岐阜県の奥飛騨温泉郷は5つの温泉地によって構成されている。
温泉郷の入口でもあり交通の要衝でにある平湯温泉、田舎風の佇まいの宿の多い福地温泉、バラエティに富んだ宿の多い新平湯温泉、民宿が多い栃尾温泉、北アルプス登山の玄関口となっている新穂高温泉・・・とある。
「飛騨つづり 朧(おぼろ)」は、その中では新平湯温泉に位置する。
といっても、この宿だけは、新平湯温泉の旅館が多く集まる中心部から離れていて、しかも自家源泉で営業している。
宿側からすれば、自ら「焼岳温泉」と名乗っているのも至極当然の事かもしれない。
「飛騨つづり 朧」は、2006年5月にオープンしたばかりの新しい宿。
離れの客室8室はすべて露天風呂付きとなっており、しかも合掌造りの装いに近代的な快適さを追及した間取りの宿として、話題となっている。
フロント機能を持つロビーラウンジ棟を最初に、客室棟8棟、真ん中に食事棟と10の棟が屋根の付いたオープン式の渡り廊下によって一列に結ばれている。
まず、ロビーに入るとその雰囲気に圧倒される。
約400年前に宮川村(岐阜県の最北部・富山県の県境)に建てられた合掌造りの古民家を移築して改装したものだった。
その古民家が奥飛騨温泉郷に移築されたのが、1953年(昭和28年)。
最終居住者である山下初太郎氏は、この合掌造りで生まれ、ダム工事に伴う移転までこの家で47年を過ごした(多い時は3〜4夫婦が生活を共にしたと言われている)。
先祖は約800年前に平家の落人として飛騨の地に入り、荒野を切り開いたそうな。
その歴史ロマン溢れるこの建物を、さらにここに移築して「朧」のロビーラウンジとしたのだ。
この建物の柱はすべて栗の木で、大きな自然の又木を柱に6本使用し、釘や針金など一切使わず、木と木の組み合わせによる「チョウナ梁」という曲がった梁を渡し、一部屋を屋根の下に取り入れる「スヤ造り」工法によるもの。
残念ながら茅葺きの屋根は採用されなかった。
ロビーでは、まず壁面の水墨画が目に入る。
8間三尺の壁面に描かれた龍は、秋田県出身の水墨画の第一人者、打矢悳(うちやしん)氏によるもの。
今にも龍が動き出しそうな迫力だ。
掛け軸は、飛騨高山出身の書道家、飛山氏の筆によるもの。
「山高月上遅」(やまたかくしてつきののぼることおそし)とあった。
同じく大皿に書かれた「朧」の文字はこの宿のロゴとなる。
その他ロビーには中国製のソファーテーブルや、本場イタリア・ヴェネツィアで買い付けしたベネチアンガラスがあったりと、だいたいがオーナー石田清一氏が世界中から集めたもの。
PCコーナーもロビーの一角に設けられていて、ライブラリーの書籍やDVDソフトも置かれていて、こちらも無料でレンタルできるしくみとなっていた。
このロビーラウンジは夜の20:30〜24:00の間は、「BAR 朧」として、また別の雰囲気でオープンする。
専任のバーテンダーが作るカクテルは、奥飛騨の夜をさらに思い出深いものにしてくれはずだ。
「朧」の客室はすべて2階建て。
1Fは琉球畳を敷き詰めた16帖のリビングに、専用の露天風呂と内風呂を備える。
1Fの間取りは全室共通だ。
客室「花月」など、8室中2室は、全て和室の造り。
2Fの間取りは、14帖+10帖の二間になっている。
残り6室は客室「佳月」のように、2F部分がツインベッドのある洋室12帖+和室10帖の間取りになる。
うち1室は、2階へ上がる階段に可動リフトが付いたバリアフリータイプとなっている。
TVは、各部屋階ごとに置かれ、1FのリビングのTVは32インチ液晶で、DVDデッキも付く。
さらにミニキッチンや冷蔵庫も2台(1台は販売用で、もう1台は持ち込み用)用意されてたり、トイレも各部屋2ヶ所、しかも男性用トイレも置くほどの豪華版となっていた。
これであれば、5名ぐらいのファミリー旅行でも使えそうだ。
客室「花月」のような全部屋和室のタイプは、定員7名にもなる。
ほか6室(2Fが洋+和の部屋)は、定員5名となる。
5名で宿泊すれば、宿泊料金も3万円台になるので、非常にリーズナブルかもしれない。
全室露天風呂付きの客室だが、お風呂は客室から見えないところがあるので、中学生以上のお子様を持つファミリーでも安心して宿泊できるはず。
そしてバリアフリー客室を使えば足腰が弱られている親御さんを連れての三世代旅行にも、この宿はオススメだ。
なにしろ、露天風呂が部屋に付いているのだから、移動が少なくてすむ。
女性グループの旅行にも向いている。
気のおけない仲間同士で、好きな飲物を持ち込んで夜更けまでおしゃべりするのも楽しそう。
実際、取材時にも女性同士のお客様が何組かおられたようで、チェックアウトの時の笑顔が、この宿で過ごした一夜がいかに充実していたか物語っているようだった。
そして、やはり大事な人との2人旅にも、この宿はいい。
もう少し、艶っぽい演出があってもいいかな・・・と個人的には思ってしまうが、それでも“お篭り宿”の役目は充分に果たせる。
客室の露天風呂は全室、岩風呂風の湯舟に源泉かけ流しとなっている。
泉質名は、「ナトリウム・カルシウム−炭酸水素塩泉」。
pH(ペーハー)7.5の弱アルカリ性で、源泉の温度は66℃。
自家源泉で、湧出量はなんと毎分745リットル(!)。ものすごい量の温泉が出ているのだ。
湯の色は、無色透明だが若干の薄茶色を有する。
これはお湯に含まれる鉄分の影響のようだ。
効能も、特に、きりきず、やけど、慢性皮膚病にいいとされる。
実は、この宿は他に複数の源泉を持っているが、それは後ほどご説明しよう。
食事は、食事棟「十三夜」の個室でいただくことになる。
ここで夕食のメニュー(2007年11月下旬)を紹介しよう。
料理長・新森俊洋さんによる、渾身の献立だ。有田焼の器を使っていることも見逃せない。
まず食前酒は、ボージョレ・ヌーボー。
通常は、桑の実カクテル(梅酒と山葡萄のカクテルに桑の実のシロップ漬け)が出される場合が多い。
一つ目の先附としては、野菜クリーム蒸し。
高野豆腐、パプリカ、しめじ、さといも、さつまいも、タケノコ、わらび。
二つ目の先附として、飛騨牛(もも)カルパッチョ、トマト、サーモンとえびのテリーヌ添えが出された。
前菜は、白和えトマト釜盛り、青菜(明日葉)のおひたし、飛騨牛ロースト(上の赤いゼリーは生ゆずこしょうのゼリーかため※生ゆずこしょう=赤・青があり九州佐賀産)、きぬかつぎ、うなぎの蒲焼き(下のパリパリはじゃがいものでんぷんを揚げたもの)、鯉の胡麻和え。
そして、みすじ肉のにぎり寿司。
みすじは、牛700Kgのうち1Kgしかとれない前足の肩甲骨の部分。
幻の部位と呼ばれるところで、霜降りと赤肉の融合したものとか、濃厚な味ながら、さっぱりとした食感とか表現される。
通常スジと呼ばれるところは硬いと言われるが、このミスジ部分は肉よりも柔らかい。
まさに希少性の高い肉なのである。
お椀は、松茸の吸物。冬は熊肉になる。
御造りは、奥飛騨の幸盛り。
鯉のあらいと皮、イワナの刺身、ゆばのなると巻き(こぶ)、おぼろ豆腐。
醤油は、薬味として大葉ねぎとゆずこしょう。生わさびは長次郎のサメ皮でおろす。
2種類の酢味噌(普通版と豆板醤酢味噌)も用意されていた。
さらに、鯉のはら身ユッケと、うずら卵。
そして、ハネシタ肉とゆずこしょう(赤)のゼリー固め。
ハネシタ肉とは肩ロースの中でも1割しかとれない貴重な部分。大トロの食感だ。
蒸物は、飛騨牛の蕪蒸し。
上にムカゴ、くこの実、にんじん、みぞれ(蕪と卵白をまぜたもの)。
鍋物は、飛騨牛みぞれしゃぶしゃぶ。ここでもハネシタ肉が用意される。
鍋にはあらかじめ、シメジ、エノキ、舞茸とすいとんが入り、後で水菜・湯葉・よもぎと、あわの生麩なども入れ、ポン酢で食べる。
最後に日本そば(飛騨そば)をいれて鍋のだし汁(こぶだし)ごといただく。
進肴は、飛騨牛一口ステーキ。これもハネシタ肉で、泡雪醤油でいただく。
泡雪醤油とは、卵白と醤油を泡状に固めたもので、ルーツは京都の舞妓さんが着物を汚さないために考案されたと言われているものだ。
冷鉢は、飛騨牛肉そーめん。
これは、もものランプをうすくスライス、チルドにしてソーメンくらいに細く切ったもの。
山芋とうずら卵といっしょにいただく。
揚げ物は、松茸、モロッコインゲンの天ぷら。
これを山椒塩でいただく。
ご飯は、飛騨牛しぐれ煮の入った焼おにぎりのお茶漬け。
香の物は、季節の野菜漬・グーチャン漬け(大根の赤かぶ汁漬)・蓮根・野沢菜・白菜の4種類。
水菓子は、ゆずシャーベット、フルーツ盛り合わせ、プリン。
以上が、取材時の夕食メニュー。
最近、奥飛騨の旅館では、飛騨牛の最高級であるA5等級の肉を使うところが増えている。
しかし同じ5等級の肉でも、この宿のようにミスジ肉、ハネシタ肉など希少部位で最高の品質の肉を提供している宿は、あまり見かけない。
これだけでも、料理に対する強いこだわりがお分かりいただけるであろう。
朝食(2007年11月下旬取材)も美味しい。
朴葉味噌、豆乳から作る自家製豆腐、シャケの塩焼、茶碗蒸し、ほうれん草のお浸し、こんにゃくの刺身、温泉玉子、サラダ、なす・わらび・とうふ・ふ・じゃがいもの煮物、とろろ、のりなどが並んだ。
デザートも用意され、朝からご馳走をいただいた感じだ。
「飛騨つづり 朧」の隣には、同オーナー経営の「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」が大きくそびえ建つ。
和室68室、洋室17室、露天風呂付き客室8室で、奥飛騨屈指の大型温泉ホテルだ。
こちらも比較的創業は最近で、2001年(平成13年)に誕生した。
もともとオーナーの石田氏は、同じ温泉地で旅館を経営していたが、そちらは実弟さんに譲って、こちらの宿に専念したというわけだ。
その「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」について、ご説明しよう。
というのは、このホテルは「朧」の宿泊客であれば、パブリック施設は自由に利用できるからだ。
エントランス前には、なんと実際に北海道・函館本線で走っていた急行型気動車キハ27がドーンと鎮座している。
オーナー石田清一氏の陣頭指揮のもと、敷地内の駐車場とホテルの間に400mほどのレールを敷き、実際にJRのスタッフも雇用し、この気動車を動かそうとしたが、各関係機関の許可がおりず、最終的にはカラオケ列車となったという。
その気動車をホテルの内側から見ると、プラットホームに列車が停車しているようだ。
ホテルのロビー前に作られているだけあって、ここだけ見ていると本物の駅にいるような感覚に陥る。
カラオケ列車は、50名収容のラウンジの他、貸切客室が4室設けられている。
営業時間は20:00〜24:00。
このホテルの前には、もうひとつ面白いものがあった。
あの新穂高ロープウェイのゴンドラだ。これはお客様をお迎えするスタッフの待機場所となっている。
このような外観だけで、「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」は語れない。
実はこのホテルは、前述の自家源泉の他に、あと4本も源泉を所有しているのだ。
中でもシンボル的な存在の湯浴み処が、露天風呂「うぐいすの湯」。
3億6000万年前の海底の地層が隆起してできたこの地で、掘削して湧き出た温泉は、エメラルドグリーンのお湯になった。
それは源泉の中に含まれる微生物が光合成を行い色が変化したもの。
各種ビタミン、ミネラル等は自然の状態で含まれ、国内唯一の超深層水温泉とも言える。
泉質名は、「ナトリウム−炭酸水素塩・塩化物泉」。
源泉の温度は、57.2℃。
pHは6.8で、中性を示すが、源泉の湧出口を見れば、タダモノではない泉質だと分かる。
湯の華の結晶がすごいのだ。
この神秘的な温泉を、源泉100%の状態で、かけ流しで体感できる。
この「うぐいすの湯」は男女別大浴場の一番奥にある露天風呂で、6:00〜22:00の時間帯は混浴となる。
ただし女性は、専用の湯衣を着用して入浴するシステムとなる。
これなら混浴でもカップル、ご夫婦で湯浴みが楽しめるはず。
その他、「うぐいすの湯」に隣接している、打たせ湯や洞窟風呂も混浴エリアとなる。
ちなみにこのエリアは、22:00〜6:00は女性専用風呂となる。
その他、寝湯、立ち湯、檜の露天風呂や韓国風岩盤浴サウナや高温サウナなどたくさんの種類の温泉が楽しめるのも特徴だ。
温泉の量が多い証明とも言える。
そして、もうひとつこのホテルのシンボルが「天皇泉」だ。
ホテル裏の吊り橋を渡ったところにある、そのお風呂は、昔、後村上天皇が湯治をしたと伝えられていることからこの名が付いた。
泉質名は「ナトリウム・カルシウム−炭酸水素塩・塩化物泉」。
源泉温度73.1℃で、pHは7.0。
もちろん源泉かけ流しのお風呂だ。
「うぐいすの湯」とは泉源が違うが、こちらもきれいなエメラルドグリーンのお風呂となっている。
このような魅力たっぷりな、いくつかのお風呂を楽しめるのも「飛騨つづり 朧」の魅力だ。
すべて微生物が生きている温泉で、火山性温泉(硫酸ガスが入っていない)ではないということが特徴なのだ。
それにしても、ひとつの宿でこれだけの源泉量を持っているところは数少ないだろう。
1号泉から3号泉までで毎分、約1400リットルを超えるわけだから。
この量は、循環ろ過をしている新興の温泉地であれば、20軒ほどの中規模旅館分に匹敵するほどだ。
「奥飛騨ガーデンホテル」のロビーには、大きな売店がある。
そこで一番売れているのは、「うぐいすの湯・温泉スプレー」だ。
それは、その名の通り、源泉をそのままつめたスプレーで、化粧水としてもいい。
特にアトピー体質に効果ありとの事。その他、購入されたお客様から、育毛にいいとか白髪が黒くなったりとか、花粉症にいいとか、目にいいとか、効果のある方が増えているらしい。
その姉妹商品で、「うぐいすの湯温泉スプレー」に電気を通し、粒子を細かくしてコラーゲンを配合したスペシャル版もある。
オリジナルの源泉焼酎「朧」もオススメだ。
麦焼酎なのだが、温泉でアルコール分45%にしている、日本初の源泉割り焼酎との事。
まろやかな口当たりがクセになりそうだ。
以上、「飛騨つづり 朧」と、本館である「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」の一部をご説明をさせていただいたが、もっと書ききれないことが多い宿であった。
オーナーの石田清一氏は、ロマンチストなのだろう。
でなければ、奥飛騨の山の中にレール付きの気動車を置こうとする発想は出てこないはずだ。
「朧」の夜光石の渡り廊下もしかりだ。
それでいて、見た目だけでなく、中身も充実した湯宿である。
良質で希少性の高い泉質を持つ温泉を、膨大な湧出量により、かけ流ししている筋の通った本格派の温泉宿なのだから、人気が出ないはずはない。
さらに、料理の素材ひとつにしても、できるだけ質の高いものを求めたいがため、例えば野菜にしても近くの高山市の青果市場ではなく、長野県松本市の市場まで仕入れに行くという。
類稀なこだわりの宿、こだわりのオーナーなのかもしれない。
それは、いかにお客様に喜んでいただけるか、どうすれば感動してくれるか・・・を常に考えているからに他ならない。(J)