現代の利便性と、未来に通ずる何かを常に模索しながら、バランスよく宿を運営しているようだ。大型旅館が建ち並ぶ山代温泉の中で、たった18室の小さな湯宿がこれだけの“品格”を備えているのは日々の努力の賜物だと推測できる。
これからこの宿がどのように変わっていくのか興味は尽きない。(J)